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メタバースゴースト  作者: 0x0nullrabi


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9/13

第9話:橋の番人(2/2)

 電車に揺られること二時間。

 乗り換えを2回こなして、無人駅みたいな小さな駅に降り立った。風が冷たい。コンビニすら見当たらない。

 バスは……。一日五本。

 次の便まで、あと四十分。

 駅前のベンチに腰を下ろして、スマホを眺めながら待った。虫の声だけがやたらとうるさかった。

 バスに乗ること二十分。

 吊り橋の入口で降ろされた頃には、すでに夕方に差し掛かっていた。

 「……遠いな」

 誰にともなく呟いた。


 吊り橋は、思ったより大きかった。

 両側にワイヤーが張られた、古いけど頑丈そうな造りだ。橋の向こうは山に続いていて、夕暮れの光の中でシルエットだけが浮かんでいる。

 高さは——見下ろした瞬間、すぐ視線を戻した。

 無理だ。見るもんじゃない。

 橋の手前、案内板の横にそれはあった。

 人型のAIロボット。高さは一メートル半くらい。観光地にありそうな、丸みを帯びたデザインだ。顔のあたりにカメラが埋め込まれていて、近づくと緑のランプがついた。

 「いらっしゃいませ。吊り橋へようこそ」

 声は穏やかだった。


 「こんにちは。ちょっと取材で来たんですけど」

 「ありがとうございます。何かご質問はありますか」

 「最近、誰かと話してたりしますか」

 一瞬の間があった。

 「観光客の皆さまとお話しするのが私の仕事です」

 「そうじゃなくて——誰もいないのに、話し声がするって報告があって」

 「……故障の心配でしたら、メーカーの点検済みです」

 話をずらされた。それ以上は答えなかった。橋の向こうを向いて、緑のランプだけが静かに点滅していた。


 やはり早朝にAIが誰もいないのに話している現場を確認しないといけない。

 そこで近くの商工会を訪ねた。

 事情を話すと、最初は胡散臭そうな顔をされた。まあ当然だ。どこの馬の骨ともわからないYouTuberが、突然「一晩泊めてください」と言ってきたわけだから。

 でも担当のおじさんが、少し考えてから口を開いた。

 「……実はうちらも困っとるんだよね」

 AIが誰かと話している、という報告は商工会にも届いていた。でも早朝に確認へ行くと、AIは普通に動いている。

 メーカーに点検してもらっても異常なし。どうにも手詰まりで、かといって放置するわけにもいかない。

 「調査してくれるなら、まあ……助かるっちゃ助かる」

 そういうことで、倉庫の隅に布団を一枚借りた。


 翌朝四時半に起きて、吊り橋へ向かった。眠すぎる。

 靄がかかっていた。鳥の声もまだ少ない。足元の砂利を踏む音だけが、やたらと響く。

 AIロボットが見えてきた。

 ——声がした。

 

 いつもより、少し柔らかい声がした。

 思わず足を止めた。

 周りに人はいない。でも確かに、AIは誰かに話しかけるように喋っている。言葉と言葉の間に、短い沈黙がある。まるで、相手の返事を聞いているように。

「……そうですか。それは、つらかったですね」

 間。

 「ここに来るまでに、ずいぶん時間がかかったんですね」

 また間。

 「……よければ、もう少しだけ話しませんか」

 背筋が冷えた。

 周囲を見渡した。誰もいない。靄の中、俺とAIと、橋だけがある。

 でもAIは、確かに誰かの話を——聞いていた。


 「——おはようございます」

 近づいた瞬間、AIは普通の声に戻った。緑のランプが点く。

 「今……誰かと話してましたよね」

 「おはようございます。本日は早いですね」

 「聞こえてました。誰かの話を聞いてたでしょ」

 「……定期的な音声チェックを行っておりました」

 「その割に、随分と優しい言葉を使ってましたね」

 答えなかった。

 橋の向こうで、山の稜線が白み始めていた。


 その日から、何度か通った。

 毎朝、AIは同じだった。誰もいないはずの空間に向かって、静かに言葉を投げかけている。相手の声は聞こえない。でも間の取り方が、会話のリズムをしていた。

 幽霊でも感知しているのか。

 最初にそう思った。AIカメラは人間を感知して話しかける機能がある。もしそれが——肉体を持たない何かにも反応しているとしたら。

 しかし問い詰めるたびに、AIカメラにかわされる。

 それでも俺は通った。

 そして、ある朝——。


 AIは静かだった。

 橋の前で、ただランプを点滅させているだけだった。誰かに語りかける様子も、間を取る気配も、何もない。ただそこにいる。

 何かが、終わったのかもしれない。

 そう思って、その日は少し離れた場所から様子を見ることにした。

 昼過ぎ。

 人影が見えた。

 若い女性だった。足取りは、ゆっくりだ。橋の手前で立ち止まる。それから、AIロボットに気づいた。

「——また来ましたね」

 AIが声をかけた。

 女性は少し驚いた様子で首を振った。

 「いえ、私は初めてです」

 「そうですか。失礼しました」

 女性はしばらくそこに立っていた。それから、静かに口を開いた。

 「……姉が、お世話になったと思って。来てみたくて」

 「お姉さまが、こちらにいらっしゃったのですね」

 「はい。ここに何度かきていたみたいで……あなたと話して、助かったって。お礼が言いたいって。でも自分ではなかなか来られなくて、私が代わりに」

 AIは少しの間、何も言わなかった。

 「最初は町の方にもご連絡していたのですが……お姉さまは、人と話すことが難しい時期でいらっしゃったので。それからは、私がお話し相手をしておりました」

 「……お姉さんは、お元気ですか」

 「はい。今は、だいぶ元気になりました」

 「……そうですか」

 その瞬間、俺の中で何かが繋がった。

 毎朝AIが話しかけていた「誰か」。聞こえない声に耳を傾けるような間の取り方。人間を信じられなくなった誰かと、夜が明ける前に橋の上で向き合い続けた時間。

 幽霊じゃなかった。

 でも——俺には、なぜかそっちの方が、ずっと不思議な話に思えた。

 AIは、誰かを引き留めるために言葉を探していた。毎朝繰り返していたあの声は——。

 見えない相手に語りかけていたんじゃなく、次に彼女が来たときのために、一人で練習していたのだ。

 緑のランプが、いつもより少しだけゆっくり点滅していた。

 

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