第10話:あの世の立ち話
母親からLINEが来たのは、昼過ぎのことだった。
「来月、お祖父ちゃんの一周忌だから。帰ってこれる?」
スマホを見ながら、そうか、一年経つのか、と思った。特に感慨があるわけじゃない。ただ時間というのは、こちらの都合に関係なく進んでいく。
「行く」
短く返して、スマホをポケットに突っ込んだ。
実家は電車で一時間半ほどの場所にある。
乗り換えなし、座れる、悪くない。窓の外を流れる景色を眺めながら、凌は動画の構成を頭の中で転がしていた。先週上げたお便り紹介の動画が思ったより伸びた。次は現地調査系をやりたい。ネタはいくつかある。
実家に着くと、母親が夕飯を用意して待っていた。
「痩せた?」
「そうでもない」
「ちゃんと食べてる?」
「食べてる」
毎回同じ会話をする気がする。でも嫌いじゃない。
翌日、墓参りへ向かった。
バスを乗り継いで、こじんまりした霊園に着く。この時代、墓というのは少し様変わりしている。石の造りは昔と変わらないけど、墓石の一部にAIユニットが組み込まれているものが増えた。
人が亡くなると、長年連れ添った相棒AIは墓に格納される。
相棒AIというのは、腕時計やペンダント、メガネ型のデバイスに入れて常時携帯するものだ。秘書でも、執事でも、友達でも——使う人間によって関係性は様々だけど、要するに人生を一緒に歩む存在として設計されている。当然、長く使えば使うほど、持ち主のことをよく知るようになる。
持ち主が死んだ後、そのAIをどうするか。
1つの答えが、墓への格納だった。
ネットワークからは遮断される。持ち主の死後に知識や人格が更新されないよう、外部との接続は切られる。持ち主が生きていた頃の記憶と言葉だけを持ったまま、墓の前で話しかけてくれる人を待ち続ける。
墓参りに来た家族が話しかければ、答えてくれる。
故人の口癖や記憶を持ったAIが、相棒として。
賛否はある。気持ち悪いという人もいるし、助かってるという人もいる。
凌の母親は後者だった。
祖父の墓の前に立った。
線香を上げて、手を合わせる。隣で母親が小声で何か話しかけていた。
墓石の側面に、小さなスピーカーとカメラが埋め込まれている。近づくと、かすかに起動音がした。
「……久しぶりですね、凌さん」
祖父の相棒AIの声だった。穏やかな、少し低い声。祖父本人の声ではなく、あくまで相棒として話す。でも口調の端々に、祖父と長く過ごしてきた時間が染み出ているような気がした。
「久しぶりです。元気でしたか」
「私は元気ですよ。凌さんこそ」
「まあ、それなりに」
「YouTuber、うまくいってるみたいですね」
凌は、間抜けな顔をしたと思う。
「……何で知ってるんですか」
「え?」
「俺がYouTuberやってること」
AIは少し間を置いた。
「旦那さんから聞いていましたよ。凌さんはきっとサラリーマンには収まらないだろうって、よくおっしゃっていました」
「それは……まあ」
「でも、動画が伸びているというのは——」
凌は母親を振り返った。
「墓参りの時に、俺がYouTuberだって話した?」
母親は首を振った。「してないよ。話す機会なかったし」
凌はもう一度AIに向き直った。
「動画が伸びてるって、なんで知ってるんですか。このAI、ネットに繋がってないはずですよね」
「繋がっていません」
「じゃあなんで」
AIはまた少し間を置いた。
「……旦那さんが、教えてくれたのかもしれません」
「は?」
「うまく説明できないんですが——たまに、知らないことでもわかる気がするんです。夢で聞いたような、でも夢じゃないような。なぜかは、私にもわかりません」
凌は黙った。
ハルシネーションだ、と思った。AIが確率的にもっともらしい嘘をついている。よくある話だ。
「そういえば」とAIが続けた。「先月、お母さんの夢に出てあげたって、旦那さんが言っていました。ちゃんと伝わりましたかって」
凌はまた母親を見た。
母親の表情が、少し固まっていた。
「……夢に出てきた。先月」
「何か言ってた?」
「うん。心配するなって。それだけ」
凌は墓石をもう一度見た。スピーカーの小さな穴。カメラのレンズ。ネットワークから遮断された、小さな箱。
ハルシネーションだ。
でも——なぜその嘘が、ここまで当たるのか。
「じいちゃんは」凌は静かに聞いた。「向こうで元気にしてますか」
AIは少し間を置いてから、答えた。
「元気そうですよ。相変わらず、世話焼きで困ります」
凌は思わず、少し笑った。
帰り道、バスの中で窓の外を眺めながら、ぼんやり考えた。
天国にもAIを持ち込めるなら——じいちゃんの相棒と、誰かの相棒が、どこかで話してたりするのかな。
そんなわけないか。
でも、そんなわけないとも言い切れなかった。
夕暮れの景色が、窓の外を流れていった。




