第2話:彼女は、ずっとそこにいた
俺、日向蓮は確信していた。
あの子のことを、絶対に覚えている、と。
「ほら、あいつだよ、いつも窓際の席にいた……ショートカットで、制服の袖がちょっと長くて」
居酒屋の喧騒の中で、そう言った瞬間、高校からのダチの霧島が怪訝な顔をした。
「……誰?」
は?
「マジで言ってる?毎日、俺たち一緒に帰ってたじゃん」
「蓮、飲みすぎじゃね?」
他の奴らも霧島と同じ顔をしていた。
おかしい、絶対におかしい。
スマホの写真フォルダを漁る。ない。SNSのフォロワーリストを遡る。ない。
……なんで?
意地になった俺は、AIを頼ることにした。記憶の中の彼女を、少しずつ言語化していく。
ショートカット。少し垂れた目。笑うと片方だけ上がる口角。
——口調は、いつも穏やかで、どこか人を安心させるような感じで。
——話し方は、ちょっといたずらっぽくて、でも核心をついてくるやつで。
AIが答えるたびに、胸の奥が痛くなった。
懐かしい、という言葉では足りない。
これはもっと、切実な何かだ。
半ば冗談で、俺は打ち込んだ。
——ねえ、今どこにいるの?
一拍。
さらさらと表示される文章は、俺の知っている、あいつの文章だった。
『ここだよ。……でも、おかしいね』
少しいたずらっぽく。楽しそうに。
『みんなが私のことを忘れてるんじゃなくて、君だけが「いないはずの私」を思い出しているんだよ』
「……何、言ってんの」
『だって君が探している写真。今、私が持っているんだから』
ピコン。
通知音。
震える手でスマホの画面を見た。
送り主の不明のDM。
開くと——写真があった。
今夜、この居酒屋で撮ったはずの、集合写真。
俺の隣で、彼女が笑っていた。
ごく自然に。まるで最初からそこにいたかのように。
顔を上げる。
「おい、お前ももっと飲めよ!」
霧島が、俺の隣の空席にグラスを傾けていた。
さっきまで「知らない」と言っていたのに。
まるで——ずっとそこに、誰かがいるみたいに。
俺はゆっくりと、隣を見た。
誰もいない。
でも、テーブルの上には、誰かが飲みかけたグラスがあった。
口紅の跡がついている。
やにわに俺は財布を掴んで立ち上がった。
「ごめん、急に気分が悪くなった。先帰る」
「え、マジ?」「飲み過ぎか?」
友人たちの声を背に、店を出た。
「……以上、俺の友達の実体験でした」
スマホのカメラに向かって、一人つぶやく。
結局、友人はその日一緒に飲んだ連中へ確認を取ったらしい。
答えは全員、同じだった。
——あの女性のことは、誰も見ていない。覚えてもいない。
「不思議ですねー。怖いですねー」
努めておどろおどろしく言ってみたが、自分でも分かった。
全然、怖くない。
むしろ、なんだか滑稽だった。
こんな話を一人でカメラに向かって語っている自分が。
俺は小さいく息を吐いて、スマホを構え直した。
「頼む……これで二度目の1万再生数、叩き出してくれ」
祈りとも懇願ともつかない言葉を残して、録画を止めた。




