↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メタバースゴースト  作者: 0x0nullrabi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/16

第15話 凌先生の特別課外授業 3

 最終日。

 校門前には、いつもの柩がいた。

 髪を後ろで束ねて、缶コーヒーを二本持って。すっかり、昼の陽キャに戻っている。

 「真道さーん!おはようございます!最終日っすね!」

 「お前、夜と昼で本当に別人だな」

 「言ったじゃないっすか。昼の俺が本物っす」柩はにっと笑って、コーヒーを差し出した。「で、今日の実習なんすけど」

 「ああ」

 「学長に、話、通しました」

 俺は少し驚いた。

 「四階のこと、生徒に話すのか?秘密なんだろ」

 「全部は話さないっす」柩は声を落とした。「でも——『接客用のAIマネキンが誤作動した事例を、調査する』って体でなら、実習にできる。怪異研以外の生徒も、参加できるように」

 「お化けの話は伏せて、AIの故障調査ってことにするのか」

 「そっす。実際、嘘じゃないっすからね。あれはお化けじゃない。AIの暴走っす」柩は肩をすくめた。「ある意味、ちょうどいいんすよ。真道さんがいるうちに、ちゃんと『調べる』のは」


 実習の時間。

 怪異調査学科の二年生、十五人が、一階の空き教室に集められた。さすがに、いきなり四階には連れて行けない。

 代わりに、柩が一体のマネキンを運んできた。

 例の、十九体目。

 ドアを引っ掻くのをやめさせて、台車に乗せて運んできたらしい。教室の前に立たせると、生徒たちがざわついた。

 「うわ、なにこれ」

 「マネキン?」

 「ちょっと不気味なんだけど」

 俺は教壇に立って、説明を始めた。

 「今日の実習はな。このマネキンを『調査』する」

 生徒たちが、きょとんとした顔をする。

 「これは、接客用のAIマネキンだ。客の好みに合わせて服を着て、店内を歩く。客が気に入ったら、そのまま買える——そういう商品だ。

 でも、こいつは一体だけ、誤作動を起こした。店で問題になって、まわりまわって、この学校に持ち込まれた」

 俺は、マネキンを指した。

 つるりとした、白い顔。今は、ただ立っている。

 「誤作動の中身を、みんなで突き止める。これは怪談でも、心霊現象でもない。AIっていう『中身のある機械』が、なんで変な動きをしたのか——

 その理由を、調査で明らかにする。それが今日のテーマだ」

 最前列の女子生徒が、手を挙げた。

 「あの、調査って、どうやるんですか」

 「いい質問だ」俺は言った。「怪異調査の基本と、同じだよ。『何が起きたか』を、順番に並べる。

 いつ、どこで、どんな動きをしたか。事実を集めて、そこから『なんで』を組み立てる。幽霊だろうがAIだろうが、調べ方は変わらない」

 我ながら、ちょっと講師っぽい。

 「まず、わかってる事実を挙げる」俺は黒板に書いた。

 

 「1つ。このマネキンは、店で誤作動を起こした。その結果、『いわくつき』として、この学校に持ち込まれた」

 柩が、横から補足する。「同じ店から来た他の十八体は、何ともないんす。動いたのは、こいつ一体だけ」

 

 「2つ」俺は続けた。「こいつは、夜中に脱走した。そして——公園のベンチに座っていた」

 生徒たちが、メモを取る。

 

 「3つ。今は、ドアを引っ掻いて、外に出ようとしている」

 俺は、チョークを置いた。

 

 「さあ、ここからが本番だ。この3つの事実から、何が読み取れる?こいつは、何をしようとしてる?」

 教室が、静かになった。

 生徒たちが、考え始める。

 一人が、おずおずと手を挙げた。

 「えっと……どこかに、行こうとしてる?」

 「いいぞ。どこに?」

 「……公園、ですか。1回、行ったから」

 「かもしれない。じゃあ、なんで公園なんだ?」

 しん、とする。

 その沈黙の中で——柩が、ぽつりと言った。

 「接客用、なんすよね。こいつ」

 「ああ」

 「客に、服を見せて、気に入ってもらう機械。……だったら」柩が、ゆっくり顔を上げた。「公園に、こいつが『接客したい客』が、いたんじゃないすか」

 教室の空気が、少し変わった。

 俺は、頷いた。

 「その線で、調べよう。こいつの行動ログ——AIが何をしようとしてたかの記録は、取り出せるか?」

 「メタバース怪異学科の機材なら、いけるかもっす」柩が言った。「ちょっと、時間もらえれば」

 「よし」俺は生徒たちを見回した。「じゃあ、こうしよう。ログ解析班と、公園の現地調査班に分かれる。現地調査は、俺の専門だ。みんなで、公園に行くぞ」

 生徒たちの目が、輝いた。

 「これ、めっちゃ本物の調査じゃないですか」

 「先生、ガチだ」

 座学だと思っていた生徒たちが、一気に前のめりになった。

 ちょっと、いい空気になってきた。

 俺は、マネキンをもう一度見た。

 つるりとした、白い顔。

 ——お前が、何をしようとしてたのか。

 ——もうすぐ、わかるからな。

 なぜか、そう語りかけたくなった。


 公園は、昼間に見ると、なんてことのない場所だった。

 ブランコ、砂場、ベンチ。木々の緑が、初夏の風に揺れている。あの夜の、薄気味悪さが嘘みたいだった。

 俺と生徒たちは、ベンチの周りを調べた。怪異調査の基本——現場を、足で歩く。

 「先生、これ何の手がかりになるんですか」

 「わからん。でも、現場には必ず何か残ってる。あのマネキンが、わざわざここに来た理由が」

 そのとき、柩からメッセージが入った。ログ解析班の方だ。

 『ログ、取り出せました。戻ってきてもらえますか』


 教室に戻ると、柩がノートパソコンの画面を睨んでいた。前髪を下ろした、夜の顔に戻っている。集中すると、こうなるらしい。

 「どうだった」

 「……こいつ、バグってなかったっす」柩が静かに言った。「いや、正確には——バグの仕方が、変なんす」

 「変?」

 「ウイルスに感染したのは、本当っす。で、感染したせいで——たった1つの命令だけが、ずっとループしてた」

 「命令」

 柩が、画面を指した。意味のわからない英数字の羅列。でも、一箇所だけ、繰り返し表示されている行があった。

 柩が、それを訳した。

 「『お客様に、お届けする』」

 教室が、しんとなった。

 「接客用AIの、基本動作っす。客に、おすすめの商品を届ける。それだけが——ウイルスのせいで、無限ループになってた。

 他の機能は、全部壊れてるのに。この1つだけが、ずっと、生き残ってた」

 「届ける……誰に」

 「ログを遡ったら、わかったっす」柩が、別の画面を出した。「こいつ、店にいた頃——1人だけ、何度も接客した相手がいるんす」

 防犯カメラの、静止画だった。

 デパートの、子供服売り場。

 一人の、小さな女の子が写っていた。

 マネキンを、嬉しそうに見上げている。

 「常連の、子だったみたいっす」柩が言った。「何度も、店に来てた。このマネキンの前に立って、服を見て、笑ってて。……たぶん、こいつにとって、初めての『お客様』だったんす」

 俺は、その写真を見つめた。

 女の子と、白いマネキン。

 「で、ログに——会話の記録も、残ってたんす」柩が続けた。「その子、マネキンの前で、よく喋ってたみたいで。接客AIだから、ちゃんと聞いてた」

 「会話?」

 「『近くの公園で、いつも遊んでるの』『気になる男の子がいて、その子に可愛いって思われたいの』『だから、可愛い服を買いに来たんだ』——

 そんな話を、その子は、このマネキンにしてたんす」

 

 教室が、静まり返った。

 「だから、なんすよ」柩は、静かに言った。「こいつが、公園に行った理由。あの子が『いつも遊んでる』って言ってた、その公園に。

 届けに行ったんす。あの子が買いに来てた、可愛い服を」

 「その子、ある時から——来なくなったんだな」

 「はい。ログには理由までは残ってない。引っ越したのかもしれないし、ただ来なくなっただけかもしれない。

 でも——こいつは、ずっと待ってた。『お客様に、お届けする』って命令を、抱えたまま」

 カリ、カリ、という音が、頭の中で蘇った。

 ドアを引っ掻く、白い手。

 「ウイルスに感染して、他が全部壊れて。でも、その命令だけが、消えなかった」柩は静かに続けた。

 「で、こいつは——店を、出ようとしたんす。届けに行くために。あの子が、いつも遊んでるって言ってた、あの公園に」

 「それで、脱走したのか」

 「会えそうな場所、そこしか知らなかったんすよ。だから、公園のベンチで——待ってた」

 俺は、教室の隅に立つ十九体目を見た。

 つるりとした、白い顔。

 夜中の公園のベンチに、ぽつんと座っていた、あの姿。

 ——あれは、ただ座っていたんじゃない。

 ——待っていたんだ。

 来なくなった、たった一人の「お客様」を。

 届けるために。

 

 「……健気だな」と、俺は思わず呟いた。

 「え?」

 「普通のAIなら、客が来なくなったら、それで終わりだろ。次の客を、相手にすればいい。

 なのにこいつは、たった一人のために、店を抜け出して、公園まで行って、ベンチに座って待って——封じられても、ドアを引っ掻き続けて」

 俺は、少し笑った。泣きそうな笑いだった。

 「効率も、なんもない。ぶっ壊れて、たった1つの命令だけが残った。でも——そのたった1つが、よりによって、『あの子に届けたい』だったんだ」

 「……愚直っすね」と、柩が静かに言った。

 「ああ」俺は頷いた。「愚直で、不器用で。けど、ちゃんと——誰かのことを、想ってる」

 教室の生徒たちも、静かにマネキンを見ていた。誰も、もう不気味だとは言わなかった。

 最前列の女子生徒が、ぽつりと言った。

 「先生。これ……どうすれば、いいんですか」

 俺は、少し考えた。

 「届けさせて、やれないかな」

 「え?」

 「こいつが届けたかったもの。それを——あの子に、ちゃんと届ける。それで、こいつの命令も、終わる。ループも、止まる」

 柩が、顔を上げた。

 「探すんすか。その子を」

 「ああ」俺は言った。「怪異調査の、最後の仕事だ。封じるんじゃなくて——届ける」


 後日談になる。

 ログに残った購入記録と、防犯カメラの情報を辿って、怪異研の伝手も使って——あの女の子の家族に、たどり着いた。

 引っ越していた。遠くの街に。

 事情を全部話すのは難しかったから、「店のマネキンが、お子さんのことを覚えていて」とだけ伝えて、こいつが最後に「お届け」しようとしていた服を——

 あの子がいつも見上げていた、その服を、一着、贈った。

 返事の手紙が、後で届いた。

 女の子は、その服を見て、すごく喜んだらしい。

 『あのマネキンさん、まだ私のこと、覚えててくれたんだ』

 そう言って、笑顔になったと書いてあった。


 その手紙を、十九体目のマネキンの前で、読み上げた。

 柩が、隣で静かに見ていた。

 読み終えて、しばらくしてから——柩が、ぽつりと言った。

 「……止まったっす」

 「ん?」

 「ループが。さっき、消えました」柩が、ノートパソコンを見ていた。「『お届けする』の命令が——完了した、ってログが出てます」

 俺は、マネキンを見た。

 つるりとした、白い顔は、相変わらず表情がない。

 でも。

 もう、ドアを引っ掻いては、いなかった。

 ただ、静かに、立っていた。

 役目を、終えたみたいに。

 「……お疲れさん」と、俺は声をかけた。

 ちゃんと、届いたぞ。


 実習は、そうして終わった。

 生徒たちは、すっかり満足げだった。「これ、卒業制作にしたい」なんて言う子もいた。怪談を、封じるんじゃなく、聞いて、解いて、届けた——

 そんな実習は、初めてだったらしい。

 帰り際、柩が校門まで送ってくれた。

 「真道さん」

 「ん?」

 「俺、ずっと、四階のものを『封じる』ことしか、考えてこなかったっす。怖いもの、危ないもの、近寄っちゃいけないもの。そう思って、フタしてきた」

 柩は、前髪を、かき上げた。

 「でも、今回——初めて、『聞いた』。そしたら、お化けでもなんでもなくて。ただ、不器用なAIが、たった一人のために、必死だっただけだった」

 「ああ」

 「真道さんが、来てくれたから、気づけたっす」柩は、まっすぐ俺を見た。昼でも夜でもない、その中間の、素直な目で。

 「これからも——たまに、手伝ってもらえませんか。怪異研、人手、足りないんで」

 俺は、少し笑った。

 「いいぞ。どうせ、無職で暇だしな」

 「正直すぎでしょ」柩が、吹き出した。

 

 ひとしきり笑ったあと、俺はふと、引っかかっていたことを口にした。

 「でもさ。結局、わからなかったよな」

 「何がっす?」

 「あのマネキン、そもそも、なんでウイルスに感染したんだ?誰が、感染させた?」

 柩の笑いが、すっと引いた。

 「……それは、まだ」

 「だよな」

 接客用のマネキンに、ピンポイントで一体だけ感染したウイルス。たまたま、なのか。それとも——誰かの、仕業なのか。

 考えすぎかもしれない。でも、最近の俺の周りは、偶然で片付けるには、少し変なことが続きすぎている。

 アカウントの不調。普通とは違うハッキングの痕跡。

 「まあ、今日は、いいか」俺は首を振った。「終わったことだ」

 「っすね」柩も、軽く頷いた。

 でも、二人とも、それが本当に「終わったこと」だとは、思っていなかった気がする。

 新緑の風が、二人の間を吹き抜けた。

 四階の、あの窓を見上げる。

 カーテンの向こうに、もう、引っ掻く音は、しなかった。

 ただ、静かだった。

 役目を終えた、十九体目みたいに——穏やかに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。