第12話:ベンチは、空だった
深夜一時過ぎ。
コンビニで買ったホットコーヒーを片手に、帰り道を歩いていた。
俺——真道 凌は、オカルト系のYouTuberをやっている。自由業なので時間の制約はない。深夜にふらふらしていても、誰にも文句を言われない。それだけが取り柄みたいな生活だ。
公園の前を通りかかったとき、ベンチに小さな影が見えた。
子供だ、と思った。
この時間に子供が一人でいる。家出か、迷子か。声をかけないわけにいかない。
「大丈夫——」
近づいて、止まった。
子供じゃなかった。
子供サイズのマネキンだった。デパートにあるような、全身白いやつ。ベンチに自然な姿勢で座っていて、街灯の光を反射してうっすら光っている。
「……なんで」
誰にともなく呟いた。
周囲を見渡した。誰もいない。悪戯にしては手が込んでいる。捨てたにしては、わざわざベンチに座らせるか?
スマホで写真を撮って、その場を離れた。
振り返ると、マネキンはまだそこにいた。
座ったまま、どこかを見ていた。
家に帰って、写真をしばらく眺めた。
別に動いていない。ただのマネキンだ。
でも——なんか、薄気味悪い。
翌日、大学の後輩の日向 蓮にLINEで写真を送った。
『きも!!!なんすかこれ』
「公園にいた」
『捨てたんじゃないすか。不法投棄』
「ベンチに座った状態で?」
『確かに……』しばらく間があった。『凌さん、最近メタバースにログインできてないんでしたっけ』
「そうだよ」
『メタバースシンドローム、じゃないすよね?』
俺は少し止まった。
メタバースシンドローム。この時代、メタバースに長時間ログインし続けた人間が発症する症状として知られている。現実と仮想の境界が曖昧になり、存在しないものが見えたり、現実の光景がバグって見えたりする。
「……ログインできてないのに、シンドロームにはならないだろ」
『まあそうっすね』
でも写真には、ちゃんとマネキンが写っている。
俺の目がおかしいわけじゃない。たぶん。
アカウントの不調が続いて、もう二週間になる。
凪さんにチャットで相談してみた。
「最近どうにも調子が悪くて。メタバースにログインできたりできなかったりするんですが」
しばらくして、返信が来た。
『少し調べてみます』
また間があった。今度は長かった。
『……外部からの干渉の痕跡があります。ハッキングの可能性が高い。それが少し妙なんです。普通のハッキングとは手口が違う。しばらく注意した方がいいと思います』
「妙、というのは?」
『まだわかりません。わかったら連絡します』
ハッキング。
心当たりがないわけじゃない。凪さんの調査に関わってから、ずっとこんな感じだ。でも凪さんへの影響はないらしい。俺のアカウントだけが狙われている。
調べていくうちに、妙な求人を見つけた。
【政府委託】メタバース空間の異常調査スタッフ募集。報酬:業務補助費(少額)。守秘義務あり。
謝礼はほぼなし。でも面白そうだった。応募した。翌日、採用の連絡が来た。
いざ従事しようとして、問題が発覚した。
業務はメタバース上での現地確認が中心だ。なのに俺はログインできない。担当者に事情を説明すると、しばらくして連絡が来た。
「業務に支障があるため、アカウントの修復対応をします」
そういうことで、仕方なく修復してもらった。
最初の依頼は、都内某所のデパートだった。
閉店後のデパートのデジタルツイン——現実の空間と連動したメタバース上の仮想空間——で原因不明のバグが発生しているらしい。現地に行き、メタバース上でも同時に確認するのが仕事 だ。
深夜二時。閉店から二時間後のデパートに、担当者の案内で入った。
館内は薄暗い。非常灯だけが床を照らしている。シャッターの降りたテナント、動いていないエスカレーター、整列した什器。
スマホを取り出して、久しぶりにメタバースにログインした。二週間ぶりだ。画面の中に、現実のデパートと重なるデジタルツインが表示されている。
一階の婦人服売り場を歩いていたとき、違和感を覚えた。
現実とデジタルツイン、両方で——マネキンが、一体だけ位置がおかしい。
他のマネキンは壁際や台の上に配置されているのに、その一体だけ売り場の中央に立っている。
近づいた。
子供サイズの、白いマネキン。
「……」
公園で見たのと、同じ大きさだった。同じ顔だった。
「あの」
反射的に声をかけた。反応はない。当たり前だ、マネキンだから。
手を伸ばして、肩に触れた。
硬い。プラスチックか樹脂か、冷たい感触。
ただのマネキンだ、と思った瞬間——視線が、動いた気がした。
顔の向きは変わっていない。でも確かに、目が——動いた。
一歩下がった。
マネキンは動かない。ただそこに立っている。
担当者が追いついてきた。「どうかしましたか」
「このマネキン、ここに置くものですか」
担当者が眉をひそめた。「いえ、ここには置かないはずですが……」
二人でしばらくマネキンを見た。
動かない。
「このデパート、接客用のAIマネキン入れてますよね」と俺は言った。
「はい。去年から試験導入しています。閉店後は電源を——」
担当者が、少し黙った。
「切るはずなんですが」
調査報告書を提出した。
凪さんにチャットで報告した。
「デパートで同じマネキンを見た。公園のやつと同じ顔だった」
しばらくして返信が来た。
『……注意してください』
それだけだった。
その三日後、また深夜に帰り道を歩いていた。
公園の前を通りかかった。
ベンチは空だった。
誰もいない。マネキンもいない。
なのに、足が少し止まった。
ベンチを照らす街灯。風に揺れる木の葉。
何もない。
なのに——。
なんか、薄気味悪い。




