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大魔王ターニャんの致命的な誤算  作者: 籠崎 莉々
第三部

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閑話 勝者の歴史Ⅰ 勝利の祝祭と

1000年前のターニャ封印後の物語は閑話で描くことにしました。

 聖印元年。


 魔王ターニャは封印され、

 聖女リリが殉教した。


 人類は勝利した。


 聖都の鐘が鳴り響く。

 広場には人が溢れていた。


「魔王は滅んだ!」


「聖女様が世界を救ってくださった!」


「これで平和になる!」


 花びらが舞う。

 酒樽が開かれる。

 子どもたちが駆け回る。


 人々は笑い、歌い、祈った。

 長く続いた恐怖が終わった。


 誰もがそう信じていた。


 聖教会もまた忙しく動いていた。


 聖印歴の制定。

 新たな教義の整理。

 各地方教会への通達。

 そして歴史書の編纂。


 勝利を後世へ伝えるために。


 北部教会の一室。

 机の上には羊皮紙が積まれていた。


 フェルナンドは書かれた文章へ目を落とす。


『聖女リリの尊い犠牲により、魔王ターニャは封印された』


 美しい文章だった。

 誰が読んでも理解しやすい。

 誰が読んでも納得する。


 だからこそフェルナンドは視線を伏せた。


「そうではない……」


 誰に言うでもなく呟く。


 この歴史が正しいものであるなどと、

 少なくとも、自分には断言できない。


 あの日、自分は確かにあの場にいた。


 聖女が倒れる姿を見た。

 ターニャが封印される瞬間も見た。


 わかったのは聖女とターニャはお互いを想っていたということだけだ。

 聖女はターニャのために脱走してまで駆けつけ、

 ターニャは聖女の最後の意思を汲んだ。


 確かにターニャに魔王の因子を感じ取ったのは事実。

 しかしながら魔王であると言える確証はそれだけだ。


 残ったのは後悔と自責の念。


 扉が叩かれる。


「失礼します」


 入ってきたのは若い司祭―レイツェだった。

 フェルナンドが最も信頼している後進である。


「各教会の草稿が届きました」


「見せてくれ」


 数枚の羊皮紙を受け取る。


 東部、西部、南部――どれも似た文章だった。


 そしてどれも、


『聖女リリの尊い犠牲により、魔王ターニャは封印された』


 そう記されていた。

 レイツェが問う。


「何か問題がありましたか?」


「問題というより……」


 フェルナンドは言葉を探した。


「事実ではあるが、事実ではない」


「それはどういう……」


 フェルナンドは別の紙を取り出した。

 そこには自らが残そうとした文がある。


『聖女リリは命を落とし、魔王ターニャは封印された』


「これは私の草稿だ」


「ずいぶん簡素ですね」


「そうだな」


 苦く笑う。


「だが私には、ここまでしか書けない」


「なぜです?」


 フェルナンドは窓の外を見た。


 祝祭の歓声が聞こえる。


 誰もが勝利を信じている。


 誰も疑わない。


 だからこそ。


「見たもの以上のことを書けないからだ」


 レイツェは黙った。


「私はあの日、あの場にいた」


 静かに続ける。


「だからこそ断言できない」


 二人の間に沈黙が落ちる。


「……歴史とは難しいものですね」


「いや」


 フェルナンドは首を振った。


「歴史はもっと単純だ」


「?」


「勝者が残すものだ」


 その言葉に、レイツェは目を見開いた。


「ならば負けた者は?」


「残らない」


 確かな答えだった。


 だからこそ重い。


 フェルナンドは羊皮紙を折りたたむ。


「だが、それでも」


 机の引き出しを開ける。


 そこへ草稿をしまった。


「私は捨てない」


 レイツェは何も言わない。


 ただ見つめていた。


「もし私に何かあった時は」


 フェルナンドが言う。


「この記録を受け継ぎなさい」


「枢機卿猊下」


「次代の北部枢機卿は君だ」


 レイツェの肩が震える。


「まだ早すぎます」


「そうかもしれない」


 フェルナンドは苦笑した。


「だが時代は、こちらの都合を待ってはくれない」


 言い終わると同時に、扉が勢いよく開かれる。


「報告です!」


 伝令の兵士だった。

 顔色が悪い。


「北方監視塔より緊急報告!」


「何があった」


「魔物の群れを確認!」


 室内の空気が止まる。

 レイツェが言う。


「魔物?」


「はい!」


「数は?」


 兵士は答えた。


「不明です!」


 嫌な予感がした。


「魔王は封印されたはずです」


 レイツェが言う。

 兵士も困惑した顔で頷く。


「我々もそう思いました」


 さらに別の伝令が駆け込んでくる。


「東部監視塔より報告!」


「西部もです!」


「南部でも魔物群を確認!」


 室内が騒然となる。

 フェルナンドの顔から血の気が引いた。


「中央方面は?」


 兵士が答える。


「現在確認中です」


 だが、待てども報告は来なかった。


 一時間。


 二時間。


 やがて日が傾く。


 そして、


「中央監視塔と連絡が取れません」


 その報告だけが届いた。


 祝祭の鐘はまだ鳴っている。


 人々は笑っている。


 酒を飲み。


 勝利を祝い。


 平和を信じている。


 けれど。


 フェルナンドは窓の向こうを見ていた。


 遠い空。


 夕焼けの彼方。


 そこに黒い点が見えた気がした。


 鳥ではない。


 もっと大きい。


 もっと禍々しい何か。


「……まさか」


 嫌な予感が胸をよぎる。


 魔王は封印された……本当に?


 フェルナンドは拳を握る。


 ターニャを魔王と断じたこと。


 聖女の死を勝利として受け入れたこと。


 その全てが正しかったのか。


 まだ答えは出ない。


 だが――


 もし我々が何かを見誤っていたのなら。


 これから始まるのは勝利の時代ではなく。


 取り返しのつかない過ちの始まりなのかもしれない。



 祝祭の鐘が鳴り続ける。


 まるで。


 人類最後の宴を祝うかのように。

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