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大魔王ターニャんの致命的な誤算  作者: 籠崎 莉々
第三部

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第3話 沈黙した記録

 聖教会中央図書棟。


 石造りの回廊には静寂が満ちていた。

 紙をめくる音だけが響く。


 聖女リリーは机に肘をつきながら、一冊の歴史書を閉じた。


「また同じ……」


 小さく呟く。

 目の前には積み上げられた書物。


 東部教会史。

 西部教会史。

 南部教会史。

 中央教会史。


 どれも同じ内容だった。


 どの書物にも、魔王ターニャが封印された経緯と、聖女リリの死、

 そして聖印歴の始まりが記されていた。


 そこに大きな違いはない。


 だが――


「やっぱり変なのよね……」


 リリーは一冊の本を開く。


 北部教会史。

 千年前の記録。

 他と同じ文章が並ぶ中。


 一箇所だけ違っていた。


 正史にはこう書かれている。


『聖女リリの尊い犠牲により、魔王ターニャは封印された』


 けれど北部版には。


『聖女リリは命を落とし、魔王ターニャは封印された』


 そう書かれていた。


「なんで……?」


 リリーは何度も読み返した。

 意味だけを見れば大差はない。


 聖女が死に。

 魔王が封印された。


 結果は同じだ。


 だが――


 違和感はそこにあった。


「因果関係を切っている……?」


 正史は、聖女が犠牲になったから封印できた。

 そう読める。


 けれど北部版は違う。

 聖女は死んだ。

 魔王は封印された。


 ただそれだけ。

 まるで、

 その二つを結び付けることを避けているみたいに。


「なぜ……?」


 北部だけ、

 なぜわざわざ書き換えたのだろう。


 さらに、

 その下には小さな注釈が残されていた。


『なお当時の記録には諸説あり、後世の検証を待つ』


 諸説あり。


 たった四文字。

 それだけで。


 千年間積み上げられた歴史が揺らいだ。


「諸説って何よ……」


 千年前の出来事だ。

 普通なら確定しているはずだった。


 それなのに、

 北部だけ……まるで誰かが。


 何かを書けなかったみたいに。


「……っ」


 まただ。

 なぜか脳裏に、銀色の髪の誰かがよぎった。


 黒い外套をまとった、小柄な人影。

 並んで歩く気配。


 もちろん見覚えはない。


 それなのに胸の奥が痛んだ。


「ほとんど同じ、だけど違うこの名前……」


 聖女の名前も自分と一文字ちがいなだけ。

 そもそも、


「……あの魔王は“敵”なのですか?」


 誰に言うでもなく呟く。 


「変なの……」


 リリーは本を閉じる。

 そして立ち上がった。


「決めた」


 向かう先は一つ。

 北部教会。


 この文章を書いた者の痕跡を辿る。


 そのために現代の北部枢機卿へ会いに行こうと思った。


 まだリリーは知らない。


 この違和感の始まりが。


 千年前、一人の枢機卿が抱いた後悔に辿り着くことを。







 一方その頃。


「それでゾフィー」


「はい」


「魔物とはなんじゃ?」


 魔王領ルシエルでは、

 大魔王が歴史の真実に一ミリも近づいていなかった。


「それは―――」


「待つのじゃ」


「?」


「長くなるかの?」


「とても」


「なら飯を食いながら聞く」


「左様で」


 そんな感じである。

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