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大魔王ターニャんの致命的な誤算  作者: 籠崎 莉々
第三部

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第2話 魔王のおしごと

 落ちていく――

 黒い外套を翻しながら。

 銀色の髪を風に揺らしながら。


 雲の上から大魔王ターニャんは、

 堂々と街へ向かって降下していた。


「ふははははは!!」


 高笑い。なお、


「普通に階段を使えばよろしいのでは?」


 後方から飛行魔法で追従するゾフィーは冷静だった。


「魔王に階段は不要じゃ!……それにの」


「それに?」


「我の支配する人間どもにいたずらするとは何事じゃ!それは我の役目じゃぞ!」


「左様で」


 眼下では煙があがり、崩れた屋台が、

 逃げ惑う人々の叫び声が聞こえる。


 魔物の群れが街路を荒らしていた。

 牙を持つ獣型。

 粘液を引く異形。

 数は多く、警備隊は応戦しするも押されていた。


「むぅ」


 ターニャんは風魔法で高度調整しながらゾフィーに言う。


「見よ、ゾフィー」


「はい」


「これは良くない」


「ええ」


「人間が勝手に恐怖しておる」


「概ね魔物のせいですね」


 ターニャんは真顔で頷いた。


「由々しき問題じゃ」


 右手を掲げる。

 空気が軋む。

 雲海の魔力が引き寄せられた。

 ばちり。

 青白い雷光。

 周囲の空間が震える。


 ゾフィーの顔色が変わった。


「ターニャん様」


「おん?」


「まさか広域雷撃を撃とうとしてません?」


「そうじゃが?」


「『そうじゃが?』ではございません」


 あきれ顔である。


「ターニャん様、細かい魔力形成は苦手でございましょう」


「む」


「恐怖で支配する人間までやっつけてしまいますよ」


「むぅ。それは困るのう」


 真剣に悩み始めた。

 魔力がしゅるしゅると消えていく。


「そこでこちらを」


 ゾフィーが懐から何かを取り出した。


「なんじゃこれは」


「剣です」


「それは見ればわかるのじゃ」


 銀色の刀身。

 装飾は少ない。

 実用品的な剣だ。

 けれど鈍い光には職人の仕事が宿っていた。


「デリドック殿の姪が鍛冶屋を始めたそうで」


「ほう?(誰じゃ?)」


「特別な付与はありません」


「ほほう」


「ですが鋼と魔力靭性を重ねています」


「つまり?」


「簡単には壊れません」


「おおっ!」


 ターニャんの目が輝いた。

 受け取り軽く振と、

 ぶぅぅうん。

 風を切り、空気が鳴った。


「……む」


 もう一度。

 ぶぅぅうん。

 さらに。

 ぶぉぉぉおん。


「……なじむ」


 目が見開かれる。


「なじむっ!!」


 外套が翻る。


「なじむぞぉ!!」


「いろんな意味で危ういのでやめてください」


 地上に降り立ち、ターニャんは剣を構えた。


 街路の行き止まり、追い詰められた子どもの姿が写った。

 巨大な獣型魔物が牙を向けるようとしたそのとき

 ターニャんの姿が消えた。

 踏み込みんだ地面が沈む。

 黒い影が瞬間を捉え、銀光が走り抜けた。

 獣の身体が真ん中から切断され、ずれ落ちる。

 悲鳴を上げる間もなく。


 ターニャんは剣を振り、血しぶきを落とす。


 子どもは確かに見ていた。


 自らの危機に駆けつけ、

 脅威を一刀のもと切り裂き、

 凛と立つ英雄の姿を。


「ゾフィー!そのわらべを頼むぞ!」


「承りました」


 ターニャんはそのまま跳躍し、風魔法で加速しながら中心街へと向かった。


 人々に牙を向ける魔物たちを一刀のもとに切り捨てていく。

 蹴り飛ばされた魔物は街石を削りながら転がる。

 雷に打たれた魔物は黒焦げになり、剣を振るわれた魔物は両断された。

 人々が息を呑む。

 雑なようでいて洗練された動き。


 本人は知らない。


 けれど身体は覚えていた。


 千年前――英雄だった頃の剣を。


「ふはは!!」


 繰り返すが、本人に自覚はない。


「悪い魔物どもよ!!」


 剣をびしっと向ける。


「人間を恐怖に陥れるのは我の仕事ぞ!!」


 しん――

 街が静まり返った。

 魔物すら動きを止める。

 そして――


「お仕置きじゃあああ!!」


 大魔王ターニャんは、嬉々として魔物の群れへ突っ込んでいった。


 獣型が跳び、牙を向ける。

 銀光がり一閃。

 魔物は宙で分かれる。


「ふはは!!」


 次、次、次!

 魔物たちは次々と倒れていった。


 獣魔が裂け、粘液魔が散り、

 異形の群れが崩れていく。


 考えるより先に身体が動く。


 どこまで踏み込めば届くのか。

 どこで剣を振れば斬れるのか。


 それを身体は知っていた。

 まるでずっと昔から、

 そうしてきたみたいに。


 警備隊に子どもを預けたゾフィーは、空中からその姿を見ていた。


 黒い外套が翻り、銀髪が揺れ、剣は踊った。


 雷魔法しか見ていなかったが、その剣は驚くほど洗練されていた。


(……綺麗)


 思わず、そんな言葉が浮かぶ。


 恐怖を振りまく魔王というより。

 誰かを守るための剣。


 同時に違和感を覚える。


 確かに最優の剣ではあるが、

 至高の剣であるかと言えばそうではない。


 なにかを意識している剣にも見えた。


 そしてそれは、ターニャんだけでは完成しないようにも。


 誰かが近くにいることを意識した剣のように思える。


 それはきっと自分ではない。


 一抹の寂しさを感じながら、ゾフィーはターニャのもとへ飛んだ。


 魔物たちはみるみる姿を減らし、ついに最後の一体となった。

 巨大な獣魔が咆哮を上げる。

 ターニャんは剣を構える。


「ぬぅん!」


 獣魔が放物線を描いて飛びかかる。

 ターニャんは踏み込み、下段から斬り上げた。

 銀の軌跡が半円を描く。

 巨体の頭部が左右二つに分かれ、崩れ落ちた。


「ふははは!!」


 ターニャんは満足げに剣を掲げた。


「これに懲りたら二度と勝手に恐怖をばら撒くでないぞ!!」


 もちろん返事はない。 

 あるのは静寂‥‥遅れて歓声が沸き起こる。


「魔王様!」


「ターニャん様!」


「女神様!」


「誰じゃ!我を女神なんて呼ぶのは!お仕置きするぞ!」


 ぷんすか。


「怒ってるターニャん様さま、かわいい…」


「尊死」


「推せる‥‥」


 ターニャんは言葉の意味が分からず首を傾げる。


「……む」


 そこで、倒れた魔物を見た。

 血を流して絶命した魔物には牙があり、姿は異形。

 駆け付けた側近に問う。


「ゾフィー」


「はい」


「こやつら」


 少し、真面目な声で。


「……一体、何なんじゃ?」

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