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大魔王ターニャんの致命的な誤算  作者: 籠崎 莉々
第二部

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第24話 魔王の因子

 夜風が、頬を叩いていた。


「っ、ぅわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ターニャは絶賛落下中だった。


 眼下には森。

 しかもかなり高い。


「いやいやいやいや無理無理無理っ!!」


 風魔法。

 展開。

 制御。

 浮け‥‥

 浮け!


 頭では理解しているのに、魔力の流れが噛み合わない。


(なんでっ!?)


 身体の中で、別の感覚が暴れている。


 数を数える感覚。

 削る感覚。

 選ぶ感覚。


 不要を切り離そうとする思考。


「っ……邪魔っ!」


 無理やり魔力を捻じ伏せる。


 落下速度が、わずかに緩む。


 そのまま木々を何本かへし折りながら――


 ズドォン!!


「ごべぇっ!!」


 地面へ墜落した。


 土煙舞い、折れた枝が絡む。


 クレーターの中心で、ターニャがぴくぴく震えている。


「……生きてる……」


 しばらくしてから、のそりと起き上がった。


 ドレスはぼろぼろ。

 髪もぐしゃぐしゃ。


「最低……」


 空を睨む。


 当然、魔王城は見えない。


「……ほんと、気に入らない」


 ゼッシーサス。


 魔王。


 あの白い空間。


 全部。


 思い出すだけで腹が立つ。


 なのに。


 胸の奥に残っている“熱”だけが、消えない。


(……叩き潰したい)


 その感情に、ターニャ自身が息を止めた。


「……違う」


 頭を振る。


「違う違う違う」


 こんなの、自分らしくない。


 けれど、完全には否定できなかった。


 あの盤面を支配する感じ。

 全部を見下ろして操作してくる感覚。


 悔しかった。


 だから――


 次は絶対にひっくり返したいと思ってしまった。


「……っ」


 胸の奥が、微かに脈打つ。


 ぞわり、と悪寒が走った。


 ターニャは無意識に胸を押さえる。


(……ほんとになにされたの、ターニャ)


 ゆっくりと考える間もなく、

 森の奥で、魔物の気配が動いた。

 複数、こちらへ近づいてくる。


「……はぁ」


 ターニャは立ち上がる。


 剣を抜こうとして――止まった。


 代わりに、黒い“亀裂”が、掌の中へ現れる。


「……っ」


 境界断裂器―エッジ・オブ・ノクティス。


 呼んだ覚えはない。

 なのに、武器の方が勝手に応えた。


 空間が、軋む。

 森の空気が変わった。


 近づいていた魔物たちが、一斉に足を止める。

 怯えるみたいに。


「……帰って」


 ぽつりと呟く。

 すると魔物たちは、逃げるように森の奥へ消えていった。


「…………」


 ターニャはしばらく無言だった。

 自分の手を見る。

 黒い武器を見る。


(なんなの、これ……)


 理解できない。

 したくもない。


 けれど確実に、自分の中へ何かが入り込んでいた。


    





 ――南部聖教会本部――


 巨大な聖堂には、静寂が満ちていた。


 百を超える信徒たちが跪き、頭を垂れている。


 その最奥。


 一人の青年が、祈りを終えて立ち上がった。


 白銀の法衣。

 長い前髪が顔にかかり、表情が読めない。

 それでいてその場を支配する威圧感が見える。


 南部を統括する枢機卿――ミルケル。


 彼がゆっくりと目を開く。

 前髪の奥におかくれた瞳が光を帯びる。


「……信託を得ました」


 ざわり、と空気が揺れた。


「魔王の因子を確認」


 信徒たちの顔が強張る。


「補足されたのは英雄ターニャ……いえ」


 そこで言葉を切る。


「――魔王ターニャ」


「…………!!」


 聖堂がどよめいた。


「ま、魔王……!?」


「英雄が……!?」


「ありえません……!」


 悲鳴に近い声すら混ざる。

 だがミルケルは動じない。


「静粛に」


 たった一言。

 それだけで空気が凍りついた。


「これは確定事項ではありません」


「ですが、因子の発生反応は事実です」


 淡々と告げる。


「放置はできません」


 ミルケルは側近へ視線を向けた。


「西部枢機卿ビズレスタ」


「東部枢機卿ケイステイラー」


「北部枢機卿フェルナンド」


「三名へ連絡を」


「はっ!」


「加えて特務部隊にも召集を」


「特務部隊までも……!」


「はっ!かしこまりました!」


 信徒たちが一斉に動き出す。


「私も出立します」


「枢機卿自ら……!?」


「事態が事態です」


 ミルケルは静かに答えた。


「もし本当に“魔王化”が始まっているのであれば――」


 そこで言葉を止める。


 わずかに目を伏せた。


「最悪、英雄を討つ覚悟も必要になるでしょう」


 聖堂の空気が、重く沈んだ。


    









 フードを深く被った少女が、聖堂の外壁にもたれていた。


「……魔王ターニャ?」


 リリだった。


 表情から、いつもの軽さが消えている。


 彼女は偶然ここへ来たわけではない。


 ターニャの行方を探るため、教会側の情報を追っていた。


 そして今、

 最悪に近い情報を聞いてしまった。


(因子……?)


 そんな話、聞いていない。


 いや。


 正確には。


 聖教会内部には、似た記録が存在していた。


 歴代魔王。

 適合者。

 侵食。

 変異。


 だが。


(なんでターニャさんが……)


 脳裏に浮かぶ。


 笑っていた姿。


 おやつを盗まれて騒いでいた姿。


 無茶をして。

 傷だらけになって。

 それでも人を助けようとしていた姿。


「……ありえません」


 小さく呟く。


 けれど。


 同時に。


 思い出してしまう。


 あの戦闘。


 完璧すぎる適応。


 異常なまでの噛み合い。


 そして――


(……適合)


 嫌な言葉が、胸に残った。


 その時。


 聖堂の中から信徒たちが慌ただしく出てくる。


「急げ!」


「各支部へ通達を!」


「英雄ターニャ発見時は即時報告!」


「危険指定を更新しろ!」


 空気が、一気にきな臭くなる。


 リリはフードの奥で目を細め――


 やめた。


(いや、この顔よくやるな私)


 軽く自分で思ってしまった。


 代わりに、気だるげなため息。


「……面倒なことになりましたねぇ」


 けれど。


 その声音には、わずかに焦りが混じっていた。


「ターニャさん」


 誰にも聞こえない声。


「どこにいるんですか」


 夜風が吹く。


 その風はもう、

 ただの旅路の風ではなかった。

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