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大魔王ターニャんの致命的な誤算  作者: 籠崎 莉々
第二部

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第23話 境界断裂器(エッジ・オブ・ノクティス)

 白い空間に、声が満ちる。


『ゆえに問う』


『ターニャ』


『お前は、こちら側へ来るか?』


 結晶が脈打つ。


 空間そのものが呼吸しているみたいだった。


 ターニャは、しばらく黙ってそれを見上げていた。


(……なんなの、こいつ)


 怒りとも違う。


 嫌悪とも少し違う。


 ただ、本能が拒絶している。


 人を人として見ていない。


 善悪ですらない。


 もっと別の場所から、

 世界を眺めている。


 そんな感覚。


「断る」


 ターニャは即座に答えた。


「ターニャはターニャだし」


『理由になっていない』


「そっちも意味わかんないことしか言ってないじゃん」


 白い床を蹴る。


 一歩、前へ。


「人間が増えすぎたから調整?効率?最適化?」


 怒りの表情。


「そんなの、ただ人を数で見てるだけでしょ」


『個ではなく、全体を見ている』


『生命は偏る』


『偏りは崩壊を招く』


『ゆえに均す』


「知らないって言ってるの」


 吐き捨てる。


「ターニャはそんな理由で戦わない」


 その言葉へ、

 結晶はわずかに明滅した。


『ならば問う』


『お前は、何のために戦う』


「……は?」


『守る価値はあるのか』


 白い空間に、

 無数の光が浮かぶ。

 世界のあらゆる場所が同時に映し出された。

 まるでその場にいるように。


 燃える村。


 泣き叫ぶ人々。


 剣を向け合う兵士。


 略奪。


 差別。


 裏切り。


 憎悪。


『人類は争い続ける』


『奪い続ける』


『増え続ける』


『それでも守るか』


 胸がざわつく。


 知っている。


 綺麗な人間ばかりじゃないことくらい。


 英雄と呼ばれてから、

 嫌というほど見てきた。


 それでも。


「……だからって」


 奥歯を噛む。


「全部切り捨てていい理由にはならないでしょ」


『非合理』


「うるさい」


『感情論』


「それでも」


 ターニャは、結晶を睨み返した。


「ターニャは、人間を数字で見たくない」


 結晶は黙った。


 だが不思議と、

 拒絶された感じはなかった。


 むしろ――


 観測されている。


 試されている。


 そんな感覚だけが強くなる。


 すると。


 白い空間の奥から、

 黒い“なにか”が現れた。


 剣……


 いや――


 剣というには歪だった。


 刃の輪郭が揺らいでいる。


 黒い亀裂みたいな形。


 存在そのものが、

 空間を裂いていた。


「……っ」


 息を呑む。


 知っている。


 ターニャは、これを知っている。


 王都防衛戦において巨魁のゼイフェルドと戦った、あの日。


 死にかけた自分の手の中へ、

 突然現れた武器。


 英雄誕生の象徴。


『境界断裂器』


『エッジ・オブ・ノクティス』


「なんで……」


『元は、こちら側の武器だ』


 結晶が脈動する。


『お前は適合した』


『ゆえに顕現した』


 ターニャは武器を見つめる。




 不気味なほど黒い。


 けれど、不思議と手に馴染む。


『本来の力は、まだ解放されていない』


『お前は人間側に立っている』


『ゆえに出力が制限されている』


「……だから?」


『こちらへ来るなら』


『完全解放を許可する』


 空気が重くなる。


『その武器で』


『お前自身の未来を切り開け』


 言葉を受けた瞬間。


 ターニャの中で、

 なにかが揺れた。


 力。


 圧倒的な力の奔流。


 もし本当に、

 これを完全に扱えたなら。


 もっと救えたかもしれない。


 守れたかもしれない。


 そんな考えが、脳裏をよぎった。


 ――だからこそ。


「嫌」


 ターニャは武器を握った。


「そんな力の使い方、気に入らない」


 踏み込む。


 白い床が砕ける。


 間合いの外から振りぬいた。


 黒い斬撃が、結晶へ走った。


 空間そのものを裂くような軌跡。


 わずかな間もなく、

 

 ――砕けた。


 結晶の一部が。


「……っ!?」


 ターニャ自身が目を見開く。


 いまの一撃。


 届かない距離と知っていながら、


 確かに届いた。


 だが同時に。


 胸の奥へ激痛が走る。


「ぐっ……!」


 膝をつく。


 腕が軋む。


 魔力が暴れる。


『ふむ』


 初めて、


 魔王の声に、

 わずかな感心が混じった。


『やはり適合率は高い』


『収穫としては十分だ』


「なにを……」


 その時だった。


 結晶が、強く明滅する。


『統合開始』


「——は?」


 胸の奥が、ひび割れた。


 痛みはない。


 代わりに。


 “増えた”。


 知らない感覚が。


 数を数える感覚。


 削る感覚。


 選ぶ感覚。


 不要を切り離す判断。


「……っ、これ、は」


 息が浅くなる。


 思考へ、

 別の思考が混ざってくる。


『適合、良好』


『侵食率、安定』


「やめ……ろ……!」


 拒絶する。


 なのに。


 どこかで、

 馴染んでしまっている。


 それが怖かった。


 すると。


 最後に、

 白い空間へ声が響いた。


『いずれ、お前は選ぶ』


 脈打つように、なにか。


 世界が揺れる。


『英雄か』


 視界が滲む。


『魔王か』


 言葉が終わると同時に、


 ターニャは、

 巨大な扉の前へ立っていた。


「――え」


 息を呑む。


 いつ戻されたのか分からない。


 まるで最初から、

 そこにいたみたいに。


「無事に謁見は終了したようですね」


 穏やかな声が聞こえた。


 振り向くとゼッシーサスが立っている。


 柔らかな笑み。


 何事もなかったみたいに。


「……ねぇ」


 ターニャの声が低くなる。


「ターニャになにしたの?」


「準備でございます」


「準備?」


「次代の魔王を生むための」


 空気が震えた。


 ターニャの身体から、

 膨大な魔力が噴き出す。


「なんだって?」


 ゼッシーサスは動じない。


 むしろ、

 感嘆するみたいに目を向けた。


「これは……素晴らしい」


 ターニャは反射的に魔力を集める。


 雷光が掌で弾けた。


「操控のゼッシーサス……!」


「おっと」


 彼は両手を軽く上げた。


「申し訳ありません」


「英雄を前にすると、つい緊張してしまいまして」


「……なに?」


「“操控の”がつくのはゼファエルの方でしたね」


 空気が止まる。


「…………!!」


「改めまして」


 片眼鏡の奥で、

 男が笑う。


「わたくし、“策謀のゼッシーサス”と申します」


「……っ、お前……!」


 指が鳴る。


 ――パチン。


 ターニャの足元へ、

 巨大な魔法陣が広がった。


「くっ……!」


 足元の感覚が消える。


 手に魔力を練っていたため何かを掴むこともできず、


 身体が宙へ投げ出されていた。


「うわっ!?」


 落下する。


 外は夜空。


 見上げれば、

 空中に巨大な王城が浮かんでいる。


(あれが……魔王城!?)


 だが考えるより早く、

 ターニャは雷を放っていた。


 収束した稲光が、

 ゼッシーサスへ走る。


 直撃――


 する直前に、弾けた。


「なに!?」


「避雷の魔道具を使わせていただいております」


 遠くから不思議と、


 ゼッシーサスの声だけが届く。


「私、戦闘は不慣れなもので」


「よく言う……!」


 再び、指が鳴る。


 空間が閉じる。


 魔王城ごと、

 夜の中へ消えていく。


 風魔法を編もうとして、

 ターニャは気づいた。


 雷へ魔力を回したせいで、

 空中制御へ切り替えが遅れている。


(……最初から)


 攻撃しか選べないようにされた。


 掌の上だった。


「っ……!」


 悔しい。


 腹が立つ。


 なのに。


 胸の奥で、

 別の熱が燃えていた。


 あの男を、

 叩き潰したい。


 次は絶対に、

 盤面ごとひっくり返してやる。


 そんな感情が。


 恐ろしいほど自然に湧いていた。


「……っ」


 胸を押さえる。


 違う。


 こんなのは。


 今までの自分には――


 そこまで考えて。


 ターニャは、止まった。


(……ほんとに?)


 落ちながら。


 少女は初めて、

 自分の中へ生まれた“異物”を見つめていた。

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