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大魔王ターニャんの致命的な誤算  作者: 籠崎 莉々
第一部

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第17話 まだ届かない場所へ

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

もう少しばかり、お付き合いくださいませ。

風が、吹いていた。


だがそれは――あの場の静寂とは違う、現実の風だった。


乾いた大地を撫でる、冷たい風。


「……ここも、か」


勇者アレクは、ゆっくりと周囲を見渡した。


荒れた畑。

崩れかけた柵。

痩せた土。


人の気配はある。

だが――活気がない。


「魔物は?」


近くにいた男に問う。


「出る」


短い返答。


「夜になるとな。畑も荒らされる」


「討伐は?」


「来ねえよ」


吐き捨てるように言われた。


「来たとしても、一時しのぎだ」


「……」


言葉が、続かない。

男は淡々と続ける。


「作物も育たん。水も足りん。土も死んでる」


「じゃあ、どうしてる」


「どうにもならん」


その一言で、終わった。


「……」


アレクは拳を握る。

魔物なら倒せる。

それは、できる。

だが――

それで、この土地は救われるのか?


「……違う」


ぽつりと、漏れる。


敵は、そこにいない。


剣で斬るべき相手ではない。


「俺は……」


何と、戦っているのか。


答えは、出ない。


ただ――


「まだ、届いていない場所がある」


「――俺の剣では、届かない場所が」


その事実だけが、重く残った。






ー????????ー


――その頃。


光の届かない場所。


音も、風も、ない。


ただ“何か”がある。


脈動。


ゆっくりと。


確実に。


それは、呼吸のようであり、鼓動のようでもあった。


ひび割れた大地の奥。


あるいは――世界そのものの“底”。


黒いものが、揺れる。


形はない。


だが、確かにそこに“いる”。


「――」


言葉にならない何かが、空間を軋ませた。


その瞬間。


遠く離れた地上で、一匹の魔物が、理由もなく崩れ落ちた。


誰も、気づかない。


それが“意思”であることに。


そして――


それがまだ、“目覚めてすらいない”ことにも。






ー聖協会本部ー


静かな室内。


聖女リリーは、書物を閉じた。


「……一致しない」


机の上には、複数の記録。


英雄譚。


聖女の記録。


女神の伝承。


どれも――正しいはずのもの。


だが、どこかが噛み合わない。


「聖女リリ……」


その名を、静かに口にする。


自分はリリーという名前だ。


文献に登場するのは聖女リリ。


棒を1本足したかそうじゃないかの違いしかない。


ほぼ同じ、だが、かなり雑。


「ほとんど同じ、だけど違うこの名前……」


偶然?


それとも――


「……」


目を閉じる。


思い出そうとするのではない。


“照らし合わせる”。


今の自分と、記録の中の存在を。


すると――


一瞬だけ。


感覚が、重なった。


風。


足音。


並んで歩く気配。


「……っ」


目を開く。


今のは、記憶ではない。


だが――


「無関係では、ない」


確信に近い何かがあった。


「……私は」


静かに呟く。


「何者なのか」


そして。


「……あの魔王は」


言葉が、わずかに揺れる。


「“敵”なのですか?」


その問いに、答えはまだない。







―天界ヴァルハラ―


白い空間。

境界はない。


光が、ゆるやかに流れている。


その中心に、女神サナスタシアはいた。


「はいはい、報告どうぞー」


軽い声。


場にそぐわないほど、柔らかい。


天使の一人が資料をもとに報告をする。


「魔王領域、拡大を確認」


「人間領、被害軽微」


サナスタシアは満足そうに笑みを浮かべる。


「うんうん、いい感じねー」


空間に大陸の地図が展開される。


「誤差の範囲内でーす」


淡々と、しかしどこか雑に処理していく。


「で?」


指が止まる。


「聖女ちゃんは?」


わずかな間。


「現在の聖女個体、順調に成長しています」


「記憶・人格ともに安定」


「そっかそっかー」


少しだけ、声が軽くなる。


「じゃあ問題なし、っと」


「引き続きよろしくお願いしまーす」


光が散る。


報告は終わり。


静けさだけが残る。


サナスタシアは、そのまま立っている。


「……安定、ね」


声が落ちる。


「ほんとに?」


誰もいない空間に問いかける。


「ねえ、リリー」


その名を口にした瞬間、

空間の奥に、かすかなノイズが走る。


「――前は、ちゃんと呼べていたのに」


それは記録。

消去されたはずの“前の個体”。


「……」


サナスタシアは、笑う。


今までと同じ、軽い笑い。


「ま、いっか」


一歩、踏み出す。


「再構築は成功してるし」


「誤差もないし」


言いながら、

ほんの一瞬だけ足が止まる。


「……ない、はずだし」


音が消える。


「……はず、なんだけどなあ」


その声だけが、


少しだけ、


寂しそうだった。







―魔王城―


「よーし!」


一方その頃。


ターニャんは元気だった。


「今日も元気に支配するぞー!」


「はいはい」


ゾフィーが軽く手を叩く。


「では本日の“支配活動”ですが」


差し出された資料。


「ほう?」


ターニャんは目を通し――

にやり、と笑った。


「よいではないか!」


そこに書かれていたのは、


・魔物被害の多発地域

・農作物の不作地帯

・支援の届いていない集落


「絶望に満ちておるな!」


嬉しそうである。


「これぞ支配のしがいがあるというもの!」


「はい、とても」


ゾフィーはにこやかに頷く。


「では、どう“支配”なさいますか?」


「決まっておる!」


ターニャんはびしっと指を立てた。


「まずは魔物を一掃し、逃げ場をなくす!」


「なるほど」


「次に水路を整え、生活を我に依存させる!」


「はい」


「そして最後に――」


ぐっと拳を握る。


「安心して暮らせる環境を与え、完全支配じゃ!」


「……」


ゾフィーは、こめかみをおさえ少しだけ空を見上げた。


「……まあ、よくわからんがうまくいくじゃろ!」


「完璧ですね」


「であろう!」


ターニャんは胸を張る。


「人は恐怖なくしては正しく生きられんからな!」


その背後で。


鳥がさえずり。


風が揺れ。


人々が笑っていた。


まだ――


届いていない場所がある。


だが。


まだ届いていない場所へ、


確実に“何か”は広がり始めていた。

次話で第一部、完となります。

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