第14話 勇者と影の最適解
勇者くん、ポンコツだと思っていたのに‥‥
―魔王城 前庭―
光と闇が、ねじれていた。
ぶつかるたびに、 世界の“前提”が軋む。
「セイクリッド!」
「ダークネス!」
逆転する因果。 崩れる整合性。
――それでも。
「なんでじゃ!!」
「なんででしょうね!!」
本人たちだけが、ブレない。
その異様な光景を前に。
「……やっぱりおかしい」
勇者アレクは、立ち止まった。
(戦いじゃない)
(これは――)
一歩、引く。
(“調整”されている)
「ご明察です」
声。
振り返る。
そこにいた。
「お前……!」
ゾフィーは、いつの間にか背後に立っていた。
音もなく。 気配もなく。
ただ“そこに在る”ように。
「観察、お見事でございます」
「……何者だ」
「ただの側近でございます」
「嘘だな」
それは確信。
「お前は――“戦っていない”」
ゾフィーは、少しだけ首を傾げる。
「戦っておりますよ?」
「違う」
アレクは首を振る。
「お前は盤面を見てる」
「……」
「勝つためじゃない」
一歩、踏み込む。
「整えるためだ」
微笑みを崩さずに、
「では」
静かに問う。
「整っていない世界とは、どのようなものでしょう?」
「……は?」
「人は争い」
「魔は拒絶され」
「異なるものは排除される」
淡々と。
「それが“正常”でしょうか?」
「……それは」
言葉が詰まる。
ゾフィーは続ける。
「では、今はどうでしょう」
視線の先。
ターニャんとリリー。
「ぐぬぬ……効いたのじゃ……!」
「そうでしょう。私の聖属性は魔のものに劇的な効果を発します」
「闇属性魔法で我に傷を与えるとは……」
「えっ」
「えっ」
ターニャんは仕返しとばかりに聖属性の槍を聖女に穿つ。
傷を負う聖女。
「くっ……なんと濃密な魔力…って、これ聖属性ですよね?」
「違うのじゃ!聖なる絶望じゃ!」
「意味が分かりません!!」
――だが。
致命的な殺意は、ない。
むしろ。
どこか噛み合っている。
「……」
アレクの目が細くなる。
「歪んでる」
「はい」
「だが」
ためらい、言葉を続ける。
「壊れてはいない」
ゾフィーは、嬉しそうに微笑んだ。
「ええ」
「壊さないために、歪ませております」
「……お前がやってるのか」
「一部は」
否定しない。
「すべてではありません」
「じゃあ、あの二人は」
「素質があったのです」
きっぱりと。
「“境界を越える素質”が」
勇者の脳裏に、いくつもの違和感が繋がる。
(魔王が、光を使う)
(聖女が、闇を使う)
(なのに――成立している)
「……お前が、誘導したのか」
「最適化しただけです」
「同じ意味だ」
「いいえ」
初めて。
ゾフィーの声が、わずかに強くなる。
「世界は元より歪んでいる」
「私は、それを“均した”だけです」
「均した結果がこれか?」
アレクは戦場を指す。
「属性は逆転」
「概念は崩壊」
「めちゃくちゃだ」
「ですが」
ゾフィーの視線がアレクを射貫く。
「争いは減りました」
「……」
「人も魔も、“理解できないもの”としてではなく」
すぅ、とゾフィーは静かに息を吸う。
「“よく分からないけどまあいいか”で受け入れ始めています」
「雑だな!!」
「重要です」
真顔。
「完全な理解は、しばしば排除を生みます」
「……」
「ですが“曖昧な許容”は、共存を生みます」
静寂。
風が吹く。
遠くでまた、爆発。
「ぬおおお!?回復したのじゃ!?」
「だからそれ聖属性ですって!!」
「違うのじゃああ!!」
「……」
アレクは額を押さえた。
「……確かに」
ぼそりと。
「殺し合いには見えないな」
「ええ」
ゾフィーは頷く。
「“調整済み”ですので」
「だが」
勇者の視線が鋭くなる。
「それは“お前の都合”だろ」
「はい」
迷いがない。
「私の都合です」
「……」
「受け入れられない世界でしたので」
その一言だけ。
温度が違った。
「だから、変えました」
勇者は黙る。
そして。
「……お前」
低く言う。
「何をされた」
ほんの一瞬。
ゾフィーの目から、感情が消える。
だがすぐに戻る。
「昔話は、またいずれ」
にこり。
「今は――」
視線を前庭へ。
「盤面が動きます」
「……何?」
その瞬間。
―前庭―
「ぬおおおおお!!」
「いきます!!」
ターニャんとリリー。
同時に魔力を収束。
だが――
制御が、甘い。
歪みが、増幅する。
空間が悲鳴を上げる。
「……まずい!」
アレクが駆け出す。
「放っておけば、どうなる!」
「最適化が崩れます」
「つまり!?」
「世界が“元に戻ります”」
「それは――」
最悪だと、直感した。
今のこの“曖昧な均衡”が壊れれば。
今度こそ。
本物の“対立”になる。
「止めるぞ!!」
勇者が叫ぶ。
その横で。
「ええ」
ゾフィーは微笑む。
「ですので」
一歩、踏み出す。
初めて。
“戦場”へ。
「少しだけ、本気を出します」
「……っ!」
勇者の背筋に、寒気が走る。
(こいつ――)
(今までが本気じゃなかったのか)
ゾフィーは、静かに手を掲げる。
その仕草は。
まるで。
――世界に触れるようだった。
「では」
優しく。
「整えましょう」
その瞬間。
空間が――
“静まった”。
光も闇も。
暴走しかけた魔力も。
すべてが一瞬で均される。
「なっ……!?」
勇者が息を呑む。
ターニャんとリリーも、動きを止める。
「……なにを」
アレクが呟く。
ゾフィーは振り返る。
いつもの笑顔で。
「ただの後片付けでございます」
そして。
小さく。
本当に小さく。
誰にも聞こえないくらいの声で。
「――まだ、“その時”ではありませんので」
勇者だけが、それを聞いた。
(……その時?)
問いは、答えを得ない。
だが。
確信だけが残る。
(こいつが――中心だ)
そして同時に。
(敵、なのか……?)
答えは出ない。
ただ一つ。
戦いは――
もう“剣”だけでは終わらない。
そう理解した。
魔王と聖女の戦い、もうすぐ終わります。




