8話
逃げる
ただひたすら逃げる
広大な森の中をただひたすらに進む
後ろから迫る"終わり"から逃れられるように、ただひたすらに
(何で!何でこんなことに…!?俺が何をしたっていうんだ!)
もし、陽斗が冷静なら、木の上に逃げる、上に向かって魔法を飛ばす等の対処が出来ただろう。
更に言うなら、真面目に勉強や魔法の練習、特訓をしていたなら地剛熊に対処出来た可能性もある
彼の幼馴染みの愛莉なら多少手こずるであろうが、勝てる
そしてその愛莉よりも魔力量では陽斗の方が上なのだから
陽斗の魔力量は国全体で考えても上位1~5%には入るほどに多い。また、魔力量は特訓次第で伸ばせるものだ。まともに特訓してない陽斗がこの位置にいる。ならば、もし特訓していたならば、魔力量だけは国でもトップクラスになれたであろう
魔力量が多い=才能があるというわけではないが、関係ない訳ではない
魔力量が多い、ということは魔力消費をあまり考えなくて良いということ、魔力量が多ければ多いほど威力や効果が大きい魔法が使えるということ。発動だけなら魔力量の多さを活かして無理やり使うことも出来るのだ。
仮に学校の試験等でやった場合は最低評価になるが、普通の練習では使われることもある方法だ。更に言えば、今の様に命の危険があるなら推奨される方法だ
もっとも、全てたらればだが
落ち着いて木の上に逃げる?そんなこと出来る訳ないだろう、学校が終わればほとんど何もせず眠るだけ、自ら何かにチャレンジする事等なかったのだから
魔法を上に飛ばして救難信号を送る?そんな魔法を使える訳ないだろう、魔法高校に通ってからまともに魔法の練習をしていないのだから
魔法を使って倒す?出来る訳ないだろう、魔法高校に入ってから魔法を覚えられなかった?ならそれ以前は?彼の幼馴染みの愛莉は猛特訓した。なら彼は?何もしていなかったのだろう?
だって、何かをしていたならばこうはなっていない
何でこんな目にあっているか?そんなことは簡単だ。
何もしなかったからだ
なんとかなる、別にそんなの要らない、等という言い訳、後回しにしていたツケが、熊の形をとり襲ってきているだけだ
更に直接的な原因は愛莉
彼女と水大蛇との死闘の余波で上級生の試験内容である地剛熊がここまでやってきている
愛莉にそんな意図は無いし、愛莉に過失等ひとつもない
ただ、今まで何度も話しかけてくれた彼女の言葉にもっと耳を傾けていたら、もしかしたら、何かが変わっていたかも知れない
だが、陽斗はそんな考えには至らない
そんな余裕も考える力も無いのだから
魔力による身体強化で地剛熊に追い付かれることなく逃げられていた
しかし足に何かが引っ掛かった
「あっ!?」
足元にあった木の根で盛大に転んでしまった
陽斗はすぐに立ち上がったが、それだけの時間があれば地剛熊が追い付くには十分すぎるほどの時間だった
低い唸り声が聞こえるのと、陽斗の横から大きすぎる腕が向かってきたのは、同時だった
とっさに腕を胸の前に出す。
陽斗が意図したことではないが、大量の魔力によって臓器等の大事な場所は守れた。しかし衝撃までは相殺出来なかった
陽斗は地面を何回転も転がり、近くの木に叩きつけられる
背中への衝撃で陽斗は立ち上がることが出来ない
そんな陽斗に向かって地剛熊がゆっくり近付いてくる
ここに来てようやく魔法を使うことを思い出した陽斗は魔力量にものを言わせて魔法を使おうとする。しかし、発動しなかった
「な、何で…」
地剛熊の攻撃を魔力で防いだ。その時に魔力はほとんど使い果たしてしまった
「く、来るな!!」
叫びながらなけなしの魔力で魔力弾を放つ
しかしそんなちんけな魔法が効く訳もなく、地剛熊は変わらず近付いてくる
そして地剛熊は陽斗の目の前に立ち、腕を振り上げた
現実から逃れられる様に目を瞑り
「嫌だ…死にたくない、誰か!助けて!!死にたくない!!!」
それが陽斗の遺言となった
なるはずだった
想像出来るような衝撃が来ず、陽斗は恐る恐る目を開ける
そこに広がっていたのは一面の銀世界、地面も、木も、陽斗が漏らしたものも、そして陽斗の命を取り上げるものも、全て等しく凍っていた
そして、陽斗の前に立っていたのは一人の人物だった
長い黒髪に、黒と白を基調とした軽装の少女だった
「心核魔法、氷河」
今使ったであろう魔法の名前を呟いた
「大丈夫?」
そう優しく声をかけてくれた、まるで女神のように。現実味が無いまま陽斗は答える
「は、はい…」
しかし、そんな女神のような少女の後ろで大きな音がした。後ろにいるやつなんてあれしかいない
「ひぃぃ!」
陽斗は怯えるような声しか出ない
しかし、黒髪の女神の少女は落ち着いた様子で腰に手を伸ばすと、小さな、しかしとても力強い言葉で呟く
「皇流─奥義<刹那>」
その言葉と共に――いや、その言葉より前にあの恐るべき熊は真っ二つになっていた
絶望的な終わりを真っ二つにした女神みたいな少女。そんな彼女は俺には、救世主の様にも見えた
そんな彼女が話しかけてきた
しかし、その言葉を認識するよりも先に、意識が暗転した




