7,一路伊豆へ
伊豆行きに関して、誘いに乗った城戸を含め全員の意見が「面倒なことはさっさと済ませるに限る」と一致したため、高速に乗って一路香空リゾートの本店「煌」に向かうという方針が早々と決定した。
所要時間は二時間程度で、午前中には着く予定である。
「本店は館内に和食はもちろんのこと、鉄板焼やフレンチ、和風アフタヌーンティーを楽しむカフェレストランにバーと施設も充実しているんですよね。興味はあったんです!」
海の運転する車中で後部座席に一香と並んで座ったアリスが言うと、一香が「あれ?」と大きく目を見開いた。
「もしかして、アリスちゃんは本店行ったことない?」
「私は新卒の採用なので、新入社員のときに『煌』に行ってます。そのときは表門からエントランスまでの見学でしたので、館内はほとんど見ませんでした」
「あ、入社式の後に新入社員全員で何店舗かめぐるツアーだね。はいはい、私も行ったわ。あれね、ちょっとケチなんだよね」
了解したように、一香が苦笑しながら頷く。
香空リゾートでは全国の各営業所に配属になる新入社員が例年百名くらい採用される。年度初めに東京の本社で入社式があり、その後は貸しバスに分乗して関東近郊の営業所を見学するのだ。
しかしいざ営業所に行っても「他のお客様の迷惑にならないように」と厳しく言われて、足を踏み入れるのを許されるエリアも限定されている。しかも人数が多いこともあって、食事はサービスエリアの団体席で手早く済ませる形で、宿泊も香空の系列店ではなく合宿所であった。
アリスだけではなく新入社員の多くが何かしらのラグジュアリー体験を期待していたであろうが、現実は厳しかったのだ。
「ケチといいますか、あの人数を泊まらせたり食事を用意しようとしたりすれば、その店舗の営業にダメージが入ってしまうから現実的に無理っていうのは勤め始めてすぐわかりました。ただでさえ新卒の社会人なりたての若者なんてどんなに注意しても羽目を外すかもしれないですし、香空リゾートの価格帯のお店を利用するお客様の間では絶対に浮きますから」
新入社員なの微笑ましいねえなんてお客様は言ってくれない。常連さんこそ、騒々しい社員を見て「この時期は泊まるのはよそうかと思ったよ。毎年この時期に来ていたけど来年の予約はいいよ」なんて言って見切りをつけてしまう恐れは十分あるのだ。
「本社はともかく現場はどうしても離職率が高くなりがちなので、最初は人数が多いんですよね。バスに分乗するときに別のルートにすれば食事くらいは店舗で出せるんじゃないかと実施してみた年もあったんですけど……一年以内に人数が半分以下まで減りまして。大空会長が『新入社員を甘やかす必要はない』って宣言していまの形式に落ち着いています」
助手席から、城戸が軽く肩越しに振り返って説明をしてくれる。
「そうなんだよねえ。私の入社した年なんか、合宿所で辞めるっていってそのまま出て行った男子もいたもの。内定から入社まで結構日にちあったはずなのに実質一日ももたないって、逆にその日どこで退社を決意する要素があったのかって思っちゃった」
あははと笑いながら一香が口を挟み、城戸もふっと目を細めて笑った。
「毎年そういう話は聞く。採用担当にはなりたくないとつくづく思う」
一香が相手のせいか、少し砕けた口調である。すかさず、隣の席から海が「それなんだけど」と言った。
「採用試験の最終あたりに秘書課からも面接官出しているけど、例年は室長だろ。そろそろ世代交代も視野に入れるってことで、今年は城戸あたりにまわってくるんじゃないか。その時期借りてもいいかって室長に聞かれた」
「……仕事ならしますが」
城戸が低い声で応じる。やりたくなさそうだった。対照的に一香は「いいなぁ!」と声を上げた。
「それ、私もやりたいな。海外事業部向けの社員を採用したい。最終試験ってまだ? いつ頃だっけ?」
「秋口だと思う。やりたいなら言ってみれば」
ぽんぽんと会話をしているのを聞きながら、アリスはスマホで伊豆の観光スポット特集をしているサイトをチェックした。
「今日は『煌』宿泊ではないんですよね?」
「泊まりたいって言えば拒否されることはないと思うけど、女将さんにものすごい歓待を受けることになる」
海が事実のみを説明する口調で言えば、一香が即座に「だめだめ、絶対にだめ」と眉をしかめて顔の前で手をぶんぶんと振った。
「私、言ってなかったことがあるんだけど……。この際言っておくけど社長一家苦手なんだよね」
「姉さんの対応見てればわかるよ」
「あっ、そういうんじゃなくて……。なんていうかな、いま店長している社長の息子の陽光さんってまだ結婚してないじゃない? それで、私が海外行く前に『煌』の女将をしている志保さんから言われていたんだよね。『一香さんが良平と結婚してくれたら、大空家も安泰じゃない? 良平には大空姓を名乗らせるから』って。陽光って名前も大空姓をイメージしてつけているんだって、そんなこと私に言われてもね、あはは……」
一香が早口で説明をした後、しんと車内が静まり返った。
アリスは男性陣がすぐには何も言わなさそうだと判断し、思い切って口火を切った。
「もしかして、佐々木社長一家から政略結婚を持ちかけられていたってことですか? 一香姫が?」




