第二六話 花嫁を助けるか、大陸を滅ぼされるか
それからというもの虐められていたアルテミシアを助けたからか、お礼の文と共に花束やお菓子が届いたりする。
本人が直接持ってくることはないが、小まめに送ってくる所を考えるにあれから色々アルテミシアなりに考えたのだろう。
何でも里愛がパトリシアを殺そうとしたという何とも物騒な噂話を聞いていたため、警戒していたのだが三人で話をしてその疑惑もなくなったようだ。
確かにパトリシアが怪我をしたのは里愛を助けるために負ったものだが、けして里愛がやったわけではない。
かといって誰がやったのかなど分かるはずもなく、ゆるい緊張感漂う日々を送っている時だった。
誰かが部屋の扉をノックしたのだ。ちょうどココは出かけており、いないため里愛が出ればそこには誰もいなかった。
その代わりと言ってはなんだが、置き手紙と包みが置かれていた。
「これは……アルテミシア様の手紙だわ」
じゃあ、こっちの茶菓子もアルテミシアが侍女を使って届けたものなのだろう。
もう毎日のやり取りだったため、気にする事なく置き手紙の封を開ける里愛。
ソファで寛ぎながら中身を読もうとした時だった。何故か手紙の文字が霞んで良く見えないではないか。
手で目を擦るが、次第に意識自体が混濁してきた。……不思議と眠い。可笑しいな、と思いながら抗えぬ眠りに瞳を閉じた。
帰ってきたココが異変に気づいたのは部屋に入る前だった。無言で把手を眺めた後、辺りを見渡す。
微かだが、何者かが呪術を使った気配を感じたのだ。それも普通の者ならば気づかぬほど些細なものだが、生憎ココは違った。
そういう呪術に関しては嫌というほど色々大変な思いをしてきたのだから敏感になっても仕方がないだろう。
魔法と違い、呪術はかなり特殊な分類になるため、微かに残っている甘い香りも気になったのだ。
とはいっても呪術に関してはそれほど詳しくもないため、この甘い香りが何かも分からず、部屋に入った。
「ただ今戻りました、リディア様」
広い応接間にココの声が空しく響き渡る。図書館へ行くとは特に聞いていなかったため、怪訝そうに辺りを見渡しながら室内を進むココ。
直ぐに里愛は見つける事が出来た。ソファの上で寝ていたのだ。多分ココを待っている間に居眠りしてしまったのだろう。
そんなことを思いながらココは苦笑しながら寝ている里愛を揺する。
「このような場所で寝ていると風邪を召されますよリディア様。……リディア様?」
肩を揺らすが、起きる気配が一向にない。むしろ、だらりと力なく腕がソファからはみ出し床に垂れた。
どこか可笑しい様子にココは直ぐに里愛の様子を確認した。脈は正常だし、呼吸もしている。
だが、意識は完全に無い。一見寝ているようにも見えるが、これは違うということに気づいたココは漸くことの重要性に気づいた。
やはり部屋に戻る前に覚えた違和感は間違いではなかったのだ。
本来ならリナーシャに事象の回帰をしてもらえばおかしくなる前の状態に戻り、普段の里愛に戻るだろう。
だが、こうなってしまった原因が呪術であった場合、内容が大きく変わってくる。
そもそも呪術は世界でも使える者は極僅かにしかいない。魔法に比べ扱う事の難しさ、そして生まれながらの素質が無ければ呪術士にはなれないのだ。
時空間を操れる魔術師が不変の魔女とその娘しかいないように、呪術を操れる呪術士はそういない。
また、呪術のことに関しては呪術士に聞くのが一番なのだが、この城に呪術士は存在しなかった。
そこに加え、魔法と違い呪術の場合発動してから瞬間的に相手にダメージを与えるタイプと、ゆっくりと浸透するタイプがある。
結局呪術と言えば聞こえがいいが、所詮呪いだ。
早くしないと里愛の命が危なくなる。ココは里愛を寝台に寝かせると、アルヴィドに判断を仰ぐため移動魔法を発動させたのであった。
突然現れたココに書類処理をしていたアルヴィドは驚いたようにこちらを見たが、ことの深刻さに急きょ話し合いの場が設けられた。
円卓を囲むように座る面々は花嫁候補を連れてくる際、同伴でやって来た大陸の代表達だ。
ある意味花嫁選びがなければここまで豪華な面子が揃う事はなかっただろう。
ココの説明を改めて聞いていた一同は言葉無く黙る。何と言えば良いのか分からなかったからだ。
だが、最初に口を開いたのは金髪の巻き毛が特徴の人形……暴食を司る大悪魔グラトニーだった。
「だから俺は最初に言ったんだ。あのシリウスが選んだ花嫁候補なんぞ認めるべきじゃなかったんだよ。どうするんだ?呪術士なんて俺の大陸にはいないぞ」
「残念ながら傲慢大陸にもいないからな。前回の戦争……と言うよりかは、大抵の呪術士はアデェラードに殺されたからな」
グラトニーの言葉に同意するようにエレアノーラは頷く。元々呪術士の数が少ないとはいえ、更に減少する一途を辿ったのには理由がある。
魔術師の中でもずば抜けた才能を持つアデェラードと、呪術士の中でも類稀なる才能を持ったルベリエがある事情により激突したのだ。
その結果、アデェラードの怒りを買った愚かな呪術士のせいで嫉妬大陸と憂鬱大陸は地上から永遠に消え去り、この花嫁候補にすら出席を許されていなかった。
他の大陸に移住した民も存在するだろうが、勿論アデェラードの怒りはそれだけでは収まらなかった。
結果、ほとんどの呪術士はアデェラードを恐れ、世間から姿を隠すように生きるようになってしまったのだ。
喧嘩を一方的に吹っかけたのがルベリエの方であることを知っている面々は苦々しい表情を浮かべながらも、普段温厚なアデェラードを激怒させるとどうなるか身に沁みて知っているため、溜息を零す事しかできない。
「仮にいたとしても、解呪出来る呪術士でなければ意味が無いだろう。そうなればかなり高位の呪術士と限られるし、高位の呪術士が魔術師に手を貸す可能性はかなり低いだろうねぇ」
ふぅ、と息を零しながらヴェルンヘルは苦笑を浮かべる。
何せ彼等を影に追い込んだのは紛れも無く魔術師なのだから当然といえば当然だろう。
「じゃあ呪術をかけた犯人に解かせればいいんじゃないか?」
「無理だ。例え呪術をかける事に成功したとしても、解呪はそれよりも上のレベルだ。元より呪術は相手に呪いが掛かる事に重点をおく傾向がある。解呪の方法など頭の隅にも存在しないだろう」
アチェディアの言葉にアルヴィドが否定する。誰もが答えに窮した時だった。
「じゃあ、答えは簡単だ。上位の呪術士を我々は一人だけ知っている。それも知り合いだ」
「おまっ……その方法は最終手段つーか、みんな心の中で思っても口にしなかった言葉をよくもまあ言えたな」
呆れ半分で見つめるグラトニーに対し、血のように赤い髪を頭上で一つに束ねたオリエルダは紅玉の瞳を細めながら周りを眺めた。
「勝手に大罪人を釈放したらそれこそアデェラードに殺される可能性があるが、今回はあくまでも虚飾大陸出身の花嫁候補を助けるためだ。それでも怒り狂うのなら厄介事を連れてきたシリウスを生贄に差し出せば少しは収まるかもな」
鬼のような発言をするオリエルダだが、一理ある。だが、一歩間違えば憤怒大陸が消滅する可能性もあるのだ。
「だからお前が決めろ、アルヴィド。ここはお前の大陸で、リディアはお前の花嫁候補だ。別に花嫁は他にもいるのだから見捨てたところで何ら問題は無いはずだ。だが、逆にルベリエの力を借りて助ける場合、必然的にその娘はお前の花嫁になる。言っている意味はわかるよな?」
「……ああ」
分かっている。確かにオリエルダの言うとおりだった。
一人の少女を助ける為に大陸が滅びるかもしれないのに、自国のためになんの役にも立たない少女を助ける必要がどこにあるのだ。
ましてやここにいるのは悪魔に一度は魂を売った人の道を外れた者達ばかりだ。
良心の呵責も痛まない者達……それが魔術師であり、堕落した存在だ。そうであるはずなのに――。
アルヴィドの心は大きく揺らいでいた。
仮に助けられたとして、本当にアデェラードはこの大陸に攻め込んでこないだろうか。
攻め込んできたとして、自分はアデェラードを止められるだけの力はあるのだろうか。いや、元よりないことなど分かっているからこそためらうのだ。
だが、確かにリディアを助けたいと思う心もあって……。
「リディア様を助けてちょうだい、アルヴィド」
「ココ……」
今まで黙って話を聞いていたココだったが、ついにアルヴィドに願った。
「確かにアデェラードはちょっと暴走気味な子だけど、大丈夫。私が必ず止めてみせるから」
だからリディア様を助けてあげて。そう願うココにアルヴィドはリディアを助ける事を決断するのであった。




