第二五話 使えるものは何でも使え
近づいて見ると、これまたひどい状況になっているのが分かった。足でも引っ掛けられたのか、庭先とはいえしゃがみ込んでいるアルテミシアのドレスは土で汚れていた。
散歩をしている所を二人に狙われたといった所か。今にも泣き出しそうな様子で瞳に涙を浮かべているアルテミシアは突然現れた里愛に驚いている様子だった。
それは他の二人も同じだったのか、眉をひそめながら里愛を見下ろしてきた。
「あら、誰かと思ったらパトリシア様に大怪我をさせた例の令嬢じゃなくて?」
「ああ……怪我をさせたまま部屋から出て来ないあの引き籠り令嬢でしょ」
皇妃様主催の茶会ではあれほどいがみ合っていた二人が見事な連係プレイを見せている光景に里愛は驚く。
この二人は絶対仲良くならないと思ったのだが、どうやら厄介そうな相手よりも先に他の令嬢を蹴落とすことにしたようだ。
二人して薄い笑みを貼りつけながら里愛を見下ろしている。まるで新しいオモチャを見つけた子どものようだ。
そんな視線にも怯むことなく里愛は二人を見つめ返した。
「何やらお楽しみの最中、申し訳ないのですが……これは伝えた方が良いのでしょうか……」
「何よ。意味深に言わないで頂戴」
「では、一言だけ御教えしましょう」
テオドーラ様の許可も頂いたので、告げる事にする。先程執務室で見た光景を。
ちょこーっとだけ脚色して。
「実は先程アルヴィド様に用がありまして、向かったのですが……赤髪の美女がアルヴィド様と一緒に居たのですが――」
「何ですってっ!?」
――どなたかご存知ですか?そう続くはずの言葉はテオドーラの悲鳴によってかき消されてしまった。
里愛の言葉がそれほどまでに強力だったのか、セシリアも眉をひそめながら考え込んでいるようすだ。
まあ、女性ではなく青年なのだがそこは中性的な雰囲気だったから後で間違えたと言って誤魔化せるだろう。
感情的になっているテオドーラと違い、セシリアは私が何かを隠していると感じとっているようにも見える。
しょうがないので何も知らない子供を装い、首を傾いだ。
「私は小さいから気づかなかったみたいでしたが、二人で仲良く寝台に居ました」
「……それは、穏やかじゃないわね」
さすがにセシリア様の笑顔も凍りつきました。ええ、普通なら寝台で男女二人がいたら何をしているか想像出来るけど、今の私は十歳前後の幼女だ。
そう、こども。だからそっちの情報など知らなくても別に問題ないのだろう。
手にしていた扇子を今にも真っ二つに折りそうな勢いでセシリアは怒り狂うテオドーラの名前を呼ぶ。
「テーア、どうやら今は事実確認を優先した方がいいわね」
「ええ、シシー……どうやらそのようね。まさかここに来てあのフランチェスカ以外にも厄介なライバルが現れるなんて……」
「ええ、本当にそうね。だけど、その女は花嫁候補じゃない。つまり、現場を押さえさえすれば結婚話を有利に進められるのではないかしら?」
「その通りだわ。こんな所で遊んでいる場合じゃないわね」
二人とも頷き合うと、里愛が歩いて来た道を早足でかけて行く。もはやアルテミシアで遊んでいた事など頭から吹き飛んでしまった様子だ。
それにしても何時の間に愛称で呼び合う仲にまで発展したのやら。女子の関係って不思議だわ。
遠退いて行く二人の後ろ姿を眺めながらポカンとするアルテミシア。
まあ、今の今まで嫌がらせを受けていたのに急に立ち去るのだ。むしろ驚いて当然だろう。
そんなことを思いながら里愛は助け起こすため手を差し伸ばした。
「大丈夫ですか?アルテミシア様」
「え、ええ……大丈夫、ですわ……」
しかし里愛が伸ばした手は取らず自力で立ち上がる所を見る限り里愛を信用しているわけではないのだろう。
まあ、他の令嬢に苛められていれば自分も信用できないのは納得できる。
さして気にした様子もなく里愛は手を引っ込めると、アルテミシアの様子を眺める。特に怪我をしている様子はないが、顔は青白かった。
数歩前に進むが、何やら足を引きずっているのが分かる。無理しているのか、顔が強張っていた。
しょうがないので最近何かとお世話になっているリナーシャの部屋にアルテミシアを連れて行くことにした。
「アルテミシア様」
「な、何かしら」
「足に怪我をされているようですから一緒にリナーシャ様の所に行きましょう」
「何でリナーシャ様の所へ行く必要があるのですか?」
怪訝そうにいわれてしまい、里愛は瞳を瞬かせる。どうやらアルテミシア様はリナーシャ様が不変の魔女の娘であることを知らないようだ。
もしかしたら秘密なのかもしれない。だが、このままアルテミシアを放っておく事も出来ず、里愛は口を開いた。
「リナーシャ様は怪我の治療が得意なのです。私もお世話になりました」
「だからといって私がお世話になる必要が……」
「アルテミシア様」
駄々をこねる子供のように呟くアルテミシアに里愛はキッパリと言い切った。
「私たちは目的を違えども、アルヴィド様の花嫁候補です。あの二人はアルヴィド様を狙っているようですが、私やリナーシャ様は微塵も狙っていないので安心してください」
花嫁候補の癖に花嫁になるつもりはないなど言うべきでは無いが、こうでも言わないとアルテミシアは私のことなど信用しないだろう。
案の定、アルヴィドの花嫁になる気がないことを隠しもしない里愛に困惑すらしているのが分かった。
申し訳無いが、そこは本当なので宣言を撤回する気はない。
それでも少しは警戒を解いてくれたアルテミシア様を連れて里愛はリナーシャの部屋に向かったのであった。
*
連絡も何もない来訪にも関わらず、リナーシャは嫌な顔一つせず里愛を迎え入れてくれた。ただしアルテミシアを見た瞬間、リナーシャは眉をひそめた。
値踏みするようにアルテミシアを眺めた後、里愛に視線を戻す。鋭い灰菫色の瞳が里愛を貫いた。
「リディア……貴女、私のことを便利な医者か何か勘違いしてるんじゃなくて?」
「違いますよリナーシャ様。私にはリナーシャ様しか頼れる人が居ないからここに来たんです」
押し隠す事もなく好意を全面に押し出して主張すれば、リナーシャは面食らったように瞳を瞬いた。
こんな風に直球で言われた事などなかったのだろう。照れ隠しをするように咳払いをすると、顔を背けてしまった。
何だか可愛らしい光景を見てしまったと思っていると、部屋の中に招き入れてくれた。
近くのソファにアルテミシアを座らせると、問答無用でリナーシャはスカートを捲る。
頭上からアルテミシアの悲鳴が聞こえてきたが、リナーシャは気にした様子もなく足を手に取り傷の具合を確認する。
どうやらただの捻挫らしい。
こんな事で魔法を使うのはあまり良くないらしいが、薬をいちいち調合するのも面倒だったらしく、手をかざし一瞬で傷を治してしまった。
その光景に一番驚いたのはアルテミシアだ。傷ついていた足が簡単に治ったことに驚いているのかしきりに足を触っている。
そして完治していることを確認したアルテミシアはリナーシャを見つめた。
「どうして……魔道士でもないのに回復魔法が使えるのですか?」
「あら、失礼ね。私は列記とした魔術師よ。ただし、事象の回帰を行える者はかなり限られているでしょうけど」
「!」
その言葉を意味するものに気づいたアルテミシアは驚いたように頭を下げた。まさか、リナーシャが不変の魔女の娘だとは思いもしなかったのだ。
そんなに不変の魔女って凄い人なのだろうか。だったら今度調べてみようと密かに考えていると、リナーシャが意外そうに笑った。
「感謝をするのならリディアにすることね。普通そういうことを知っていたら距離を置くものなのにこの子、そういうことちっともしないから」
だから気に入っているんだけどね。とお褒めの言葉を頂いたので嬉しそうに笑いながら「またお礼の茶菓子でも持ってきますね」と告げるのであった。




