第二三話 お嬢様の鉄拳炸裂
突然倒れてきた本棚からリディアを助けるためとはいえ、庇ってくれたパトシリアが傷ついてしまった。
その出来事はリディアにとって想像を絶するほどショックだったようだ。毎日のように通っていた図書館にも足を運ぶ事を止め、自室に引き籠っている。
それに比例するように毎日のように送られてくる嫌がらせという名の贈り物。
大抵は虫が大量に入れられた物だか、中には呪いが掛かっている物もあった。
受け取るのが自分だからまだマシなようなものの、何も知らぬリディア様が開いたりしたらそれこそ大変なことになるだろう。
今日も大量に送られてくる贈り物を開けることもせず捨てるココ。だが、リディアが悩んでいるのはそれだけが理由ではないように思えた。
元々底抜けに明るく、一人でペラペラ喋るような性格ではなかったにしても、今の彼女は多くを語らない。ほとんど喋らないのだ。
そんな状況だというのにパトリシアに手紙を送る姿は健気とも言えた。足に負った怪我はリナーシャに治してもらったため、特に傷は残っていない。
それでも怪我を負ったという事実は変えようもなかった。
それにしてもここまであからさまに攻撃をしかけて来る者がいるとは思っていなかったが、犯人は意外と賢いようで尻尾を見せない。
こんな悪意の籠った贈り物など可愛らしい方である。
他の令嬢達はあの事件を起こしたのはリディアではないかと密かに囁いているほどだ。
全く……どこからそんな根も葉もない噂が飛び出したのやら。リディア様は魔法一つ操れないというのに。
別に他の連中が何を言おうとも関係ないが、自身が仕える主を貶されたとなれば苛立ちもするものだ。
ましてや珍しく気に入っている可愛らしい主だというのに……。
「ああ、まどろっこしい真似してくれちゃってもう……犯人見つけたら八つ裂きよ、八つ裂き」
部屋の掃除をしながらココは一人物騒な事を呟く。幸い主人である里愛は寝室に引き籠っているため滅多に出て来ない。
リディア様が引き籠るようになって室内の掃除がはかどりやすくなったとはいえ、ココの心配は絶えなかった。
深い溜息を零しながら固く閉ざされた寝室へと続く扉を眺める。
ここに来て不満が爆発した、といってもいいだろう。シリウスが連れてきたとはいえ、彼女は最初から乗り気ではなかった。
そもそもアルヴィドの花嫁になるつもりなど全くないのだ。それなのに……ここまま行けば彼女を待ち受ける結果は酷く残酷なものだろう。
このまま何も言わず、事の成り行きを見守った方が良いのだろうか?
今まで自分の周りにいた魔術師と言えば、自己中な奴等ばかりでむしろ常に自分の方が振り回されていた。
だから何でもかんでも感情を押し隠してしまうリディアは少し苛立ちもするし、ある意味彼女によく似てもいた。
だからこそこういう時、彼女だったら放置しておけば勝手に結論を出し、独りでに前に進んでしまうが、リディア様は違う。
だから珍しくココが悩みに悩んでいると、部屋の扉がノックされるのが分かった。
ココが返事をする前に勝手に扉が開き、部屋の中に一人の令嬢が入ってくる。
しかし、その人物にココは眉をひそめた。
「フランチェスカ様?何故ここに……」
「失礼するわ。リディア嬢はどこかしら?」
「リディア様は寝室に居られますが」
「そう。ではわたくしが許可するまで部屋の中に入らないで頂戴ね」
「ちょ、フランチェスカ様!」
ココが制止する前にフランチェスカは迷うことなく寝室の扉を開けると、すぐ閉めてしまった。
更に内側から鍵まで掛ける始末。別に魔法で開けることは可能だが、それをしたらフランチェスカは怒るだろう。
困ったと言わんばかりに扉を見つめていたココだったが、相手は花嫁候補の令嬢だ。一介の侍女が出来る事など限られている。
まあ、フランチェスカ様なら大丈夫だという考えもあったため、ココは掃除に専念する事にした。
妙に外がドタバタと騒がしくなった事に気づき、里愛は動かしていた筆を止めた。
書いていた手紙を引きだしにしまう。椅子から立ち上がるとちょうど誰か寝室に入ってきたのが分かった。
すぐに扉は閉められてしまったため、薄暗い室内に戻る。一瞬ココかと思ったが、どうやら違うようだ。
ツカツカと寝台を横切ると、分厚く日差しを遮っていたカーテンを勢い良く開く。
強すぎる日差しを浴びて、銀色の長髪がキラキラと輝いた。逆光を浴びながらもその美しさを損ねることなく、こちらを見据える女性。
豊かな身体に派手やかなドレス。だが、それすらも霞んでしまう美貌が目の前にある。
それだけで里愛の視線は釘づけになってしまった。
一瞬停止する脳。何故にフランチェスカ様がここに居るのだろうか、と吃驚した様子で眺めていると、こちらに向かって突っ込んできた。
何をしに来たのだろうか、と思いながら名前を呼ぼうとした瞬間、思いっきり頬を叩かれた。
パシン、と凄まじい音が寝室に響きわたる。しかし、倒れるほどの威力でもなく、音だけが妙にうるさい平手打ちだった。
痛みというよりも驚きのあまり目を見開きながらフランチェスカを見つめれば険しい表情をしたまま此方を見下ろしていた。
何やら激しく勘違いされているような気がする。一体何のつもりで叩いたのか聞こうとすれば、フランチェスカは絞りだすように声を出した。
「情けない……」
「はい?」
「アルヴィドの花嫁ならば叩かれたら叩き返すくらいの勢いを見せなさい!」
「ええぇ!?」
驚きの発言に里愛は大きく瞳を見開く。何だその理不尽すぎる怒り方は。
そもそも叩き返したくともまず身長が足りないから無理です。という里愛の主張はいとも簡単に「根性でそのくらい何とかしなさい」と切り捨てられてしまった。
そんな、根性で何とかしろと言われても無理ですよ、無理。普通に無理ですって。
困惑する里愛を他所にフランチェスカはまだ怒っているのか、柳眉をひそめながら里愛を見下ろしていた。
令嬢の必須アイテムである扇子を広げ、表情を隠しているがどこから如何見ても怒っている。
何かやり返せとその目が物語っていた。何だ、この令嬢……フランチェスカ様ってこんな性格の人だったっけ?
思いっきりテオドーラ様と張り合っていた記憶があるんですけど……気のせいなのかな。
まあ、いいや。と言わんばかりに里愛は短い足を振り上げると、フランチェスカの足を踏みつけた。
何度か踏みつけるが何せ子供の体重だ。程度が知れているのだろう。不服そうに見下ろすフランチェスカに里愛は無理です、と告げた。
「どう考えてもこれが限界なんですけど」
「虫けらに踏み潰されているような、歯ごたえの無い攻撃ねぇ」
ついに虫けら呼ばわりされた!これにはさすがの里愛も驚いたが、相手はアルヴィドの花嫁候補として一番近い幼馴染様だ。怒らせる道理はない。
まあ、既に何やら怒っていらっしゃるのだが。はて、どうしたものかと思いながら首を傾げた時だった。
フランチェスカが重々しく溜息を零したのは。
「貴女、本当にアルヴィドの花嫁としての自覚があるのかしら?」
「ええっと……花嫁候補としての自覚はありますが、花嫁としての自覚はないです」
だって花嫁になるつもりはないのだ。候補としては頑張っても、花嫁として頑張るつもりはない。
花嫁候補として全力で嫌われるように現在進行形で頑張っているところであります!
その第一弾として引き籠り生活を送る事にしたのだ。他の花嫁候補に何を言われようが知ったことじゃない。
え?パトリシア様が傷ついたせいで、自己嫌悪に陥って引き籠っていた?そんな筈あるわけないじゃないですか。
私はそこまで神経弱くないですよ。ちゃんと謝罪と感謝の言葉はいったし、逆に何時までも引き摺っている方が相手に悪いだろう。というわけで、今日も他愛もない話を手紙に書いている所にフランチェスカ様が突っ込んできたんです。
そりゃもう、何やら思いっきり勘違いした様子で。
「あの、そんなに怒ってばかりいらっしゃると、折角の美貌が台無しですよ、フランチェスカ様」
「誰のせいで怒っていると思っているのです!」
「えっと……私のせいですか?」
「そうですとも!貴女、花嫁候補の中で一番有力視されているのご存知じゃないの?」
「は?」
何それ。全然全く知らないんですけど、そんな話。プルプルと首を横に振れば逆に憐れみの眼差しを向けられた。
えええー、本当になんですか。怒ったり、憐れんだり色々と忙しい人ですね、フランチェスカ様ったら。
いいこと、とフランチェスカ様が無知な私のために教えてくださった。
「先日、開かれた茶会で貴女、皇妃様に紅茶をかけられたでしょう」
「ええ、それが何か?」
「それはね、皇妃様が相手を大層気にいったという意味合いが含まれているのよ」
「はいぃっ!?」
そんな理屈ありなんですか?普通気に入った相手に紅茶なんてぶっかけないでしょ。ああ、だからあの時フランチェスカ様私の所睨んでたんですね。自分に掛けられなかったから。
ええー、でもそんなこと言われたら不味い事にならないか?私の引き籠って地味女を演出する作戦が全く意味をなさなくなってしまう……というか、皇妃様に気にいられると、何故花嫁になるのだ。
決めるのはアルヴィドじゃないのか?という疑問を他所にフランチェスカは溜息を零した。
美女が憂いている姿は何時の時代も美しいです。
「残念ながらアルヴィドは極度のマザコンでね、皇妃様の命令には絶対逆らわないのよ」
「……」
「だから私も皇妃様に気に入られるように努力していたというのに……貴女、聞いているの?」
フランチェスカ様に睨みつけられるが、今はそれ所ではなかった。つまり、このまま行けば母親が気に入っているから私を選ぶと言う事だあのすっとこどっこいは。
自分の花嫁にも関わらず、親が気に入った相手を選ぶなんて……私以外の奴を選ぶのならばまだしも、完璧マズイ状況だ。
久しぶりに苛立った里愛は先程まで引き籠っていた少女とは思えぬ勢いで寝室を飛び出した。
目指すはアルヴィドのいる執務室だ。あの野朗、本気で皇妃様のいう通り私を選ぶのであればぶん殴ってやる。
そういう意気込みを込めて部屋を飛び出して行った里愛に部屋の掃除をしていたココは驚いたように開けっぱなしにされた扉を眺めながらポカンとしていた。
次いで寝室から出てくるフランチェスカを睨みつけるココ。相手が令嬢でもお構いなしの態度だった。
「フランチェスカ様、リディア様に何を吹き込んだのですか?」
「花嫁として一番近いと教えたら勢い良く部屋を飛び出していったわ。彼女、余程アルヴィドの花嫁になるのは嫌なようね」
「それにしてもやりすぎです」
「あら、臆病者にはあれくらいがちょうど良いのよ。アルヴィドの花嫁になる者があの程度のことで引き籠りになるようじゃつとまらないわ」
「そうですが……」
「いいこと、ココ。あの子は間違いなく花嫁候補の中では一番有力な存在なのよ。アルヴィドはまだ認めていないけど、あの子……結構強いわよ」
色んな意味で、と意味深に笑うフランチェスカにココは瞳を閉じる。そして疲れ切って帰ってくるであろう里愛のために茶菓子を用意することにするのであった。




