文学部に、もう一人の問題児がやってきた
放課後。
藤森海斗は、文学部の部室へ向かう廊下を歩きながら、今日こそ平穏な時間を過ごせるようにと願っていた。
ここ数日、彼の周囲では妙なことばかり起きている。
星野瑞希と知り合ってからというもの、教室で彼女の話題を振られたり、昼休みに一緒にいるところを見られたり、そのたびに「付き合っているのか」と聞かれたり。
もちろん、何度も否定している。
否定しているのだが、なぜか噂は消えるどころか、少しずつ広がっているようだった。
「……俺、何か悪いことしたかな」
海斗は誰にともなく呟いた。
別に、瑞希と一緒にいるのが嫌なわけではない。
本の話は楽しいし、彼女の素直なところも悪くないと思っている。
ただ、周囲が勝手に盛り上がるのは困る。
自分はまだ高校生活が始まったばかりなのだ。
恋人がどうとか、そういう話はもっと先でいい。
「よし。今日は余計なことを考えずに本を読もう」
そう決意して部室の扉を開けた瞬間。
「海斗くーん!」
予想どおり、青い髪の少女が顔を輝かせた。
窓際の席に座っていた瑞希が、勢いよく手を振っている。
左右で結ばれた青い髪が、動きに合わせてふわりと揺れた。
「……こんにちは、瑞希」
「こんにちは! 待ってたよ!」
「いや、そんなに待たなくても……」
「だって、海斗くんが来たら昨日の本の続きを話そうと思ってたんだもん!」
瑞希は机の上に置いていた本を持ち上げた。
その目は期待に満ちている。
海斗は小さく息を吐いた。
……まあ、今日は本の話をするだけなら問題ない。
「それでね、昨日の最後の場面なんだけど――」
「ちょっと待って、瑞希」
海斗が鞄を置こうとした、そのときだった。
ガラッ!
部室の扉が勢いよく開いた。
「おっはよーございまーす! 文学部のみなさーん、今日も元気に読書してますかーっ!」
明るく、よく通る声が部室いっぱいに響いた。
海斗は思わず肩を跳ねさせた。
扉の前に立っていたのは、栗色の短い髪をした少女だった。
毛先が外側へ軽く跳ねたボブヘア。大きな琥珀色の瞳。頬には小さなそばかすが散っていて、髪にはオレンジ色のヘアピンが留められている。
一年生の青いリボンを胸元に結び、片手には大きな鞄、もう片方の手には何冊かの本を抱えていた。
彼女は部室をぐるりと見回すと、満面の笑みを浮かべた。
「おっ、今日は人がいる! しかも、なんかいい感じの雰囲気!」
「……橘さん?」
瑞希が首を傾げた。
少女はぱっと瑞希に顔を向ける。
「おっ、瑞希! やっほー!」
「やっほー、結衣ちゃん!」
二人は、どうやら知り合いらしい。
少女――橘結衣は、瑞希の隣まで駆け寄ると、机に本を置いた。
「いやー、よかったよかった。昨日は委員会の仕事で遅くなっちゃったからさ。今日は絶対に早く来ようと思ってたんだよね!」
「うん! 結衣ちゃんが来てくれて嬉しい!」
「でしょー? 私がいないと、この部活、静かすぎて本のページをめくる音しか聞こえないもんね!」
「それは文学部として正しいんじゃないか……?」
海斗が思わず口を挟むと、結衣が勢いよく振り向いた。
「あっ! 君が藤森海斗くん?」
「……そうだけど」
「噂の!」
「……何の噂だよ」
「えっ、知らないの!?」
結衣は大げさに目を見開いた。
「一年四組の高身長男子! 青い髪の小さな美少女といつも一緒にいるっていう、今ちょっと話題の藤森くん!」
「…………」
海斗は無言で瑞希を見た。
瑞希はきょとんとしている。
「えっ、私たち、話題になってるの?」
「なってるよー!」
結衣は楽しそうに頷いた。
「別のクラスなのに、わざわざ会いに行くんでしょ? 昼休みも一緒にいるんでしょ? しかも、放課後は毎日隣同士!」
「……いや、毎日隣同士なのは、瑞希が勝手に椅子を動かしてるからで」
「ふむふむ。なるほどねえ」
結衣は腕を組み、妙に真剣な顔で頷いた。
「つまり、海斗くんは自分から近づいてるわけじゃない、と」
「そうだよ」
「でも、嫌なら席を離せばいいのに、離してない、と」
「……それは」
「ほほう?」
結衣の琥珀色の瞳が、きらりと光った。
「なるほどなるほど。これはなかなか興味深い案件ですなあ!」
「何の案件だよ!」
海斗の声が部室に響く。
瑞希は、二人のやり取りを見ながら楽しそうに笑っていた。
「結衣ちゃん、海斗くんって面白いよね!」
「うんうん、分かる! 反応がすっごくいい!」
「褒めてないだろ、それ……」
海斗は頭を抱えた。
ようやく分かった。
この少女は、瑞希とは別の意味で厄介なタイプだ。
瑞希が無自覚に距離を詰めてくるタイプなら、結衣は他人の反応を見て面白がるタイプらしい。
しかも、本人はまったく悪びれていない。
「改めまして!」
結衣はくるりと向き直り、胸を張った。
「私は橘結衣! 一年生! 文学部の会計担当でーす! 趣味は読書と恋愛小説と、面白いことを見つけること! 好きなものは甘いもの! 嫌いなものは、私の買ったプリンを勝手に食べる人!」
「最後のは部活に関係あるのか……?」
「大ありだよ! 文学部の平和はプリンから始まるんだから!」
「初めて聞いたぞ、そんな理論……」
結衣は満足そうに頷いた。
「よし、自己紹介完了!」
「……まだ何も聞いてないけど」
「えっ、そう? じゃあ、海斗くんも自己紹介して!」
「昨日したよ」
「じゃあ、好きなタイプ!」
「何でそうなる!?」
「えー、いいじゃん! 恋愛小説好きとしては気になるじゃん!」
「俺の個人情報を娯楽にするな!」
結衣はけらけらと笑った。
「いやー、面白い! 瑞希、いい人見つけたねえ!」
「うん! 海斗くん、すごく優しいんだよ!」
「ほほう。優しい、と」
結衣は再び腕を組み、海斗をじっと見つめた。
それから、瑞希のほうへ視線を移す。
「……ねえ、瑞希」
「なあに?」
「ちょっと聞いてもいい?」
「うん!」
「海斗くんって、どんなところが好きなの?」
「えっ?」
海斗の肩がぴくりと動いた。
「結衣ちゃん、それはね――」
「待て待て待て!」
海斗は慌てて二人の会話に割り込んだ。
「何でいきなりそういう話になるんだよ!」
「えー? だって、みんな気になってるじゃん!」
「みんなって誰だ!」
「私!」
「お前だけじゃないか!」
結衣はけらけらと笑った。
一方、瑞希は本気で考え込んでいる。
「うーん……。海斗くんの好きなところ?」
「……瑞希、無理に答えなくていいからな」
「え? でも、いっぱいあるよ?」
「いっぱい!?」
結衣が身を乗り出した。
「ちょっと詳しく聞かせて!」
「まず、本の話をすると、すごく真剣に聞いてくれるところ!」
「ふむふむ!」
「それから、私が困っていると助けてくれるところ!」
「ほうほう!」
「あと、私が話しかけると、ちゃんと返事してくれるところ!」
「……それは、普通じゃないのか?」
海斗が小声で呟く。
しかし、瑞希は気にせず続けた。
「それにね、海斗くんって、困った顔をすると眉がちょっと下がるんだよ!」
「……は?」
「それが、なんだか面白くて!」
「そこ!?」
結衣が机を叩いて笑い出した。
「だめだ、もう最高! 瑞希、観察力ありすぎでしょ!」
「そうかな?」
「そうだよ! いやー、いいねえ。これは恋愛小説が一本書けそう!」
「だから、恋愛じゃないって……」
海斗は力なく椅子に座り直した。
この二人を相手に、まともな会話を続けるのは難しそうだ。
そのとき、部室の奥から落ち着いた声がした。
「……ずいぶん賑やかですね」
振り向くと、怜奈が書類を手に立っていた。
いつからいたのか、眼鏡の奥の瞳は少し呆れたように細められている。
「黒沢先輩! こんにちはー!」
結衣が元気よく手を振った。
「橘さん。今日は早いですね」
「はい! 文学部の平和を守るために、参上しました!」
「……その平和を乱しているのは、あなたではありませんか?」
「えっ!? そんなことないですよー!」
結衣は大げさに胸を押さえた。
「ひどい! 私、傷ついちゃいます!」
「その割には、まったく傷ついていないように見えますけど」
「さすが先輩、鋭い!」
海斗は、思わず小さく笑ってしまった。
結衣はそれを見逃さなかった。
「おっ、海斗くん、今笑ったね?」
「……笑ってない」
「笑ったよ! ほら、もう私たち仲良しじゃん!」
「その理屈はおかしいだろ!」
また部室に笑い声が広がる。
騒がしい。
とにかく騒がしい。
だが、不思議なことに、海斗は昨日までとは少し違う感覚を覚えていた。
瑞希の無邪気さとは違う、結衣の遠慮のない明るさ。
誰かの反応を面白がりながらも、場の空気を明るくしてしまう不思議な力。
この少女がいるだけで、部室の雰囲気が一気に変わる。
……もっとも、静かな読書時間が遠ざかっていることには変わりないのだが。
「ところで、結衣ちゃん!」
瑞希が思い出したように声を上げた。
「んー?」
「今日、何か面白い本を持ってきた?」
「もちろん!」
結衣は鞄から一冊の本を取り出した。
表紙には、男女の人物が向かい合っているイラストが描かれている。
「じゃーん! 新刊の恋愛小説! 昨日、本屋さんで見つけたんだ!」
「わあ、面白そう!」
瑞希が目を輝かせる。
「でしょ? しかもね、この主人公がすっごく鈍感なの!」
「鈍感?」
「そう! ヒロインがどれだけアピールしても、全然気づかないんだよ!」
結衣はちらりと海斗を見た。
「……何だよ」
「別にー?」
「絶対、今俺を見ただろ」
「気のせい気のせい!」
結衣は本を胸に抱き、にやりと笑った。
「でもさ、こういう主人公って、周りから見てると面白いよね。本人だけが何も気づいてないんだもん」
「……まあ、物語としてはよくある展開だな」
海斗は、できるだけ平静に答えた。
「でしょ? それでね、ヒロインがある日、思い切って言うの。『あなたと一緒にいると楽しい』って!」
「……っ」
海斗の手が止まった。
結衣は、その反応を見逃さなかった。
「おやおや?」
「……何だよ」
「いやあ、どこかで聞いたことのある台詞だなあと思って!」
「偶然だろ!」
「そうかなあ?」
「そうだよ!」
瑞希は不思議そうに二人を見比べていた。
「え? 私、そんなに変なこと言った?」
「変じゃないよ!」
結衣が即答した。
「むしろ、すっごく素敵な台詞だと思う!」
「本当?」
「うん! だから、これからもどんどん言ってあげなよ!」
「結衣ちゃん!」
海斗が思わず声を上げた。
「……ん?」
結衣は、きょとんとした顔で振り返る。
「何かな、海斗くん?」
「……いや、何でもない」
海斗は、もう何も言う気力がなかった。
瑞希は嬉しそうに頷いている。
「そっか! じゃあ、これからもいっぱい言うね!」
「うんうん! 頑張れ、瑞希!」
「……頼むから、変な方向に応援するな」
海斗の小さな呟きは、二人の笑い声にかき消された。
◇
しばらくして、部室の扉が再び開いた。
「おや。今日は一段と騒がしいね」
入ってきたのは、部長の春樹だった。
銀色の髪を軽く揺らしながら部室を見回し、楽しそうに目を細める。
「新しい話題でもできたのかな?」
「部長! 聞いてくださいよ!」
結衣が勢いよく立ち上がった。
「藤森くんって、意外と反応が面白いんです!」
「ほう。それは初耳だね」
「ちょっと待ってください、部長。初耳じゃないですよね? 昨日も散々からかわれたんですけど」
「そうだったかな?」
「絶対そうです!」
春樹は楽しそうに笑った。
「まあまあ。新しい仲間が増えるのはいいことだよ。橘さんも、これからは会計の仕事だけじゃなく、部の活動にも積極的に参加してくれると嬉しいな」
「もちろんです! 任せてください!」
結衣は胸を張った。
「文学部を、もっと楽しくしてみせます!」
「……今でも十分、楽しいと思うけどね」
海斗の呟きに、春樹が笑う。
「藤森くん。楽しいことと騒がしいことは、必ずしも同じじゃないんだよ」
「……今の状況を見て言ってます?」
「もちろん」
「だったら、少しは静かにしてください……」
「ははは!」
春樹はまったく反省していなかった。
怜奈は書類を机に置き、全員を見回した。
「さて、そろそろ活動を始めましょう。橘さん、会計の資料を確認してもらえますか?」
「はーい!」
結衣はすぐに鞄からノートを取り出した。
先ほどまでふざけていたのが嘘のように、数字や書類を確認する手つきは素早い。
「今月の部費は、前月からの繰越分を含めて……。あ、そうだ。新しい本を買う予算、少し余ってるんですよ!」
「本当ですか?」
瑞希が身を乗り出す。
「うん! だから、みんなから読みたい本を聞いて、候補をまとめようと思って!」
「いいね、それ!」
海斗も思わず顔を上げた。
「新しい本を買うなら、ミステリーも何冊か入れてほしいな」
「おっ、海斗くんも参加する?」
「まあ、読みたい本があるなら」
「よし! じゃあ、みんなの希望を集めて、私がリストを作るね!」
結衣は勢いよくペンを走らせた。
「瑞希は何がいい?」
「私は恋愛小説と、ファンタジー!」
「了解! 海斗くんはミステリーとファンタジーね!」
「うん」
「部長と副部長は?」
春樹と怜奈も、それぞれ希望する本のジャンルを答えた。
結衣は手際よくノートに書き込み、最後に大きく丸をつけた。
「よし! これで会計担当の仕事、第一段階クリア!」
「第一段階?」
海斗が尋ねる。
「そう! 予算を確認して、希望を集めて、購入候補をまとめて、先生に相談して……。まだまだやることはあるんだよ!」
「……思ったより大変なんだな」
「でしょー? だから、みんなも協力してね!」
結衣はにっと笑った。
「その代わり、買った本はみんなで読んで、感想を語り合うこと! それが文学部のルール!」
「そんなルール、初めて聞いたぞ」
「今、決めた!」
「勝手に決めるな!」
また笑い声が広がった。
海斗は、もう何度目か分からないため息をついた。
けれど、先ほどまでとは違って、その表情にはわずかな笑みが浮かんでいた。
本を読むだけの静かな場所。
最初は、それを求めて文学部に入った。
しかし今では、瑞希が隣で本の話をし、結衣が冗談を飛ばし、春樹が面白がり、怜奈が呆れながらも全員をまとめている。
静かとは言いがたい。
むしろ、かなり騒がしい。
それでも、悪くないと思い始めている自分がいた。
「ねえ、海斗くん!」
隣から瑞希の声がする。
「今度は何?」
「この本、結衣ちゃんにもおすすめしていい?」
「もちろん。結衣も恋愛小説が好きみたいだし、話が合うんじゃないか?」
「やった! じゃあ、今度持ってくるね!」
「うんうん! 楽しみにしてる!」
結衣も嬉しそうに頷いた。
そして、何かを思いついたように、にやりと笑う。
「……ねえ、瑞希」
「なあに?」
「ちょっと気になったんだけどさ。海斗くんって、身長百八十五センチなんだよね?」
「うん!」
「瑞希は百四十二センチ」
「うん!」
結衣は二人を交互に見た。
「……すごい身長差だねえ」
そして、満面の笑みを浮かべる。
「まるで恋愛小説の表紙みたいじゃん!」
「えっ、そうかな?」
瑞希が嬉しそうに笑う。
「そうそう! 背の高い男の子と、小さくて可愛い女の子! しかも、いつも一緒にいる!」
「……結衣」
海斗が警戒するように声をかけた。
「ん?」
「余計なことを言うなよ」
「えー? まだ何も言ってないじゃん!」
結衣は笑いながら、瑞希の肩を軽く叩いた。
「でもさ、瑞希って小さいのに、なんか可愛いところがぎゅっと詰まってる感じがするよね!」
そう言いながら、結衣は瑞希の胸元にちらりと視線を落とした。
「えっ? そうかな?」
瑞希は不思議そうに首を傾げた。
「そうだよ! それに比べて私は、ちょっと背が高いだけで、特に目立つところもないし……」
結衣は自分の胸元に目を落とし、深いため息をついた。
瑞希の隣に並ぶと、まるでまな板のように見えてしまう自分の体型が、どうにも悲しかった。
「……はあ。神様って不公平だよね」
「えっ? 結衣ちゃん、どうしたの?」
「何でもない! 今のは私の乙女心の叫びだから、気にしないで!」
「お、乙女心……?」
瑞希はますます不思議そうに首を傾げた。
そのやり取りを見ていた海斗は、何とも言えない顔をした。
……何をどう反応すればいいのだろう。
「……結衣」
「ん? 何、海斗くん?」
「そういう話を、あまり大声でするなよ……」
「えー? 別にいいじゃん! 女の子同士の会話だよ?」
「いや、俺もここにいるんだけど……」
「おやおや? もしかして、意識しちゃってる?」
「してない!」
即答だった。
結衣は、にやりと笑う。
「はいはい、そういうことにしておきましょう!」
「……本当に、面倒なやつだな」
「褒め言葉として受け取っておくね!」
「褒めてない!」
瑞希は二人のやり取りを見ながら、楽しそうに笑った。
「えへへ。結衣ちゃんって面白いね!」
「でしょー? もっと褒めていいよ!」
結衣は胸を張った。
その瞬間、瑞希が何気なく言った。
「でも、結衣ちゃんは元気で、面白くて、一緒にいると楽しいもん! 私、結衣ちゃんのこと大好きだよ!」
結衣は一瞬だけ目を丸くした。
それから、照れ隠しのように瑞希の頬を軽くつついた。
「……もう、瑞希ってば。そういうところだぞー!」
「えっ、何が?」
「何でもない!」
結衣は顔をそむけた。
耳がほんの少し赤くなっている。
海斗は、それを見て小さく笑った。
冗談ばかり言っている結衣も、瑞希の素直な言葉には弱いらしい。
……もっとも、本人に指摘したら、また大騒ぎになるだろう。
「ところで、海斗くん!」
結衣が、突然こちらを向いた。
「……何だよ」
「やっぱり、瑞希のことが好きなの?」
「だから、何でそうなるんだ!」
部室に、今日一番大きな声が響いた。
瑞希はきょとんとし、春樹は腹を抱えて笑い、怜奈は額に手を当てた。
結衣は満足そうに頷く。
「うんうん。今日もいい反応!」
「……お前なあ!」
海斗の抗議は、またしても笑い声に包まれて消えていった。
こうして、文学部に新たな問題児が加わった。
星野瑞希が無自覚に距離を詰める少女なら、橘結衣は人の反応を見つけては面白がる少女。
二人が揃えば、静かな放課後が訪れる可能性は、ますます低くなりそうだった。
そして海斗は、まだ知らない。
この新しい仲間が、これから先、自分と瑞希の関係を面白がりながら、数え切れないほどの騒動を巻き起こしていくことを。
……もっとも。
「ねえ、海斗くん! 明日も一緒に本を読もうね!」
「うん! 私も隣に座る!」
「……もう好きにしてくれ」
そう言いながらも、海斗は少しだけ笑っていた。
どうやら、彼の平穏な放課後は、完全に戻ってこないらしい。




