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8 襲撃

 やがて銃声は止み、静かになった。ジスは中腰のまま素早く周囲を確認した。部屋中を埃(ほこり)が舞い、壁に無数に開いた穴から外の光が差し込んでいる。


 まずい、二人は——

 ウェンとエイカは立ちすくんだまま、呆然(ぼうせん)と前を見つめていた。

「なんだよ、これ……?」

 二人の目の前に、薄《うす》く透明な膜《まく》のようなバリアが張られ、銃弾はその場で浮いたままだった。

「おい!全員無事だな? よし、そのまま伏《ふ》せてろよ。ここは私が何とかする」確かにリゲルの声だった。しかしジスにはわかった。おそらく今は少(・)年(・)の(・)リゲルではない。3人は姿勢を低くして身を潜《ひそ》めた。浮かんでいた銃弾がバラバラと床に落ちる音がした。照明は落ちているものの、窓から差し込む陽《ひ》の光で部屋は意外と暗くなかった。

 低く重い足音が近づいてきた。全身を特殊武装で固めた兵士の影が、穴の向こうに見えた。リゲルは手で「動くな」の合図を送った。同時に、彼の姿がフッと消えた。野外で兵士が短い叫び声を上げて倒れた。続いて2人目、3人目。物音と苦悶《くもん》の声が交互に響く。そんな中、ウェンは何が起こっているのかわからず目を丸くして体を小さくするのが精一杯。

 しかし、エイカは違っていた。恐怖よりも、強い好奇心と驚愕《きょうがく》が彼女の目を支配していた。

(どうなっているの……?)

 あの少年は『リローデット』 (※¹) だ。それは間違いない。そして、あの動きからしてダウンロードされた意識は、おそらく元特殊兵士か何かだったのだろう。けれど、通常は『覚醒《かくせい》』とともにそれらの意識は完全に統合されるはず。ふたつの人格が共存している? 様々な疑問がエイカの脳内を駆《か》け巡《めぐ》る中、リゲルが静かに部屋に戻った。

「よし、今のうちにここを離《はな》れるぞ。ここの奴らは倒したが、UNIに通信の痕跡《こんせき》があった。更に追っ手が来る可能性がある。車へ急げ!」

 4人は急いで家を飛び出し、待機させていた軍用トラックに乗り込んだ。


◆


 高速で走るトラックは海岸線を抜けると、尾行や追手の気配は感じられなくなった。安全な速度を戻して、並走する車両に紛《まぎ》れて中心街に向かう都市線へ。


 助手席のリゲルは、後部座席に体を乗り出してバックウィンドウから何度も左右を確認していたが、一般車両が数台と、歩道を歩く家族連れ以外に怪しいものは見当たらなかった。「ちょっと拍子抜けだが、まあ良しとするか。あの動きはザフランの森の奴らとはまるで別物だった。おそらくプロの傭兵《ようへい》だろうな。うむ……だめだな、このUNIは暗号化されている。ジス、あとで頼《たの》む。それから──」

「──いやいやちょっと待てって!」ウェンが突然声を上げた。「一体全体どうなってんだよ! こいつ、さっきまでは普通の子供みたいに話してたよな? けど今は、誰なんだよ……」

 混乱するウェンに、エイカが静かに説明した。

「ねぇ。落ち着いて、ウェン。彼はリローデットだわ。ただ、何故か2つの人格が共存しているようだけど」「そのようですね。私もそこまでは知りませんでした。説明してもらえますか?」

 リゲル(あるいはリゲルではない何か)が、少し考えるような間を置いて話し始めた。

「今の私はニール・クオン・ガイ……と、か(・)つ(・)て(・)呼(・)ば(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)意識だ。本来であればダウンロード時にもう一つの意識と統合され、全く別の『新たな人格』が目覚める……はずなのだが、私にもよくわからない」

 ニールは腕を組み直すと背筋をスッと伸ばして、続けた

「私の意識は、彼の脳内でずっと休眠状態でいたのだろう。ただ、こうして君たちを認識できるのは、覚醒《かくせい》後のお互いの記憶を共有しているからだろうな」


 彼の話す的確な自己分析に、エイカは感心して顎(あご)に指を当て目を細めた。

「興味深いわね。そんな例は初めて聞いたけど」

「私も2つの人格が共存したままのリローデットの存在は初耳です。しかし、なぜあのタイミングで入れ替《か》わったんですか?」と運転席のジスは、前を見たまま言った。

「それは私にもよくわからないのだが、彼が意図的《いとてき》に私を呼び出したのではないかと思う」彼はその幼《おさな》い容姿とは真逆の、人生経験が豊富な大人のように話していた。

「ではずっと彼は、あなたの存在を認識していたのですか?」

「さあな、戻(・)っ(・)た(・)ら(・)『本人』に訊《き》いてくれ」

 ニールは大人びた笑みを見せて言った。


 エイカが前を向いて指示を出した。「あの環状線に乗ればスカイブリッジまですぐよ」

 ウェンは両手を後頭《うしろあたま》で組み、大げさにシートにもたれかかると、窓の外の遠い海岸線を眺めながら途方に暮れた様子で呟《つぶや》いた。

「……こりゃまた、とんでもないことになったなぁ」




※¹【リローデット】Reloadeds

 CUBEが有史以降の「重要な人物」と判断した者たちの脳神経マップ(記憶+人格)+完全生体データを保存し、致命的な健康状態にある「互換性のある現代人」にデータをダウンロードすることで、2つの人格が統合・融合され、新たな人格として生まれ変わった存在。ベネオン (※²) の吸着率が通常の人間よりも高いため、病気や怪我の回復が早いだけではなく、老化も遅くなり寿命も長い。


※²【ベネオン】Benneon(ベネオン / 通称:ベネ)

 全生命体を活性化する粒子。宇宙空間に遍在しているが、生命体が多い場所(人口密集地)に強く集積し、生命体に吸着する。人口が多いほど健康・活力・豊かさが向上する世界法則(密集地ほど植物・動物も豊かになり、病気になりにくい)。リローデッドは高い吸着率+意識との連動により、意識が物理世界に影響を与える → 超自然的な能力の発現が可能。


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