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2 森

 リゲルは強く目を閉じた。一瞬は無重力で体が軽くなるも、すぐにスラスターが起動し、ポッドが回転するたび激しいGがかかって、体が何度も座席に押し付けられた。

 轟音(ごうおん)が壁を伝い恐る恐る薄目を開き小窓を覗く《のぞ》と、大気に触《ふ》れたポッドは火の玉のようになって赤く燃えている。炎が消えると今度は体が宙に浮《う》かぶような感覚がして、気分が悪くなりリゲルは歯を食いしばった。小窓の外が真っ暗になったと思ったらすこしだけ明るくなって、何かが近づいてくるのが見える。

 あれは、森? そう考えた次の瞬間、


 ドシン!


 ポッド全体に響く低い音とともに体中に激痛が走った。


 キーンという耳鳴りが消えると、ずっと鳴り響いていた警告音に気がついた。ジスがパネルを操作すると、脱出ポッドのハッチがゆっくりと開いた。外の冷たい夜の空気が流れ込んでくる。

 固定用ベルトを外し、それからジスはリゲルの手を引いてポッドの外へ出た。周囲は木々が密集した森だった。木々の隙間《すきま》からヌーラーンの夜空が見える。

 星がとても近い。


「大丈夫ですか、リゲル?」

 少しぼーっとして、足がフラフラするのを我慢《がまん》する。「……うん、なんとか」そう言ってリゲルは息を整えた。しかし、薄暗い草むらから足音がした。


「そこを動くな!!」

 複数の赤いレーザーサイトが二人を捉えていた。森の木陰《こかげ》から、武装した男たちが次々と姿を現す。上下様々なブランドのツギハギのような迷彩服を着ており、それぞれが一貫性の無い、ありふれた暴力的なシンボルが描かれたマスク。

 彼らはミリシア(武装自衛組織)の『アスハーブ・アル・ハキカ』だった。


 ジスはゆっくりと両手を上げながら言った。

「待ってください。我々はエクレシアの——」

「うるさい、黙ってろ!」銃口が突きつけられ、ジスは膝を地面に突かされた。ひどい燃料と汗の混じった酷い臭《にお》いのする軍用トラックの荷台に無理やり押し込まれた。


◆


 トラックはガタガタと揺《ゆ》れながら森の中を進み、やがて有刺《ゆうし》鉄線《てっせん》が幾重(いくえ)にも巻かれた錆《さ》びついたゲートをくぐった。そこは20年前にバハルの正規軍が作った古い軍事施設だった。

 ジスとリゲルは地下へと連行され、暗く狭《せま》い牢獄に放り込まれた。鉄格子《てつごうし》のドアが閉まり、電子ロックの音が響く。ミリシア兵たちはこちらを二、三度眺《なが》めてから、ヘラヘラと笑いながら階段を上がっていった。


 暗い牢獄に、静けさが戻った。「さて……」

 ジスは落ち着いた声でそう呟《つぶや》くと、後ろ手に回されていた手錠が電子音とともにスルッと外れた。ほぼ同時にリゲルの手錠も地面に落ちる。

「すごい……どうやってやったの?」リゲルが目を丸くして聞いた。ジスはフッと小さく微笑《ほほえ》み、いつもの穏やかな調子で答えた。

「どうしましょうか。かなり計画が変わってしまいましたね」彼はリゲルを安心させるため、優しい声で話した。

 リゲルは少し緊張しながらも、ジスの顔を見た。

「ここから……出られる? ええと、ジセ……リオスさん?」

「ジスと呼んで下さい。しかし、ここを出たとしても、シャトルを失ってしまいましたからね。代わりの宇宙船を見つけなければ地球へは行けません」ジスがそこまで言いかけたとき牢の奥の方から、ガチャン!と金属音がした。

「うわっ……!」驚いたリゲルは慌ててジスの後ろに隠れた。

「あら、ごめんね。悪いけど、会話が全部丸聞こえよ」

 薄暗い牢の奥からゆっくりと姿を現したのは、白衣を着た黒髪の小柄《こがら》な女性だった。

「失礼ですが、あなたは?」ジスが静かに尋ねた。

「私はドクター・エイカ・サガラ。医(・)者(・)の(・)ドクターよ。あなた、アルタリよね? できれば私の手錠も外してくれないかしら」ドクター・サガラ・エイカは非常に落ち着いた口調で続けた。

「地球へ行くための、宇宙船《ふね》が必要なのよね? 私をここから助け出してくれたら、用意してあげてもいいわよ?」

 ジスは彼女の横柄《おうへい》な態度が少し気になったが、確かに宇宙船は必要だった。

「ねぇ、助けてあげようよ」

 リゲルが純粋な眼差《まなざ》しでジスを見上げた。

「……しかたありませんね」ジスが扉に触《ふ》れると連続した電子音の後、全ての牢の扉が一斉《いっせい》に解錠された。エイカの手錠も同時に地面に落ちる。

「さすが、アルタリね」

 エイカが嫌味《いやみ》っぽく笑って言った。


 彼らは静かに地下牢の階段を上がった。階段の先の廊下《ろうか》から人の気配がしたので、エイカが無言で手を上げて〈停止の合図〉を送った。ジスは少し考えた後、壁に触《ふ》れた。その瞬間、遠くで警告音が鳴り響いた。

「一体何の騒《さわ》ぎだ?」廊下の奥にいたミリシアたちが慌《あわ》てた様子で遠ざかっていく。


 三人は急いで廊下《ろうか》を移動し、建物の外へ出ようとした。

「お願い、少しだけ待ってて」エイカは何かを思い出したように突然廊下《ろうか》を逆戻りし、奥の部屋に向かった。しかしドアはロックされていた。彼女はこちらを振り向き、ドアを指さしてジスに開けるよう合図した。ジスが視線を向けると、電子音が鳴りドアが開いた。エイカはジスに礼も言わずに部屋に入った。奥でガサガサと物音を立てている。

「こんなときに一体何を……」ジスがため息をついて先へ進もうとした。

「待たせて、悪かったわ。これはどうしても必要なの。そして、こっちはあなたたちの物でしょう?」

 エイカは急ぎ足で戻ってきて、リゲルのリュックとジスのカードサイズのUNIを手渡した。エイカは小さな金属製のケースをポケットにしまった。

「ありがとう」リゲルが微笑んだ。「いいのよ」エイカも微笑む。


 その時——

「おい!地下牢が開いてるぞ!」兵士の声が響いた。


「まずい、行くわよ!」三人は急いで外の駐車スペースに向かい、止まっていた軍用トラックの一つに乗り込んだ。エンジンが即座に始動し、車は猛スピードでゲートに向かう。いたるところで警報が鳴り響き、怒号が飛び交っていた。


「誰かこの警報を止めろ!」「くそっ!システムが反応しない!どうなってるんだ!!」

「脱走者だ! 捕《つか》まえろ!!」


 しかし、三人を乗せたトラックはすでにゲートを突破し、森の深い闇の中へと消えていった。




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