6:背後のオプション
うごうごとしている、迫力満点の手は一体何なんだとエリックがガン見していると、魔王が可愛らしく首を傾げている。
「なぁに?」
「背後のそれ、宰相からもらった……とか言ってたけど」
「そう。くれた、っていうと語弊があって……ええとね、こういう術を教えてもらったから、ある意味もらった、で合っているのかしら、って思ったの。ちなみにこれ、あたくしの髪!」
「……ああ、そう……すごいねぇ……」
にこにことご機嫌な様子で言う魔王は、エリックに抱っこされているような体勢がとても気に入っているのか、ご満悦であれこれ教えてくれる。
っていうかこの手、魔王の髪の毛なのか……としみじみした様子でエリックが眺めていると、ぬぅ、と手が動く。
まさか首でももぐのか!と焦ってしまい、思わず身構えそうになってしまう。
「え」
「動いちゃ駄目よ」
「何何何!? ちょっと待って、これめっちゃ怖いんですけど!?!?!?!?!?」
巨大な手が動き、器用にエリックの髪紐を綺麗に結び直してくれた。
「へ……?」
「気になったの。さっきかしら、多分。髪紐緩んじゃったみたいなのよね」
よく見ているなこの魔王、と思うがそれは果たしてこのでっかい手でやる必要があるのだろうか。それに、器用にちまちまと髪紐を結び直す様子は視界の端っこに見えていたから分かる、が。
「ほんっとーに器用だな!?」
「あたくしの意識に連動しているから、かしら。どう、すごいでしょ!」
むふー、と嬉しそうに微笑んでいる魔王の巨大なおててによって、きちんと髪紐が結び直された。ポカンとしている国王夫妻や大神官、そして大神官の部下の神官もあんぐりと口を開けっ放しにしている状態。
「意識連動させられるのか、そういう意味では便利だな、この手」
「そうでしょうそうでしょう!」
「でも何で最近になってこの手の術習ったんだ?」
「宰相がね」
「おう」
「生意気だったから、つい」
「え?」
「吹っ飛ばしたくなって」
「……」
「大きな手があればいいな、って思ったの」
にこにこと笑いながら、かつ可愛らしい口調なのでさらりと流しそうになってしまうが、恐ろしいことを平然と言い放った魔王ちゃん(外見年齢おおよそ十歳くらい)。
何つー理由だおい、とエリックが内心ツッコミを入れていると、空からもう一人ひゅう、と落ちてくる。
「……まさか」
「あらいやだ、宰相だわ。見つけるの早かったわね」
「手紙書いてきたんなら、ここ来るだろうよ」
「それもそうねぇ。あたくしに何か目印でもついちゃってるのかしら……むぅ」
一見して、エリックと抱っこされている幼女の図、ではあるものの抱っこされているのは魔王だし、抱っこしているのは勇者である。
選定の儀が何だかんだで終わったので、エリックの能力は底上げされているから、魔王がそこそこ本気を出したとて簡単に死ぬようなやわな体でもなくなっているのだが、まさかそれを真っ先に魔王が試しに来るだなんて、誰が想像できようか。
「魔王陛下ーーーー!! やはりこちらにいらっしゃいましたねーーーー!?!?」
「……うるさいわねぇ、宰相ったら」
またもやぷぅ、と頬を膨らませてからエリックの腕の中でうごうごと動き出す魔王を見て、エリックは何かを察したのか、そっと地面に降ろしてやった。
かと思えば、宰相が降りてくるであろう位置を何となくで見定めたかと思えば、髪の毛でできた巨大なおててを横に薙ぎ払う。……すると。
「おぶっ!!」
ばっちん!!と物凄い音がして、今から着地体勢に入りかけていた宰相の体が横に吹っ飛んだ。
「…………あー…………」
「あら……まぁ……」
「何と可哀想な……」
エリック、王妃、そして国王の順に壁にめり込んでしまった宰相の心配をしている。
降りてきたかと思えば壁にめり込まされている、一応魔界の宰相。これでもめちゃくちゃ偉いのだが、魔王にかかればまるで子供のような扱いを受けているではないか。
「宰相、あたくし勇者のお祝いに来ただけなのだから、わざわざ来なくて良い、ってお手紙に書いてたでしょう?」
「……それは……そうなんですがね……」
めこ、とどうにか瓦礫から出てきた宰相は、とても可哀想なことによれよれ。
この魔族の偉いひと、繰り返すが『宰相』なのだ。魔王の仕事の補佐もしているのだが、何せ扱いが大変雑なのである。
「……術を使いこなしたかと思えば、まさか早々に勇者のところに行くだなんて……」
「予想できたことじゃない?」
「まさか、っていうことがあるじゃないですか!」
「だってあたくしよ?」
ケロッとして言う魔王に、駄目だこれ、と宰相は頭を抱えている。しかし、これでめげないのが宰相という男。
「遊び相手なら、この前までケルちゃんだったでしょう!? ケルちゃんどうしたんですか!!」
「ケルちゃんは早々に降参しちゃったし、他の魔族はついうっかり殺しちゃうし」
「そうでしたね!! とってもお強いですね!!」
あーもう!! と叫んでいる宰相が、とてつもないほどの苦労人に見えてしまい、エリックはこっそりと心の中で手を合わせたが、何か通じてしまったのか、物凄い勢いでエリックの元に駆け寄ってきて、ひし、と足にしがみついた。
「なに!! なんなんだよ!?」
「ちょっと勇者、魔王陛下に何か言ってやってくださいよ!!」
「何か……って、何を!」
足をぶん、と振り回しても、宰相は離れない。離れるどころか、がっちりと力を強めて更にしがみついてくる。
「ええい離しませんからね!!」
「やあめろっての!!」
何という攻防戦、と呆気に取られている国王夫妻や神官たち。魔王は面白くなさそうに唇を尖らせて、エリックが投げ捨てた剣をひょいと拾い上げてから、とことこと神官のところに歩いていく。
「ねぇそこのニンゲン」
「!?」
「これってもしかして……」
「……失礼いたします、魔王陛下。そちらの剣についてお分かりになったことが?」
「何となく、だけれど。これって、あたくしはともかく、宰相には良い感じにダメージ入るわよね? 折れてるけど」
「…………そうですねぇ」
少しだけひくついている大神官を見て、魔王はにこりと微笑んでからその剣を手にしたまま、宰相のところへ歩いていって、剣の持ち手部分を容赦なく頭に振り下ろした。
ごず、とこれまた鈍い音が響いて、宰相はエリックから手を離して頭を押さえているところに、魔王はまたもや髪を手に変形させてわしっと宰相を掴んだ。
「勇者に何ご迷惑かけてるのよ、このお馬鹿」
「……私の扱い、雑じゃないです?」
「宰相だもん」
何だその理由、と叫びそうになったエリックだったが、どうにか呑み込んでから魔王の頭にぽん、と手を置いた。
「おい魔王、やめてやれ。っていうかこいつ物理攻撃きくの?」
「きくわ。だってこれ聖剣だもん」
「…………ん?」
「聖剣」
こいつ、聖剣握りしめて持ち手の部分で殴った、っていうのか……とエリックはまた色んな意味でドン引きしかけたものの、どうにか持ち直してこほん、と咳払いをする。
そして、魔王の手からへし折れた聖剣を回収してからまじまじと眺めてみて、神官の方に視線をやった。
「……あの、さっきもらった剣、って……」
「魔王にへし折られたそれ、聖剣だったものです……」
遠い目をしている大神官の言葉に、エリックはどばっと冷や汗が噴き出るのを感じつつ、深く腰を折って謝罪をした。
「……貰って早々、折ってしまってすみません……」
「いえ……その聖剣が役に立つかと思ってお渡ししましたが……まさかあんなにも簡単にへし折られたうえに、魔王にダメージを一切与えられないだなんて……思いもせず……!」
つまりこういうことだ。
魔王の攻撃を防ごうと構えたあの剣は、由緒正しく伝わっていたものであり、魔王に対抗するために作成されていた武器だったのだが、一切通じなかった、と。
更に、へし折られた剣の持ち手の部分で物理的にダメージを与えるだけの鈍器でしかなくなっていただなんて、聖剣とか何とかもうどうでも良いだけの存在になってしまっていた。
「……お馬鹿さんねぇ、魔王は代々属性が変わるんだから、聖剣も造り替えないと」
「そうなんです!?」
これに驚いたのは大神官。ぎょっとして魔王に質問しているが、魔王は「そうよ~」とあっけらかんと頷いている。
「お勉強になったわね、ニンゲンたち。勇者を覚醒させてくれたお礼に、あなたたちのことは、今日はそのまま放置しておいてあげるわ」
「ど、どうも……?」
感謝して良いのか悪いのか、と問われれば今のところ感謝して良いところだろう。
魔王がちょっと本気を出せば国王夫妻も神官たちも、簡単に殺されてしまうのだから。
「……おい魔王、次はちゃんと宰相に置手紙じゃなくて、本人に伝えてから来なさい」
「はぁい」
ばいばーい、と自分の手を振って、魔王は帰っていった。
――なお、この間ずっと宰相が鷲掴みになっていて、魔界に帰ってからもそのままだったため、魔王に仕えているメイドたちに微笑ましそうに見られていたとか何とか。
どこまでも可哀想なの、実は宰相かもしれない




