5:選定の儀にて
ステータス確認の後、エリックは選定の儀にそのまま進んだ。
内容を確認したところ、エリックの身体能力が馬鹿みたいに高いこと、普段から魔力を運用しながら生活していたこともあり、普通からはかけ離れた身体能力を有しているらしい。
「魔力はまぁ普通として、ほんとおかしいんです。身体能力の幅がありすぎますけど、魔力で身体強化をしたら馬鹿みたいに能力値が跳ね上がるんですよね、あなた」
「はぁ」
「普段何してるんです?」
「何、って……」
何をしているのか、と問われれば普通の生活、という答えしか返せない。
「えーっと……まぁ、普通に畑仕事して、近所のじーちゃんとかばーちゃんに依頼されたら雑用とかして」
「まって」
「あと、近所の子供の剣の稽古モドキをしてみたりとか」
「おいこら」
大神官がとてもツッコミしたそうな顔で、エリックの言葉をちょいちょい遮ってみるが、彼は気にせずに言葉を続けている。
「後は村長に依頼されてちょっとしたお使いをしたりとか……」
「待てと言うとるじゃろうが」
どす、と手にしている杖の先端の魔石で遠慮なく脇腹をどつかれ、おっふ、とエリックから声が漏れた。
結構痛いな、と思いながら脇腹をさすり、ようやく大神官にエリックは視線を向ける。
「何スか」
「お前、まさかとは思うがその手伝いとか色々している時に身体強化とか」
「してた」
「だからやたら魔力運用値が高かったのか、お前さん……」
げんなり、という言葉が似合うほどに大神官はぐったりしているが、エリックは別に良いだろう、くらいにしか思っていない。
そもそも論として、勇者になんか選ばれるとか思っていないから好き勝手生きてきただけ。まさか自分があの福引によって勇者になるなんて、とエリック自身がびっくりしているくらい。
「これでいくと、エリック様は恐らく色んな意味で歴代最強の勇者様、ということになりそうですなぁ」
あはは、と笑っている国王夫妻だったが、この予感が的中することになるだなんて、誰が想像しただろうか。
少なくとも、現時点では誰も想像すらしていない。
「ささ、エリック様。こちらの水晶にお手を」
「はいよ」
よく分からないままではあるものの、言われた通りにぺたり、と水晶にエリックが手を乗せた瞬間のこと。
とんでもない光がぶわりと水晶から溢れ、謁見の間そのものが光に覆い尽くされてしまう。
「うわ、っ……!」
「何と!よもやこれほどとは!」
誰がどうしているのかすら見えないほどの強い光に、全員が悲鳴を上げる。
のほほんとした国王夫妻ですら、王妃は悲鳴をあげているし、国王も呻き声をあげる中、エリックだけは何となく周りが見えていた。
「……眩しいけど、見えないほどでは、ない……よな?」
恐らく勇者、という特性からなのか何なのか、薄目であればどうにか周囲の状況は確認できる。
そんなに騒ぐことなのだろうか、とも思ってはて、と首を傾げていたエリックだったが、じわじわと光がおさまってくるのを感じ、どこかホッとした。
これで、国王夫妻や神官たちと話ができる。
とはいえ、これで名実ともに勇者になってしまえばもう一つの巨大な問題が浮上してくる。
そう、魔王である。
これが終わったら、きっとまたあのバイオレンス幼女こと魔王が嬉々としてすっ飛んでくるんだろうなぁ、とか思ってしまったのだ。
「(考えちゃいけない、とは思っているものの……どうしても考えるんだよなぁ。だってあいつ、俺が勇者(仮)の状態を鋭く検知して、俺の家まで来たんだぞ?つまりは……)」
まさしくフラグ建築だろう、と言わんばかりのことをうっかり考えてしまった勇者エリック。
大神官がおや、と首を傾げているな、というところまではきちんと見ていた。何か虫でも飛んでいたんだろうか、くらいに思っていたら、とてつもない衝撃がやってくる。
「っ!!」
「何だ!」
ずん、と城全体が揺れたような、地響きとは違う何かに襲われたかと思えば、謁見の間の天井部分が吹き飛んでしまう。勿論ながらとてつもない爆音とともに吹き飛んだ天井部分は、恐らく横からなぎ払われたという感じにぱかりと無くなってしまい、その場にいた全員があんぐりと口を開けたまま上を見上げることしか出来なかった。
「…………えぇ…………?」
きらり、と何かが見えたような気がしたエリックだったが、丁度太陽の眩しさもあってか目を細めた、その瞬間のこと。
「ゆーうーしゃー♪」
めちゃくちゃ軽くて可愛らしい、聞いたことのある声が聞こえたかと思えば、ひゅうう、とエリック目掛けて落ちてくる(?)誰か。
「……まさか」
「うふふ、とっても行動が早くて好感が持てるわ!!大好きよ勇者!!」
この前来た時は無かったオプションのような、何かを背中につけた魔王が物凄い勢いでエリック目掛けて落ちてきた。
背中に見えるのは、何やら巨大な手のようなもの。
「お前何つけてんだゴラァァァ!!」
「宰相がくれたのー!」
めちゃくちゃに上機嫌な魔王は、背中の手を大きく振りかぶって、エリック目掛けて叩きつけてくる。
このままだと潰される、と判断したエリックは横に思いきり飛んでから国王夫妻を守らねば、と本能的に判断して二人を抱え、謁見の間の隅にささっと移動させた。
「お二方はこちらに。隙を見て避難してください」
「え、えぇ……ありがとうエリック」
「すま……っ、後ろだ!」
「え?」
「あたくし、放置されるの大っ嫌い」
冷たく一切の温度を感じない声が、エリックの耳元に飛んできた。
後ろを振り返っていては間に合わないし、かといって死んでやるわけにはいかない。
「…………!」
きっと、それは、本能だった。
エリックの頭ごと、もぎ取らんばかりに背中の大きな『手』を使い、魔王が攻撃を仕掛けてくる。
目の前にいる二人を死なせるわけにもいかないし、自身が死ぬなんてもっとごめんだ。
すぐさまそこまで考え、エリックは攻撃がやってきている方の手を上げて一気に魔力を流して身体強化を。
そこから大きな手を払い除けつつ魔王の方に向き直りながら、背後にいる国王夫妻を守るように防御魔法を展開させた。
イメージは、半球形のドーム形。
これならば多少の攻撃も受け流すことはできるが、急ごしらえの代物でしかないから、どれくらい耐久力があるのか分からない。
「……い、っつぅ……」
「勇者、選定の儀の終わり、おめでとう。でもだーめ、貴方はあたくしの遊び相手なんだから」
にこぉ、と少しだけ歪な笑顔を浮かべた魔王からは、底知れぬ圧を感じる。
こうなったら正面から向き合うしかないと判断して、エリックは大きく深呼吸をしてからぐっと腰を低くしながら戦闘態勢に入った。
「そう、それで良いの。ずーっと、あたくしの遊び相手になってくれなきゃ嫌なんだから」
じわじわと魔王の機嫌は回復していっているのが分かるものの、ここからどうしたらいいんだ、とエリックは焦る。
迂闊に踏み込んでは、魔王の背後でゆらゆらと揺れている大きな手になぎ払われてしまうだろうし、一気に間合いを詰めたところで彼女は何らかの方法でエリックの目を潰しにかかる、あるいは腕一本くらいならちぎってしまうかもしれない。
昨日のあれが、とんでもなく手加減されていたことが分かるくらいには、今の本気度はとんでもなかった。
「エリック様、こちらを!」
「おわっ!」
大神官が叫び、何かを投げてきた。だがしかしこれが魔王の機嫌を損ねるんだよアホ!!とエリックが叫びそうになりつつも、反射的に受け取ったそれは片手剣だった。
そうか、武器があれば多少なりとも戦えるのでは、と思ったエリックだったが、視界の端にいた魔王がいつの間にか消えていることに気が付いたのと、視線を戻した先に魔王自らの両手を広げ、思いきりエリック目掛けて飛んできている姿を確認したのが、ほぼ同時。
「(え、いやマジで死にたくないんですが!?本気度高すぎじゃねぇか!!何だあの魔王!!)」
そう考えながら、無意識に動いた体は、受け取った片手剣を自分の前に構えて防御の体勢をとった……の、だが。
「うふふ、ようやくあたくし本気で遊べるわ!!嬉しいわ、勇者、だーいすき!!」
「おわーーーーーーー!?」
なお、これは魔王なりの抱擁だったらしい。
がばりと抱きつきにかかった魔王によって、エリックが構えた剣はものの見事にばきん、とへし折れたのだ。
「せっかく貰ったのにーーー!?!?」
「えーい♪」
真正面から魔王にがばりと抱き着かれ、めちゃくちゃ機嫌がよろしい幼女はエリックに抱き着いたままで足をプラプラさせている。ちなみに支えているのはエリックの首だけなので、そこそこ重い。
「勇者、おめでとう!あたくし本当に嬉しいんだから!」
「おう分かった!けど重たいからちょーっと離れなさい!」
「ヤダ!」
ぷい、と顔を逸らしている魔王はめちゃくちゃに可愛いのだが、背後の手がうごうごしているのが怖い。それはもう、怖い。
えっ俺コイツに頭もがれるんじゃ?くらいの恐怖に耐えつつ、エリックは折れてしまって役に立たない剣をぽーい、と捨ててから魔王の体を抱き支えた。
「あら、気が利くのね。好きよ、こういうの」
「降りなさい」
「えー」
「ダメって言ってるの!あと今日宰相は!?」
「お手紙書いてきた」
えっへん、と誇らしげにする魔王からは、さっきの恐ろしい威圧感はない。
一体何だったんだ……とエリックがげんなりしていると、魔王が可愛らしく首をかしげた。
「なぁに?」
「さっきの威圧感、あれ何だったんだ」
「んー……」
こうしてると本当に普通の女の子らしい一面があるんだよなぁ、と改めてエリックは感じていた。とはいえ魔族の特徴を知っていたら、素直に可愛いとも言えないのがちょっとだけ困ったところ。
「勇者はあたくしの遊び相手なのに、他にうつつを抜かしてたから、つい?」
「つい、で殺気をぶち撒くのやめなさい。めっ」
「むー」
頬をふくらませている魔王は可愛いのだが、何度でも言おう。魔族の長なのだ。めちゃんこ強いのだ。うっかりしたら殺されてしまうのだから、気を付けなければならない。
「んで、何しに来たの」
「勇者就任、おめでとう♪」
はぁ、と溜息をつきつつ言ったエリックに、どこから出したのか背後のでかい手が、これまたでかいクラッカーを出してきて、引いた。
すぱーん、と良い音がして、ひらひらとエリックに紙テープや紙吹雪がひらひらと落ちてくる。うっかり口の中に入ってしまったやつはぺぺっ、と吐き出して、目の前でにこにこと笑う魔王は、恐らく純粋に祝いに来てくれたらしい。
「(……心臓に悪いんだっつの……)」
この後、国王夫妻を心底不要そうに見ていた魔王に、エリックからのお叱りがやってくるところまでがワンセットになる、というのを今、ここにいる人たちはまだ知らなかった。




