4:めちゃくちゃかるーい国王夫妻
魔王が帰って翌日のこと、エリックの家のドアをがんごん、と叩く音がしたので出てみれば、国王からの使いだ、という男性……恐らく騎士団員のような人物が二人、立っていた。
「……あんたら、誰」
「先程もお伝えしましたが、国王陛下の使いとして参りました」
「はぁ」
「本来であれば、まずは書状にてご挨拶すべきところではございますが、陛下から早急に王宮へ来ていただきたい、と……」
でしょうねぇ、とエリックは内心思う。
もしかしたら、昨日の魔王襲撃事件(?)も、知られているのかもしれないし、現状として戦争状態ではないにしろ、何らかの備えが必要なんだろうな、と考えていると、二人のうちの一人がすっと前に出てきて口を開いた。
「あ、急を要するというのは本当なんですが、戦争が始まるとかそういうのはありませんからね。準備とかもありませんからね?」
「え」
「色んな意味での勇者様の役割についてご説明したいから、ということなんですよ。言葉少なくてすみません、ねぇ?」
どず。
「ぐえ」
一歩下がったかと思えば、容赦なく隣に並んでいる彼の脇腹に肘を叩き込んだ。
ふるふるしながらしゃがみ込んでしまったので、あれはとても痛いんだろうなぁ、とエリックは思い、ちょっとだけ同情的な眼差しを向けておく。
「失礼いたしました。エリック様、我らと共に王宮までご同行いただけませんか?」
「あぁ、それは良いですよ。魔王からもさっさと選定の儀を受けてこい、って言われてて」
「え?」
「あ」
「魔王が、来た」
「あ、はい」
これは言ってはいけなかっただろうか、と思うも時すでに遅し。
二人の騎士にがっちりと脇を抱えられ、エリックは強制的に転移魔法で王宮まで運ばれてしまったのであった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「魔王来ちゃったの?ありゃー……」
「それは確かに急がなくちゃいけませんわねぇ」
何だこののんびりした会話。
思わずエリックはツッコミを入れそうになるが、目の前にいるのはどうやっても、一生に一度会えるのかどうか分からないような人たち。
いけないいけない、昨日の魔王が特殊だったんだ、と己に言い聞かせてから深呼吸をしつつ、恐る恐る口を開いた。
「あ、の……魔王が来る、って結構ヤバい事態なんじゃ……」
「ん?歴史学で学んでおらんか?」
そんなもの勉強したか?とエリックは記憶をフル回転させるが、どうにも思い当たる節がないというか、勉強を適当にしていたために覚えていない。
何だっただろうか、と首を傾げていると、ふと思い当たる節があった。
「……魔界と人間界が戦争になれば、どちらかが滅するまで戦いは続く。降伏などありえない……死、あるのみ」
「そうそう、それそれ」
「いやでも、魔王が」
「ここ最近、何年間かは正確に分からんがな。人間界と魔界の関係性は大変良好なんじゃよ。お前さんのところに来た魔王は別にいきなり殺しにかかったりしとらんじゃろ?」
殺られそうになりましたが?と思わず言いかけて、エリックはふと思い至る。
――『遊び相手』だとか、何とか言ってなかったか、あの魔王。
いやだがしかし、とぶんぶん首を振っているエリックを見て、王妃が口を開く。
「ちなみにね、魔王の遊ぶ=戦闘だから、わたくしたちの常識に当てはめちゃダメよ?」
「……あー……」
「あちらの常識、こちらの非常識、じゃ」
それはそう。
というか、つまりあれは本当に、心の底から、魔王は戦うことでこちらと『遊んでいる』だけだったらしい。
「あれって……本当に遊んでるだけ、だったのか……」
「何と」
「あらまぁ、いやでもそうよね。魔王と遊んでから五体満足だなんて……ねぇあなた」
「ちょっと王妃様!?」
「なぁに?」
「今五体満足だなんて、って聞こえましたけど!」
「言いましたわ」
めちゃくちゃあっさりしてらっしゃるー!?と驚くエリックだったが、もしかしてこれは自分の常識が通用していないのか、単にあの『魔王』絡みになるとこうなってしまうこの人たちがおかしいのか。
二択を迫ったところで恐らくは王妃とか国王によって『両方』と返されそうでしかなく、今度こそ頭を抱えた。
「だって選定の儀の前に魔王と何かやって、生きてた勇者のことなんて、わし知らんもん」
「もん、じゃねぇよ。可愛く言うな」
「あらまぁ、きっとそういうところが魔王に好かれたのね!納得だわ!」
「納得すな」
思うがまま、ほいほいと入れてしまったツッコミだったが、国王夫妻は気にしていない。周りの役人たちも気にしていないし、何なら『よく言った』くらいの顔でいてくれている。
「まぁともかく、選定の儀を済ませようではないか。ちなみに、お前……ではなく、エリックには様々な加護が与えられることになる。とりあえず潜在能力の確認から……」
「あ、はい」
「すんなり受け入れるのねぇ、あなた」
「受け入れないと何か面倒だろうな、って思って」
それはそうである。何なら今代の勇者はもういるのだから、受け入れない場合どうなるか。
答えは簡単。
エリックは魔王からも国王からも追いかけ回される事態になってしまい、エリックだけが疲れ果てるというだけの話。
国王は最初からこうするのが当たり前だと言わんばかりに、神官を呼びつけ、この謁見の間にあれこれ準備をさせていく。
スキルと加護の判定用の水晶、選定の儀を行うための大神官、それから何やら色々箱を手にしている王宮勤めの役人たち。
「……あ、あの」
「エリックはそこに立っておれ。まずはスキル測定からな行うぞ」
そう言われると、神官がすすす、と近付いてきて、水晶の隣にスタンバイした。その人はエリックのことを手招きして、水晶を指し示した。
「ではエリック様、こちらの水晶に手を置いていただけますかな?」
「あ、はい」
恐らく見た目年齢から察するに、五十代くらいだろうか。
落ち着いた声と仕草で、エリックに何をすればいいのかを教えてくれる。
「ではまず、この水晶に手を置いてくださいね。それから魔力を流していただきたいんですが……」
「魔力を流す、ってどうやって」
「こう、ぐぐっとエネルギーを押し込んでいく感じで」
なんだその抽象的な指示、とエリックの口から素直にこぼれ落ちたが、神官は気にしていなかった。
とりあえず言われた通りにやってみよう、とエリックは目を閉じて『こうだろうか』と思うがままにやってみる。
「おお!?」
やり方は正解だったようで、水晶がとてつもなく眩い光を放ったかと思えば、次第にそれは落ち着いてくる。
エリックもそろりと目を開けたが、視界に入ったのはよく分からないものだった。
「何だよ、これ」
エリックの頭の上に出ているウインドウは、彼自身全く見慣れないもの。神官は目にしたことがあるのか、ふむふむ、と何やら頷きながら数値を見ている。
そして、見終わってからとても良い笑顔でこう告げた。
「陛下、この人規格外です」
「おいテメェ」
「あ、やっぱり?」
「まあまあ」
何が規格外なんだ、とエリックが質問しようとしたら、とても良い笑顔のままで神官はくるりとエリックの方を振り返って言葉を続ける。
「エリック様、あなた色んな意味でおかしいんですよね」
「何が」
「いやだって、選定の儀の前で勇者並のステータスとかおかしいですよ。ほんとに」
「おかしいって二回言ったなオイ」
「いやだっておかしいもん」
「可愛くねぇ」
一体何がどうしたんだ、とエリックが難しい顔をしていると、神官のところにすたすたと大神官が歩いてきて、手にしていた杖で遠慮なく神官の頭をごず、と叩いた。
「あいた!」
「説明せんか、あほたれ」
「……すみません……」
いってぇ……と唸っていた神官だったが、こほん、と咳払いをしてから話し始めた。
神官曰く、ではあるがエリックはそもそもの能力が驚くほどに高いということらしい。エリック自身は普通だと思っていたのに、蓋を開ければ一般人なんか比ではないくらいに色々な能力が突出しているそうなのだ。
「……はぁ」
と言われても、エリック自身は無自覚。ちょっと力が強いなー、くらいにしか考えていなかったし、ちょっと魔力を(無意識に)込めて身体強化をおこなったりもしている。
主に、日常の仕事で。
自分に魔力があることは自覚していたが、きちんと運用したのは、昨日の魔王とのじゃれ合いくらいだろう。
「……つまり、選定の儀をやったら、俺はめっちゃ強くなる、と」
「それから、諸々の手当も支給されますので、万が一ご自宅付近で魔王との戦闘が行われて損傷した場合、こちらは補償させていただきます」
「あ、待遇良し、的な」
「はい。何せ魔王の遊び相手やら、魔界からのはぐれ魔族を討伐していただくのですから、当然です」
はへー、とよく分からない声がエリックから零れ出てくる。
勇者なんて御大層な役目なんか、面倒だとしか思っていなかったというのが本音ではあるが、悪いことばかりではなさそうだ。
とはいえ、仲間は欲しい。一人であんな魔王と戦うだなんて嫌すぎる。死んだらどうしてくれるんだ、という言葉を込めて睨んでいたら、はて、と首を傾げた国王が呟いた。
「仲間、いらんだろ」
「いるわ」
なーに言ってるんだ、HAHAHA!という感じの軽い口調の国王は、これできちんと治世は行っているのだ。そう、本当にこれでも。
エリックのツッコミを全く気にしていない国王夫妻は、『これで魔王ちゃんのお相手も騎士団じゃなくなるわねぇ』、『はっはっは、きっと仲良くやっていけるさ』とかいう会話をしている。
「こんなんでも平和なんですよ、きちんと国を治めてくれているので」
「…………うん……そうね……」
神官や大神官に心配しなくて良いですよ、と両サイドから元気づけるように肩をぽすぽすと叩かれる。
なおこの後、エリックが散々抗議したおかげで、仲間についてもきちんと紹介してもらえることになったから安心したが、一難去ってまた一難。
――選定の儀の場にて、別の種類の悲鳴をエリックは上げることになるのだが、まだ誰も知らないのであった……。




