3:災難まみれの宰相様
顔面を強かに打ち付けられてしまった宰相は、どうにかこうにかよろよろと立ち上がってエリックに向けて頭を下げた。
「大変失礼をいたしました、……魔界にて宰相を務めております。あぁそうだ、真名は命に関わることですので、明かすことはできませんので悪しからず」
「それは分かった。んで」
「はい」
「魔王、連れて帰れ」
「えぇと、今後とのことをご説明させていただきたく存じ……」
「一旦、連れて、帰れ」
今のままだと、恐らくエリックがブチ切れてしまいかねない。だがしかし、それはそれで魔王的には楽しそうだと不穏なことを考えていた。
勇者の後ろで手首をくるくると回して、こきこきと鳴らしてから、両手を上にぐーっと上げてまるでストレッチのような動きをしてから、拳をぐっと握りしめる。
「魔王様、あまり準備運動をしていてはバレてしまいます」
「貴方がバラしてるじゃないの」
そんな会話を聞きつつ、エリックの頬をつつ、と冷や汗が垂れた。
もうこれダメだ、早くおうち(多分魔王城)帰ってもらわないとヤバい、と思ってくるりと振り返り、魔王を見る。
「魔王、宰相のおかげではあるけど考えてること丸わかりだから一回おうち帰りなさい」
「えー?」
「俺に勇者選定の儀に行ってほしいのもあるんだろ?」
「うん」
「なら、そっち優先させます。だから帰りなさい、ほれ」
ちぇー、とつまらなさそうに呟いてから、魔王は宰相のところに歩いていった。
どうにもエリックの言うことは何やら素直に聞いている魔王を見て、はて、と宰相は首を傾げている。
「(こんなにも素直な魔王様というのも珍しいというか)」
とことこと自分のところに歩いてくる魔王を見ていた宰相だが、じぃと見上げられて目を丸くしてしまった。
「何です?」
「宰相、勇者に手土産?とかお渡しするんじゃないの?」
「はっ」
忘れておりました!と叫んでから宰相は手を伸ばしたかと思えば、収納魔法を展開し、そこに手をずぼりと突っ込んだ。
「は?」
「こちら、お渡ししようと思っておりました物です。ささ、勇者様、どうぞ」
はいどうぞ、と手渡してきたものを、そのままの勢いで受け取ってしまった勇者。これ呪いとかかかってないよな?と、ちょっとだけ疑心暗鬼になってしまったらしいエリックを見ていた宰相は、にこにこと人当たりの良い笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「大丈夫です、お互い戦争状態にあるわけではございませんので、勇者様を害するものを持ってくるなど有り得ませんとも」
「お、おう……」
一体何をあげたのだろうか、というのが気になるらしい魔王は、とことことまたエリックのところに歩いてきて、ぴょんぴょん飛びながら手にしているものが何なのかを見ようとする。
二人の身長差はそこそこあるため、パッケージを確認しようと思う魔王が、普通に飛んでも見えない。
「むー」
よいしょ、と小さく掛け声のようなものを発してから、魔王はちょっと強めに地面を蹴って飛んだかと思えば、エリックの肩にがしりとしがみついた。
「うわぁ!?」
「あら、魔界名物なのね。普通すぎるわ、良くないわ」
「びびびびびっくりしただろうが!!いきなりはやめなさい!!」
「あたくしちゃーんと、よいしょ、って言ったわ」
「聞こえるように!言って!」
「覚えてたら次からそうする」
何だろうこれ。
まるでめちゃくちゃ面倒見のいい親戚のおじさんと、久しぶりに遊びに来てはしゃぎまくっている子供、のような構図を見せられている宰相は、思わず力が抜けてしまっていた。
「あ、あの、魔王陛下」
「なぁに?」
「その……そのニンゲン、勇者……」
「宰相が言ったんでしょう?今は戦争状態でもなんでもない……っ、て!」
エリックの肩にぶらりとしがみつくというか抱き着くようにして、引っ付いていた魔王がぐぐっと手に力を込めたかと思えば、勢いを付けてエリックの肩から飛んだ。
「…………あ」
そのまま宰相に飛びかかり、綺麗に顔面に膝をめり込ませ、勢いのまま背後に倒れてしまう。
「いっつも宰相は回りくどいのよね、んもう。はっきり言ってくれなきゃあたくし困るわ」
倒れた時にごず、と鈍い音が響いたのだが果たして宰相の後頭部は大丈夫なのだろうか、とエリックはさすがに心配になる。
今日一日で顔面と後頭部にそれぞれダメージを受けてしまうだなんて、なんて可哀想なんだと思うが、原因の一つがそれを言うなという話ではある。
なお、正確には顔面二回、後頭部一回だ。その内魔王が顔面一回に後頭部一回。
魔王の可愛らしくもえげつない膝蹴りによって、ダメージをくらってしまった宰相は、地面に横たわってひくひくしている。
「……生きてるだろうけど、大丈夫か?」
「……ええ、ご心配ありがとう、ございます」
さすがに顔面は……とエリックが心配していると、魔王がエリックの服をくいくい引っ張ってくる。
「?」
「それ、美味しいわ。ケルベロス饅頭」
「何て?」
改めて見たパッケージには何やらデフォルトされた三つ首の犬がいるが、これは人間界で言うところの地獄の門番・ケルベロスだろう。
めちゃくちゃ可愛らしい見た目になっているが、そもそも饅頭という概念はどこから来たんだとか、魔界ってお菓子作れる人いるの?とか、疑問が次から次へと湧いてくる。
「早めに食べてね、勇者」
「お、う」
「あと、ハチミツ入のホットミルクもご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
何だ、思っていたより礼儀正しいんだな、とエリックが油断した瞬間。
「儀式が終わった頃にまた遊びに来るから、次はもっともっと殺す気で行くわね」
「来るな」
「あたくし知ってるわ、そういうの前フリ、っていうの!」
えっへん、と胸を張っている魔王。
勘弁してくれ、と頭を抱えているエリック(手にはお土産)。
これは使える、と思わず拳を握りしめた魔王の右腕的存在の宰相。
もしこの光景を見た人が居るならば、何だこれは……と驚くかもしれない。
渦中のエリック自身がまさにその状態なのだが、魔王も宰相もケロりとしているから、何をどう言ったところで恐らく状況はほぼ変わらないだろう。
「じゃあね、勇者~。また今度お会いしましょうね!!早く選定の儀に行ってきてね!!次からはあたくし本気出しちゃう!!」
「本気出して周りに迷惑かけたら俺は怒ります」
「…………勇者にだけ本気出しちゃう」
少し間があいていたのには、魔王なりの葛藤がある。
勇者が怒れば、最悪の場合遊んでくれなくなるどころか、魔王の手によって呆気なく人生を終わらせる道を選んでしまうかもしれない。
「(そんなことしちゃったら、あたくしつまらないわ。嫌だわ)」
むむ、と考えた魔王は、自分を納得させるように一度頷いてからエリックと改めて視線を合わせて口を開いた。
「ごめんなさい、勇者。あたくしお馬鹿さんだったの。だから、貴方にだけ本気を出すわ。だから」
「……他に迷惑かけないようにな……」
そういう結論に達したかー……と遠い目をしつつ、それでも魔王の判断のおかげで色々な場所がこれで守られてしまったのである。
これが、勇者(仮)エリックによる、初めての魔王との勝負の勝利にして、色んな意味での戦いの始まりとなってしまったのだった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「魔王陛下、あのニンゲンのことをとても好ましく思っていらっしゃいますね」
魔界に帰ってから、宰相は魔王に問いかける。
お気に入りのぬいぐるみを抱っこしてから、魔王はその言葉に少し考え、うん、と笑顔で頷いた。
「えぇ、あの勇者は大好きよ。お前みたいにお小言も言わないし……」
言い終わる前に魔王の部屋の窓が割られ、恐らく先代魔王を未だに慕っているであろう部下からの暗殺者が飛び込んできた。
「……こぉんなおバカなこと、しないもの」
そちらを確認することもなく、言葉通りのノールックで暗殺者を拘束し、すたすたと歩いていき、ぬいぐるみを手にしたままもう片方の空いていた手で、暗殺者の頭をがっちり掴み、いとも簡単にぐしゃりと潰した。
血飛沫が辺り一面に飛び散って、魔王の抱っこしていたぬいぐるみ、魔王自身にもべったりと付着してしまい、むすりと不満そうに頬を膨らませた。
「宰相、ぬいぐるみ洗っておいて。あたくしお風呂」
「かしこまりました、魔王陛下」
力の差は、圧倒的。
宰相も初めこそは魔王を殺してやろうと企んでいたが、力の差があまりに大きすぎてしまい、諦めた。
当時は適当な格好をしていた宰相も、今や長髪を首のところできちんと一纏めにし、モノクルを装着し、『シゴデキ風』な格好をしている。
勿論着用しているのは執事服。
魔王はそれをとても好んでくれたらしく、以来、これを貫き通している。
一度気に入ったら、壊れるまで手放さない魔王に気に入られてしまったエリックに、こっそり合掌してから、宰相はぬいぐるみの返り血を洗って落とすべく洗濯場に向かったのである。
「また宰相様がお洗濯を……」
「いつもの暗殺者抹殺があったのね、先代様を慕う気持ちも分かるけれど……」
溜め息を吐いている洗濯場の魔王城のメイドさんズ。




