2:苦労人人生の幕開け
エリックにもしも『過去に戻れるならどうしたい?』と問えば、こう返ってくるだろう。
「――福引やらずに家に帰ってくる、俺、平和に生きたい。平和、好き」
だがしかし、それもこれも見えない糸で引き寄せられてしまったかのごとく、エリックは何度繰り返したとて、買い物の帰りにあの福引をしていただろう。買い物をしなくとも、何らかの形であそこに引き寄せられてから、また引いて、結局のところ勇者認定されてしまったに違いないのだ。
「勇者のおうちって貧相?貧弱?ぼろい?」
「言葉を選びなさい、あとホットミルクで良いか?」
「はちみつ入れて」
「…………あいよ」
あれから、ほんの少しの時間が経過していた。
放っておけば何度も何度も命がけのバトルをすることは間違いなかったから、魔王を手招きして近付いてきたところをがっちりと捕獲したエリックは、そのまま家に連れて入ってから、お行儀よく座ってなさい!と言い聞かせ、ダイニングに置いてあったテーブルセットの椅子によっこらせ、と座らせた。
そうしたら出るわ出るわ、一切の遠慮のない様々なお言葉たち。
きょろきょろとあたりを見渡したら先ほどの家の感想が出てきたし、家に入った直後には『馬小屋?』と可愛らしく首を傾げて問いかけてきた。
「はい、どうぞ。火傷しないように気を付けなさい。あと、保護者どこ!」
「宰相置いてきちゃった」
「置くな」
ありがとう、ときちんとお礼を言ってから魔王は受け取り、こくこくと飲んでいる。
ちなみに、ホットミルクにはリクエスト通りはちみつを溶かして飲みやすくしてやり、一応の気配りをしているたエリックだったが、魔王との会話は基本的にツッコミを入れないと進まないようだ。
「あのね、勇者」
「勇者(仮)なんだが」
「勇者は勇者よ。んもう、あたくしの言葉遮っちゃ嫌」
ぷー、と頬を膨らませた魔王は、ちょうどエリックが自分用のコーヒーを飲もうとカップに手をかけた瞬間を見て、遠慮なくテーブルを下からがごん、と蹴り上げた。
「わああああああ!?」
「キャッチしちゃった。……わぁ、すごいすごい!」
「零れたら大変でしょうが! めっ!」
「むー」
テーブルを(だいぶ強い力で)蹴る→カップが浮き上がってバランスを崩す→だがしかしエリックが受け止めて中身も零れていない。
まさかこんな芸当を披露する日が来ようとは……!と、エリックはバクバクとなる心臓を押さえつつ、きちんと魔王を叱る。
というかこんなこと出来るだなんて思っていなかったのだが、恐らく勇者(仮)になってから、驚くほど身体能力など諸々が強化されているようだった。
「……で、俺を何しに来たんだって?」
「……んえ」
「それ飲んでからで良いから」
「んー」
ごくごく、とホットミルクを飲み干してから、これまたきちんと『ごちそうさまでした』と挨拶をしてからカップを置いて、魔王はにこ、と微笑んだ。
「宰相がね、力を見に行きましょう、って」
「誰の」
「いやねぇ、勇者の」
にこにこと機嫌良さそうに話す魔王は、嘘を言っている気配はない。むしろ本音大爆発、というところだろうか。
「何で」
「勇者ってね、当たり外れが激しくて」
「野菜の良し悪しみたいに言うんじゃありません」
「でね、弱い勇者ってあたくしに負けちゃうから意味ないでしょう?」
話聞けよ、とツッコミを入れたエリックだが、実際のところ魔王の言うことは正解だ。
悲しきことに、勇者にもピンキリある。
そもそも、勇者が選定される=魔王が目覚めている、というところでもあるのだが、今までこんなに早く魔王が勇者に接触してきただなんて聞いたことはない。
それに勇者は魔王に対しての抑止力、という意味もある。魔王と勇者、どちらもいないことは基本的になく、どちらかが生まれれば引き寄せられるように反対も生まれる。
エリックに元々勇者として素質があったのかどうか、と問われれば『はい』と神官は答えるだろうが、勇者に選ばれなかったのは魔王が魔王として覚醒、あるいは即位していなかった、それだけのこと。
「……まぁ、それはそうだけど。弱かった場合殺すとして、だな。次の勇者はどうやって……」
「いやぁね、またくじ引き大会開催よ。ニンゲンって、そういうシステム作り上げたんでしょ?」
「結局くじ引きなんかい!」
「コスパが良い、って言ってたわ」
「……誰だんなこと言った奴……」
「選定している神殿の神官、ちょっと潜入させてから調査しちゃった」
「警備ザルかよ、くそ神殿」
魔王が言っていることは、真実なのだから仕方ない。ついでに勇者だから魔王に勝てる、という絶対的な法則だってない。
「そもそもね、魔王が生まれるから勇者も、ってどっちが先か分からないじゃない?」
「卵が先か、ヒヨコが先か、みたいな話だな」
「そうそう。それに勇者の役割って、あたくしたち魔族からすれば、良い感じのストレス発散相手なんだもん」
何じゃそら、とエリックはコーヒーを飲みながらげんなりしている。
魔王を倒しても倒しても生まれてくるのであれば、双方得する付き合い方をした方が良いのは重々承知ではあるものの、頭で理解しているとて、誰もが行動に移せるわけもない。
それに、エリックはまだ選定の儀を受けていないのだから、本人曰くの『勇者(仮)』というのは本当なのだ。
魔王もそれを理解しているから、さっさと選定の儀を受けてこい、と急かしているがこの魔王のしたいことって何なんだ……とエリックは首を傾げた。
「俺は、選定の儀の詳細は知らない。実際、それを受けてどうなるっていうんだ」
「えーっとねぇ」
顎に人差し指をあて、魔王はうーん、と考えてから、またにっこりと笑う。
「お母さまが言っていたわ。選定の儀を完了させた勇者は、きちんと自分の勇者の力を使えるようになるんだ、って」
「お母さま?」
「先代魔王のことよ。あたくしのおかあさま、先代魔王だったの!」
えっへん、と胸を張っている魔王は笑っている。何となく嫌な予感がしたエリックは、それだけは聞かないでおこう、とぐっと質問を呑み込んだ、のだが。
「魔界では強いものこそ正義、だから殺して魔王になっちゃった!」
「やっぱりいいいいいいい!!」
頭を抱えるエリックと、どこまでも誇らしげな魔王ちゃん(外見年齢10歳程度)。
しかし、選定の儀を終えなければエリックは勇者(仮)のまま。とはいえ、道中襲われてしまえばエリックとしては大変不本意この上ない。
「とりあえず、俺は選定の儀を受けなくちゃいけない」
「知ってる」
「そこにお前……ごほん、魔王がやってきた」
お前、といった瞬間に魔王の殺気がぶわっと膨れ上がったので、きちんとエリックは訂正しておいた。
「一旦、引いてくれないか」
「何で?」
「俺、選定の儀を受けに行かなきゃいけないんだよな?」
「そう」
「だったら」
「せめて、うちの宰相が来るまで待機させてちょうだい。じゃなきゃこの家砂塵にしちゃうんだから」
「俺の家にそういうことすんのマジやめて」
「じゃあ待たせて!」
どちらも譲らない。
だがしかし、このまま魔王を放置して出かけてしまえば、エリックの家が砂になってしまう。それは避けたい、が。
「何しながら待つんだ?」
「大丈夫よ、もうちょっとで来るから。多分」
「分かるのか?」
「うん」
何となく魔王の体がゆらゆら揺れているから、一体なんだろう、と確認してみたらテーブルの下で足をぷらぷらとさせている。
こうしていると、本当に子供のような雰囲気丸出しなのだが、殺戮をはじめたとしたら遠慮もクソもないくらいに行動するのだろう。
辺り一面死体の山が築かれてしまうことは、容易に想像できてしまうから恐ろしい。
「そもそも、宰相に言われて俺のところに来たんだよな?」
「そう」
「一緒に来ればよかったんじゃ……」
「宰相、遅いんだもの。大体手土産って何よ、あたくし知らないもん」
宰相さん、魔族なのに人間臭い一面がおありで……というかきちんとしていらっしゃる!?と、エリックの中で(勝手に)宰相への好感度は上がっていく。
だがしかし、忘れてはいけない。あくまで魔族側の宰相、なのだから。
「あー……えっとな、一応その、気を遣ってくれた、というか……」
「そうなの?」
「そうなの」
あっけらかんとした口調で、へぇ~、と頷いている魔王が、果たしてどこまで分かっているのか。そもそも分かっていないのか、それすら不明だ。
「あ、来た」
エリックがあれこれ考えていると、魔王の言葉の直後にずどん、というとてつもない音と、家の揺れる感覚。
なお、食器棚に置いたカップが運悪く一つ落ちて、ぱりん、と呆気なく割れた。
「俺の!お気に入り!」
「直してあげるから許して?それより勇者、宰相が来たわ」
「は!?」
カップが壊れた悲しみに浸る暇などなく、魔王は椅子からぴょい、と降りてとことこと歩いていく。そして家主の許可無く家の扉をがちゃりと開けてから、扉の前に立っていた者ににこー、と可愛らしく微笑みかけた。
「いらっしゃいませ、宰相」
「魔王陛下……あれほどお一人で行動しないように、と……」
「勇者、中にいるわ。今回は大当たり!」
「おやおや、魔王陛下のお気に召したご様子。宰相は安心しました」
にこにこと微笑みながら会話をしている二人だが、家の中にいる勇者はちょっとだけドン引いていた。
そしてついうっかり、口にも出してしまった。
「ほのぼのしてんじゃない!!とりあえず軽い地震起こしたこと謝らんかい!!」
「……え」
猛ダッシュしたエリックは、勢いのまま玄関先で会話をしていた魔王をふわっと飛び越える。魔王は何となくそうなるのが分かっていたのか、すっとしゃがんでから一歩後ろへと下がった。
そして飛んで高さの出たエリックは、がし、と宰相の頭を掴んだかと思えば、己の体重を思いきり、遠慮なくかけてぐっと下へと押しやる。
宰相はバランスを崩し、顔面と地面が熱い口づけを交わしてしまったのだった。
「ぶっ!」
「わぁ、すごいすごーい」
またもやキャッキャとはしゃいでいる魔王だったが、エリックは腕を組んで仁王立ちしながら低く告げる。
「おいてめぇが宰相か。良いか、人んちに来る時にはな、いきなり殺しにかかるんじゃなくてご挨拶からしろ、って教えておけ!このドアホ!」
地面に思いきり叩きつけられた宰相は、ひくひくとしながら「ツッコミどころ……そこ……?」と、か細い声で呟いたのであった。




