音響都市と異世界の女騎兵の話③
「い、イーリスちゃん……?」
「やっぱり! 久しぶりね、プラティム! ――ていうか、ごめんなさい。怪我はない?」
そう言って女騎兵が差し伸ばした手に男は戸惑いながらも掴まると、ゆっくりとその場で体を起こした。
プラティムと呼ばれたその男は、年齢的には女騎兵と同じくらいの二十代半ば、髪は短めの金髪で丸い眼鏡をかけており、肌は不健康そうなくらいに色白だった。身長はやや低く、体形は丸々として明らかな肥満体である。
(何だ? コイツも近所の知り合いかよ……にしても、なんつーか、如何にも金髪白豚野郎って感じの見た目だな……)
そんな通りがかりの男の見た目に対し、傍で眺めていたカリストロスは内心、あまりに差別的すぎる感想を率直に抱いたりしていた。
「う、うん……大丈夫では、あるけど……」
女騎兵に起こしてもらったプラティムという男は、挙動不審気味に目を泳がせながらも、ボソボソとどもった喋り方で女騎兵に返事した。
その様子にカリストロスはますます、陰キャでコミュ障なオタクそのものじゃないかと、嫌悪じみた感情を覚える。とはいえ、カリストロスの中身である奈浪信二も、けして他人のことを馬鹿にできる人間ではないのだが。
「イーリスちゃん、か、帰って来てたんだね……すごく、久しぶり……」
「本当にね。もう一、二年ぶりくらいかしら? ――っと、紹介するわ。彼はプラティム。彼もまたシエルと同じく、私の幼馴染よ」
そう女騎兵が紹介した為、カリストロスとプラティムの眼が一瞬合う。カリストロスが自然に向けていた冷たい視線に、プラティムは怯えるようにしてすぐ目を逸らした。勿論、プラティム本人からの挨拶や自己紹介などはなかった。
「プラティム。彼はカリストといって、今は同じ冒険者チームとして一緒に行動しているの」
「へ、へえ……そうなの……まだ、冒険者なんて、やってるんだね……」
ブツブツと返しながら、けして好意的に思えない目でチラチラと見てくるプラティムに、カリストロスは何だコイツ、といった目つきで見返した。それにより、プラティムは再び慌てて怯えたように視線を逸らす。
「そういえばプラティムは、今もまだ宮廷魔導師の試験は受けていたりするの?」
しかしそれを女騎兵の方は認識していないのか、彼女の方はあくまで久しぶりにあった友人に対し、気にすることなく、いつものにこやかな様子で話していた。
「いや……もう、あれは諦めたよ……どうせ、この国の腐った無能共じゃ、僕の実力は理解しきれないだろうから……この前出した、僕の研究成果にも詰まらない駄目出しばっか、してきやがったし……この国の上の連中は駄目なヤツらばっかだよ。偉そうなだけの魔法省も、愚図な国軍も、馬鹿みたいな王家や貴族共も、何もかも、ぜーんぶ駄目駄目……」
「そう……因みに、どんな研究内容を提出したの?」
「魔物の死体を素材に使った、キメラゾンビゴーレムさ……ぼ、僕の死体操作術と人形操作術を組み合わせた、画期的な戦闘用傀儡……このゴーレムは生物じゃないから、損傷なんて物ともせずに稼働し続けられるし、劣悪な環境でも運用できるし、材料にした魔物のパーツ次第で様々な状況にも対応可能……何より、コイツで倒した敵の死体をそのまま利用して自軍の戦力を更に増強できる優れものだ。これなら、魔王軍だろうと他国の軍だろうと、有用な国防兵器として活用できる筈……」
女騎兵に訊かれたことで、プラティムは自分の魔法技術による成果をベラベラと喋りだした。途中から説明がやたら早口になってきた為、カリストロスはオタク特有の気持ち悪い話し方みたいだなどと、露骨に見下していたが。
「だというのに、魔法省の審査官共は不気味だの気色悪いだの、製作者の倫理観を疑うだの、くだらない理由で即不採用を突き付けやがった……僕の才能に嫉妬しているから、自分たちの立場が危うくなるからって……僕が活躍出来ないように、その全てを否定してきたんだ! ……だから、いっそ僕の方から見限ってやった! こ、この国の無能連中の頭じゃ、僕の技術の凄さと素晴らしさに気づくことはないからね!」
(うーん、なんかまるでどっかのダニ――じゃなかった、妖魔士団長の切札みたいな発想だなあ。その研究成果ってヤツ……)
「そ、そっか……貴方も色々、大変な思いをしたのね。――せめて、代替品になりそうな他の素材を使ったゴーレムなら、魔法省の人達も目を向けてくれたかもしれないんじゃない? プラティムの傀儡作成技術の高さは大したものなんだし……」
「いやいや、それじゃあ一般的なゴーレムと大差ないよ。石や木、金属といった素材じゃ機動力に難が出るし……何より運用コストの問題が解決しない。素材には絶対、生き物の肉を使うべきなんだよ……!」
「な、なるほど……」
(おいおい、流石の絵に描いた善人な女騎兵でもちょっと引いてんじゃねえか……)
一通りの会話を眺めていてカリストロスがそう思ったところで、プラティムはずれた眼鏡の位置を直すと、一旦自分を落ち着かせるように息をついては、再び話しだす。
「と、ところでさ、イーリスちゃん……ここで会えたのも、何かの縁というか……」
「ん?」
「その……よ、良かったら、冒険者なんて辞めて、僕と一緒に魔法の研究をやらないかい? イーリスちゃんも魔法使えるし……そ、それに冒険者としての活動はすごく危険だろ? 実際、シエルのヤツは死んじまったんだからさ……」
プラティムは両手をもじもじとさせ、眼を合わせられないながらも、必死に女騎兵へ事実上の勧誘の言葉を告げる。
「……ごめん、プラティム。誘ってくれたのは嬉しいけど、今の私は彼の意思を継いでやる事があるの。だから、まだしばらくは冒険者としての活動を続けるつもりよ」
しかし、当然ながら女騎兵はその誘いを断った。そんな彼女の返答に、プラティムは酷く残念そうに視線を落とす。
「……ああ、そう……」
そして、今まで脇に抱えていた小包らしき荷物を強く、力を込めて締め付けたかと思うと、唐突に彼女へ背中を向けた。
「そ、そういえば、僕、用事があったんだった……それじゃあね……」
これまた挙動不審気味に消え入りそうな声でそう言った後、プラティムは女騎兵の前から離れていってしまった。
「あっ、プラティム!」
そのような彼に、女騎兵は呼び止めるかのようにその名を叫び、プラティムはちらりとだけ振り返る。
「今はちょっと忙しいんだけど、そのうちまた一緒に食事でもしましょう?」
優し気に微笑みながらそう言った女騎兵の言葉に、プラティムは何とも複雑そうな顔をしながら、その場より小走りで立ち去っていった。
「……変なヤツだったな」
「そう言わないで。単に彼は、昔から人付き合いが苦手なだけよ。色々と誤解されやすい性分なんだけど、けして根は悪くなんかないわ」
「人付き合いが苦手……ね」
(まあ、コイツは余程じゃない限り、人を悪く言う事はないだろうが――何だろうな。俺が言うのもなんだがあの豚野郎、とてもじゃないが碌なヤツには思えなかったぞ?)
別に言う必要もない本心をカリストロスは述べたりしなかったものの、それでも彼は、今あった男にはどうにもおかしなものを感じていた。
通常であれば、カリストロスが普通の異世界現地人相手に大した感情や関心を抱くことはない。だが、先の男にはどうにも妙に引っかかる感覚があった。
不快感、嫌悪感、拒否感……言語化しにくくはあるが、それに似たようなニュアンスの何か。とはいえ、相手はただの人間だ。気に掛けるような存在ではないと、カリストロスはすぐに頭の中から彼のことなど放り捨ててしまった。
「――もう日も暮れる。あの二人も戻ってるだろうし、今日は宿に帰ったらどうだ?」
「ええ、勿論そのつもりよ。二人と合流したら、夕食ついでに今日の報告会をしましょうか」




