破滅匂わす異世界の前奏曲の話①
ザハトーヴェンに来てから三日目の朝、カリストロス達の宿泊している宿屋にて。
今日のところはひとまず、各自フリーで行動して良いという事に決まっていたので、カリストロスはいよいよ、この国の王宮に攻め込もうと考えていた。
王宮内を電撃的に制圧し、王族たちを拘束した後、宝物館を始めとした、街中にある高位のマジックアイテムを隈なく集めさせ、それを携行可能な魔力リソースへと変換させる――その計画を実行に移せば、まず間違いなく、今一緒にいる者たちとの関係は完全に瓦解することだろう。
だが、彼としてはそれで良かった。この、とにかくダラダラと続けた芝居も終わりの時が来たのだ。
自分のやる事は決まっている。自分のやれる時間は限られている。今のカリストロスが最も優先する目的は、自分をこの異世界で一番コケにしてくれた怨敵への復讐及び打倒。それを成さなければならない。故に今日、カリストロスは仮初の冒険者から元の恐ろしき魔人へと戻るのだ。
そんなことを心の内で忍ばせるように考えながら、暁の風の面々との最後の朝食を口にしたカリストロスであったが、
「――お前達が冒険者チーム、暁の風の者たちだな? 我が騎士団の総長閣下が直々に、お前達との面会を望んでいる。なので、これよりすぐに司令部へ出頭せよ」
四人が食事等を済ませてから宿屋を出た途端、まるで待ち伏せていたかのように、宿の玄関口にて複数人の兵士に取り囲まれ、そのような威圧的な言葉を浴びせられた。
「出頭って……一体、何のつもりですか? 第一、貴方がたから高圧的に命令される筋合いでもありませんが」
そんな兵士の一人に、女騎兵は気に入らないとばかりに正面切って言い返す。その彼女らしからぬ顕著に攻撃的な態度は、ツァートルテにて伯爵と面会した時のそれに似ていると、カリストロスはふと思い出した。
「いいから、大人しく我々について来い。口答えしない方が身の為だぞ?」
「脅しているんですか? しかしですね、何処の国家でも冒険者に組合を通さぬ依頼で命令の強要は出来ないという、世界共通の規約が――」
「――イーリス。ここは私の顔に免じて、どうか指示に従ってくれないか?」
すると、兵士たちの集団の中から一人、三十代くらいの一際屈強且つ精悍な男性騎士が現れては、女騎兵へと声を掛けてきた。
「――ッ! 貴方は、ベレロフ団長!」
その男性騎士は女騎兵の知り合いだったらしく、顔を見た途端に彼女は驚きと困惑の反応を示す。
「久しぶりだな。しばらく会わない間に、随分と活躍しているそうじゃないか。数日前に調査騎士団からも報告が上がってきていてね。各地で数々の強力な魔物を討伐していると聞いたよ」
「調査騎士団……」
その言葉に、女騎兵は内心で舌を打ちたくなった。今の自分たちが晒されている状況は、確実にシュトルーデルで会った調査騎士団の者が自分たちのことを告げたからこそ、起こったものだからだ。
だが、まさかここまで早急に直接的なアプローチを取られるとまでは予想出来ていなかった。特に今、女騎兵が話している男性騎士を寄越してきたというのが、あまりに露骨的すぎる。
実は、女騎兵がベレロフと呼んだ男性――彼は女騎兵が過去に在籍していた天空騎士団の団長、つまりは元上司である。そんな知古の人物をわざわざ差し向けてきたとなれば、此度の事態は明らかに前以て計画されていた状況だと簡単に推察できた。
おそらく、昨日の時点で自分たちがザハトーヴェンにいるという事は知られていたのだろう。しかし何故、単なる一冒険者チームに過ぎない暁の風を国軍の兵たちが連れていこうとしているのか、それがあまりに不可解でならない。
「君のチームのモンスター討伐実績は、昨今の国内における冒険者たちの中でも最上位に匹敵している。情報によれば、リンツ伯領地内の農村を軒並み壊滅させた、白級の未知なるモンスターを次々倒しているのは君らなのだろう? 現在、王国軍では実力ある冒険者の戦力参加を求めていてね。総長殿は是非とも、暁の風の君たちにも力を貸してほしいと仰られているのだ」
「……それにしては、かなり強引過ぎる接触の仕方だと思いますが。これって、勧誘どころか殆ど連行みたいなものですよね?」
「すまない。それに関しては、私も否定は出来ない。だが、君の元上司である私がわざわざ遣わされたという意味も考えてくれ。確かに君たちには申し出を断る権利があるのだが……もし断った場合、色々と面倒な事態になってしまうのは君も理解できるだろう?」
察してくれ、と言わんばかりの表情をしながら告げた天空騎士団の団長に、女騎兵は数秒の沈黙の後、深く息をついては仲間達をの方を振り向いた。
「悪いけど、みんな。ここは――」
「大人しくついていった方が良いだろうな。ここまで既に根回しされているならば、俺たちがもし断って強硬手段に出た際の対策も当然、取られている事だろう」
「私も下手に事を荒立てない方が無難かと思います。とりあえず、今のところは穏便に済ませて様子を伺うべきかと」
(おいおい、なんだか面倒くさそうな事になってきたなあ……)
◇
その後、暁の風の一行はザハトーヴェン内にある、王国軍の司令部へ連れて行かれることとなった。
施設の中に入ると、四人は天空騎士団の団長と共に、執務室らしき部屋へ案内される。そこには、大柄で厳つい壮年の男が一人待っていた。
「諸君、この度は無理やりな形で呼び立てることになってしまい、誠に申し訳ない。私は王国騎士団の総長を務めるゲオルギアだ」
如何にも軍組織のトップだと一目で判る格好と風貌をした男は、あくまで表面的な笑みを浮かべながら、部屋に通された一行に話しかけてきた。
「諸君らに来てもらった理由は言うまでもない。既にベレロフ団長からも聞いているだろうが、我ら王国騎士団は現在、オストマークの最重要地たる首都防衛の為、国内にいる上位の冒険者チームを対象に召集を掛けている。どうか暁の風の君たちにも、王都を守る戦力の一員として加わってもらいたい」
その言葉に、彼の真正面に立つ女騎兵は露骨に眉を顰めてみせた。
「王都を守る戦力……ですか。その王都とは、ザハトーヴェンに住む市民全員が対象ですか? それとも、王家や貴族といった一部の要人のみを差すのでしょうか?」
「何?」
「いえ、魔王軍が復活して以降、事実として王家は首都方面――もとい、王家の主要領地に兵力を過剰集中させ過ぎだと思います。既に充分すぎる戦力が揃っている以上、私たちの参加は不要であると考えますが」
臆せず物申した女騎兵に、傍にいた天空騎士団の団長は焦った顔をし、総長の方はやれやれと言わんばかりに溜息をついた。
「何を言うかと思えば……戦力は可能な限り、整えておくに越した事はない。それに王家の人間や貴族を最優先で守護するのは、騎士団として至極当然であろう」
「ですが、この国はあまりに首都以外の地方、そして立場の低い人間を蔑ろにし過ぎです。国と民を守れと言うのならともかく、権力者の生命と財産を守る為に力を貸せと仰るのであれば、私達は騎士団への参入を断らせていただきます」
「おい、イーリス! 総長殿に対し、あまりに無礼だぞ!」
「……ベレロフ団長。君の元部下は実に高潔な思想の持ち主であるな。それは言い換えれば、現実が見えていないとも言うが」
暗に呆れている物言いで告げた総長に、女騎兵はムッとした目で睨み返す。
「いいかね? 王都とは、人体でいうところの頭、更に言えば王家はその中でも脳にあたる。そこが失われれば、如何に他が残っていようと全てが終わるのだ。頭をやられるのは、どんな生き物にとっても致命的だろう。そんな王都に最も戦力を集中させて守ろうとする事の何がおかしいと言うのかね?」
「だとしても、他がどうなっても良いという事にはならないと思いますが。――それに、私は国軍が正規の騎士団を有していながら、わざわざ冒険者まで徴兵しているという事にも疑問を覚えます」
「ほう?」
「流石にご存じと思いますけど、中立の立場である冒険者に国家運営に関する活動を強いるのは、何処の国でも例外なく禁止されています。依頼として組合を通し、任意で契約を結ばせるのならともかく、直接的なアプローチでほぼ強制じみた圧力をかけるなんて……立派な規約違反に該当します。そんな事を平気で行う方々には、到底協力することは出来ません」
「なるほど、確かにその決まりは勿論、承知している。――だが、それはあくまで冒険者が国家間の戦争や工作等に利用されないようにする為のものだ。此度の件は人同士の争いではなく、あくまで人類共通の敵たる魔王軍の魔族や魔物からの国土防衛が主目的。故に冒険者組合との取り決めには抵触しない」
「それは些か、認識が誤ってます。たとえ相手が人外の怪物とはいえ、徴兵を強要することは――」
「むしろ、組合は登録下にある冒険者に対し、人類の生存圏を脅かす脅威の出現には、対処に尽力することを義務且つ基本理念としている。ならば、諸君らは率先して我々の要請に応じるべきではないかと思うのだがね?」
一国の騎士団を纏めあげる立場の総長というだけあって、声を荒げずとも厳格に言い返し続ける彼の言葉に、女騎兵も思わず気圧されそうになってしまう。
「……っ! 詭弁を……結局は、脅迫じみた干渉をしておいて、よくもそんな……」
「総長殿。僭越ながら、ここは“例の件”についてご説明していただいた方が、彼女も我々の勧誘に納得してもらえると思うのですが……」
すると、張り詰めた空気感の中で見かねたように天空騎士団の団長が割って入っては、そのような提案を口にした。




