音響都市と異世界の女騎兵の話②
「アルカ!?」
屋敷の玄関口から発せられた声に女騎兵も反応し、女二人は同時に互いの元へ近寄っていく。
声を掛けてきた相手、それは女騎兵――イーリス・レイゲンの実妹である、アルカ・レイゲンその人であった。
「姉さん……今頃、うちに何しに来たの? 私の結婚式の時だって来てくれなかったのに……」
「ごめん、アルカ……貴女が結婚したという事も、実は今日聞いて初めて知ったの。それと父さんが大変な事になってるって話も……」
「ええ、そうよ。そのせいで私は新婚早々から散々な生活……せっかく一緒になったオズマさんも、婿養子になった矢先にまさかこんな目に遭うとは思わなかったって、私への態度も一変してしまったわ……もしかしたら私、そのうち彼から捨てられちゃうかもしれない……」
「アルカ……」
泣きそうな声色で言った妹に女騎兵は心から同情と心配の表情を見せたが、それに対して妹は苛立ちを滲ませた目つきで姉を睨んだ。
「姉さんはいいわよね。家がどんな事になろうと関係なく、冒険者として好き勝手できてさ……姉さんが急に出ていってしまったから、私がその代わりとして色んな事を押し付けられたってのに……私には、姉さんみたいな自由なんて無かったのに……」
「……ごめんなさい。確かに私の行いのせいで、貴方に迷惑をかけてしまった事が沢山ある。でも、だから私は――」
「思えば、姉さんは昔からずっと、自分のやりたい事やりたい様にやってすごく自分勝手。父さんの反対押し切って王国騎士団に入るし、かと思えば、せっかくなった天空騎士団の副長辞めて冒険者なんかになっちゃうし……そりゃあ、父さんから勘当されて当然だよ」
「……そう、よね……」
溜めこんだ怒りを吐き出すような剣幕で捲し立てる妹に、女騎兵は心から申し訳なさそうにしながら、言葉を詰まらせるばかりである。
「……でもね、正直言うと私、そこまでは別に悪くは思ってなかったんだ。だって姉さんが騎士団に入ったり、その後に冒険者になったりしたのって――シエルさんと一緒にいたかったからでしょ?」
「…………」
シエル、という人物の名を差した言葉に、女騎兵の後ろにて話が聴こえていたカリストロスは、ふと目を細める。
というのも、その名前自体にはカリストロスも一応、覚えがあった。何を隠そう、それはニロコ村にてメタビーストから女騎兵を庇って死亡した、あの盾騎士の名前であったのだから。
「それは、私にも理解できた。むしろ、羨ましいとさえ思ってた。だから私、心の中では姉さんを応援したりもしていたの。――でも!」
そこまで言うと、女騎兵の妹は更に厳しい声色と目つきで、目の前の姉を突いてきた。
「シエルさん、亡くなられたんですよね……冒険者としての活動中、モンスターに殺されたって、シエルさんのお母さんから聞きましたよ。姉さんが家まで直接伝えにきてくれたって……でも、自分の家には立ち寄りませんでしたよね……結婚した、私には会いに来てくれませんでしたよね……」
「アルカ、私……」
「それが今頃になって、私に会いに来て……もう心細いのなんて、とっくに通り過ぎたというのに……」
妹の顔と声に現れているものは、もはや憎悪であった。それも好きだった者、敬っていた者から裏切られた事に対するような、とても暗いものであった。
「更に言えば私、姉さんなんて見下げ果てました。あれだけシエルさんを追いかけておきながら、いなくなった途端にもう新しい男を作ってるんですね。しかもわざわざ家にまで連れてきて……私に見せつけるつもりだったんですか? 私への当てつけのつもりですか!?」
「ち、違うわ、アルカ! 彼とは、けしてそんなんじゃ――」
「いいですよ、もう何でも! 私、姉さんなんかもう見たくありません! 二度と家には近づかないで下さい! そもそもな話、姉さんは勘当されてるんですから、家族でも何でもありません!」
そう叫ぶように怒鳴りつけると、女騎兵の妹は屋敷の中へ引っ込んでいってしまった。それに対し、女騎兵は――イーリスは追いかけることも、呼び止めることも出来ず、ただ立ち尽くすのみであった。
「アルカ……」
「…………」
◇
それから、女騎兵の実家である屋敷を離れた後の帰路にて、
「……ごめん、カリスト。変なもの、見せちゃったわね……」
とぼとぼと暗い面持ちのまま歩く女騎兵の言葉に、カリストロスは隣で小さく息をつく。
「まあ、別にいいけどさ。――それより、シエルってあの盾野郎のことだろ。アイツもこの街の出身だったっけな」
「うん、そう。彼の家って、ちょうどそこなの。シエルとは幼馴染だったから」
そう言うと、女騎兵は目の前に見えている家屋の一つを指差す。
「確かに私、妹の言う通りに昔から自分勝手な女よね……自覚が無いから、尚更質が悪い。でも、私は彼の――シエルの掲げる理想がとても眩しかったの。心を焼かれていたの。どれだけ周りが彼を馬鹿にしても、彼を支えていたかったの。一緒に……寄り添い続けていたかったの」
「……まあ、確かに馬鹿みたいなヤツではあったな。とはいえ、善人を絵に描いたような馬鹿同士、お前達はお似合いだったとは思うぞ」
すると、彼なりに気を遣ったのかどうかは知れないが、カリストロスにしては珍しい物の言い方をした。
「……そう」
その言葉に、女騎兵は何を思ったのか、傍からでは判別の難しい表情で返事を零す。
「ねえ、カリスト。カリストには……大切な人って、いる?」
「は? 何を急に……さあな。ぶっちゃけ、どうでもいい」
「……そっか。でも、出来たら良いわね、そういう人」
「俺には必要なものに思えないが」
「そんな事、ないんじゃない? 少なくとも、価値観や人生観は大きく変わると思うわ。貴方だって、いずれそういった人が――」
などと、そのような話をしていた時、道の角に差し掛かったところで、建物の影より飛び出してきた何か――もとい、走って来た誰かに女騎兵は思いきりぶつかってしまった。
「いてっ!」
「あいたっ!」
ぶつかった反動で女騎兵は尻もちをつき、相手側の方もどすんと大きな勢いをつけて倒れ込む。
その人物は太った体形の青年で、手に抱えて持っていた小包らしき荷物を路面に転がしては、体をぶつけた痛みに呻いた。
「っぅ……」
「ご、ごめんなさい! ぼうっとしてしまって――て、アレ?」
流石に冒険者として鍛えているだけあって、ただの人間に突き飛ばされたぐらいでは、女騎兵は特に怪我は負わなかった。それからすぐに起き上がり、目の前でまだ倒れている男性を助け起こそうとしたところで、何かに気づいたようにその顔を覗き込む。
「貴方、プラティム!?」
女騎兵が急に呼んだ声に太った男は顔を上げると、少し困惑しながら彼女の顔を見返した。




