音響都市と異世界の女騎兵の話①
暴れ狂ったベヒモスとランボスの大群、それからメタビーストによるシュトルーデルでの襲撃事件から数日後。
カリストロスや女騎兵たち四人は、調査騎士団が街から撤退した後にシュトルーデルを出立し、現在はオストマーク国首都のザハトーヴェンへと訪れていた。
因みに王都へ到着したのは夕方であった為、宿で一晩を明かした後、一行は朝食を取ってからいよいよ、この街での本格的な行動を開始するに至る。
「――それじゃあ、昨晩話した通り、今日は二手に分かれて情報収集といきましょうか」
他の仲間を見回しながら言った女騎兵に、男魔剣士と女呪術師が頷く。
「ああ、冒険者組合の集会所や酒場なんかは俺と女呪術師で行ってくる」
「本来、別のチームである私たちだけならば、変に目を付けられることもないでしょうからね」
「ええ、そちらは任せたわ。私とカリストの組は商人ギルドの方を探ってみるから。カリストもそういう事でいいわね?」
と、女騎兵から話を振られたカリストロスは、
「――え? 俺も一緒に行かなきゃいけないのか?」
などと、ここに来てまるで初めて聞いたかのような反応を返した。
当然、今の三人が述べていた内容は既に話し合いのあったものの確認に過ぎなかったのだが、カリストロスとしては予てより計画していた、ザハトーヴェンでの魔力源収集活動に着手するつもりだったのだ。
「アンタ、相変わらず話を碌に聞いてなかったな? 昨日の打ち合わせの時点で言っていただろうが。……まさかとは思うが、その“妙な格好”で自分だけ、好きに街をほっつき歩こうだなんて考えてないよな?」
男魔剣士から呆れ顔で悪態をつかれたカリストロスは今、灰色のケープマントを軍服の上から羽織っており、しかも顔を隠すようにそのフードを深く被っていた。
というか、実際に隠していた。このマントはシュトルーデルにいた際に彼が購入したものだが、一時的とはいえ、本来の能力を取り戻したカリストロスは容姿もまた元に戻っている為、もしかしたら、彼の素顔を知っている者に出くわさないとも限らないと思ったのである。
そうでなくても、ただでさえ今の彼の顔は、この世界においてかなりの美形であるので、場合によっては余計な目立ち方をしかねない。そういった事態を危惧して、他の仲間達からは唐突な様に思える装いをカリストロスはしていたのだ。
「そういえば、カリストがそういうの自分で買うって珍しいわよね。そんなに気に入ったの、そのマント?」
「悪いかよ」
「ううん、別にそうは言ってないけど――」
「その如何にも顔を隠す為の外套、明らかに怪しいぞ。アンタ、やっぱ何か別の目的があって、ザハトーヴェンへ来たがってたんじゃないだろうな? 一体、何を企んでいる?」
「いちいち、うるさいな。俺が何を考えていようと、俺の勝手だろうが」
面倒そうに舌を打ったカリストロスに、女騎兵は宥めるように声を掛ける。
「カリスト。悪いんだけど、今日のところは私に付き合ってもらえないかしら。一通り調査が済んだら、その後は好きにしてもらって構わないから……」
あくまで穏便に、頼み込むように告げた女騎兵に、カリストロスは男魔剣士の時と違って、どうにも困った様子で息をつく。
何だかんだ彼女らに流されて、シュトルーデルではダラダラとしてしまったが、本来なら今の彼に余分なことをしている時間はない。戦闘で能力を行使しなくとも、彼の保有魔力は時間の経過とともにちょっとずつ減少していってるのだ。その前に、その消費した分を上回る大量の魔力リソースを確保しなければならない。
故に、ここで彼らと無理やりに別れてでも、彼は自分の目的の為の行動に移らなければならなかったのだが――
「――仕方ないな。でも何で、お前が商人ギルドの方担当なんだ?」
結局、カリストロスはこれまで通りに、女騎兵たちと共に行動する選択を取ってしまった。こんな事をしている場合ではないのに、と内心で思っていながらもだ。
「……カリストさん。私から言うのも何ですが、話を聞かなさ過ぎるのも大概だと思いますけど……」
それはさておき、カリストロスの発言に普段はなかなか文句を言わない女呪術師までも、今日は男魔剣士同様に苦言を呈する。
「まあまあ……えっとね、カリスト。この街にある私の実家は商業を営んでて、その関係で商人ギルドの方に昔からの知人がいるの。だから、その人のいる組合所を訪ねて、王都に今来ている行商隊なんかの情報を教えてもらうつもりでいるのよ」
「ふーん……でも、その聞き込みに俺って必要か?」
「始めから不要な無能扱いでもされたいのかよ。サボりたいっていう魂胆は見え見えだが、アンタもパーティの一員なら少しは協力の姿勢くらい示せ」
その無能扱いしてくれた方が今は都合が良いというか、いっそ追放でもしてくれた方が助かるとカリストロスは心の内で思っていたが、まあまず女騎兵の性格からそんな事を言う筈はないだろうとも、彼には判りきっていた。
「それとも、カリストは……私と一緒に行動するのは嫌かしら?」
それどころか、どこか悲し気な表情を垣間見せた女騎兵に、カリストロスは自分でもよく分からない感情を抱きながら、苛立たし気に頭を掻く。
「誰もそんな事、言ってないだろ。……分かったよ。今日くらいは大人しくついてきてやる」
素直じゃない態度ながらも、そう返したカリストロスの言葉に、女騎兵は嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「ありがとう、カリスト。振られなくって安心したわ。――それじゃあ二人共、また後でね」
「ああ。一応、先日の調査騎士団の件もあるから、こちらも警戒はするが、そちらも気を付けるようにな」
◇
カリストロスと女騎兵は他二人と別れた後、打ち合わせ通りに早速、街の商人ギルドの組合所へとやってきた。
既によく知っているといった足取りで手続きを済ませる女騎兵に、カリストロスはただ黙ってついていくだけであったが、しばらくして、女騎兵は施設内にて目当ての人物と面会する。その相手は剃った頭に濃い口髭の中年男性であったのだが、
「おや、アンタはレイゲンさんとこのお姉さんの方じゃないか。随分とまた久しぶりだなあ」
その男は女騎兵と昔からの知った仲といった感じで、気安い調子で笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「お久しぶりです、ヘンドラーさん。ちょっとお伺いしたい事があるんですが、宜しいですか?」
それから女騎兵は彼と話をし、求めていた情報を難なく手に入れるに至った。
「――ありがとうございます。情報提供にご協力いただけて助かりました」
「ま、君の親父さんには世話になってるし、このくらいはね。――とはいえ、君はしばらくこっちに戻って来てなかったみたいだけど、実家が今どんなことになってるのかは知ってるかい?」
すると、急に神妙な顔をして話を切り出した組合所の男に、女騎兵は眉を眇める。
「え? いや、私はもう勘当されてる身ですので、実家には長いこと帰っていないのですが……何か、あったのですか?」
そう答えた女騎兵の発言に、今まで一言も発さず傍でぼーっとしていたカリストロスは、コイツ親から縁切りされてたのかよ、と内心驚きながら彼女の方を見た。
「あー、やっぱりそうか。妹のアルカちゃんの結婚式の時にもいなかったしなあ。知ってる訳もねえよなあ……」
「ええっ!? アルカ、結婚したんですか!?」
途端、急に大きな声で叫んだ女騎兵に組合所の男は肩を竦める。
「おいおい、そこからかい……と言いたいところだが、まあずっと冒険者やってたんなら仕方ないか。そう、アルカちゃんはとっくに結婚してるよ。テトロードさんとこの坊ちゃんとね。ただ……」
組合所の男は口髭をボリボリ掻くと、どうにも煮え切らない顔をしながら話をしだした。
「ちょうどアルカちゃんが結婚して一、二カ月後くらいに君の親父さん、デカい事業に失敗しちまってね。今、かなり莫大な負債を背負っちまった状態なんだ。だから、屋敷も売り払わなくちゃいけなくなったくらいに困窮しているらしいし、娘の結婚早々、大変な目にあっていると随分話題にされているんだよ」
「そ、そんな事が……」
「…………」
◇
商人ギルドの組合所を出た後、女騎兵とカリストロスは教えてもらった行商隊などを訪ねに行き、色々と情報を集めていった。
結果として――凶暴化した魔物が集落地を襲うケースが爆発的に増えた、目撃例のない謎の魔物が出るようになった、次々と辺境の農村が滅ぼされている、夜に小規模だがよく地震が起こるようになった、などといった話が得られた。だが、魔王軍に関する直接的な手掛かりとなるものは、残念ながら特に無かった。
そうして日も暮れ始めた頃、一頻り聞き込みも終わったところで、
「……ねえ、カリスト。悪いんだけど、向こうの二人と合流する前に、ちょっと実家の方に寄ってもいいかしら?」
女騎兵は不安や心配を無理やりに押し隠した顔をしながら、カリストロスへそう聞いてきた。
「ん? まあ、別に構わないが……でもお前、もう勘当されてるとか言ってなかったか?」
「ええ、そうなんだけど……でも、流石にちょっと気になってね……」
その後、二人は少し歩くと、ある大きな屋敷の近くまでやってきた。そこが女騎兵の実家であることはカリストロスでさえも簡単に判ったが、当の本人は家の傍まで来ておいて、玄関までは近づくことなく、何とも複雑そうな表情で屋敷の全景を見つめ続けている。
「…………」
「へえ、お前って結構裕福な家の出身だったのな」
せっかく来ておきながら、いつまでも黙って家を見上げているままの女騎兵に、カリストロスはいつもの空気を読まない調子でそんなことを言った。
「でも、それが何でフリーター同然の冒険者なんてやってんだよ。そのまま実家にいりゃ、何不自由なく安全に暮らしていけただろうに」
「それは、確かにその通りだけど……私はそれを犠牲にしてでも、追いかけたいと思ったものが出来たから……」
カリストロスの言葉に、女騎兵は言い淀みながらも返答を述べる。
「――イーリス姉さん!?」
すると突然、屋敷の中から一人の若い女性が現れると、女騎兵とカリストロスのいる方に向かって声をあげてきた。
その女性はまだ二十歳前後といったくらいで、女騎兵と同じマロンペーストのような髪色に青い瞳をした、エプロンドレス姿の人物だった。




