成れ果てし異世界の黒き民の話③
(念話での会話だと……?)
発声に依らないコミュニケーションの取り方、加えて何より、この世界で初めての会話を可能とした現地人の登場に、ルヴィスは内心で驚きながらも眉を顰める。
『そして、ご客人たちもよくここまで来てくれた。私の名は《サテリッタ》。この《フォーセン》の民を纏めている長である。発声の出来ぬ身故、念話で話しかけることをどうか容赦されよ』
(フォーセンの民? この黒鎧の者たちは、フォーセンという名の種族なのでしょうか……)
すると、知り合いらしいディアンと違って初対面である一行へも声を掛けてきたことに、サフィアは内心でそのように思った。直接の会話こそ出来ないとはいえ、とりあえず現状では落ち着いた意思疎通の取れる相手であることを認識する。
「サテリッタ……? その名は、エルジアの聖女と同じ名前ですわね。何か関係があったりするのでしょうか……」
黒鎧たちの長による自己紹介後、コメットが何かに思い当たるような反応を示しながら、ふと呟きを口にした。
『――コメット殿。先にも言われたように、このサテリッタ殿はこちら側も念話で語り掛けねば、話は通じないのでご留意を』
そんなコメットに、ディアンは軽く注意するように告げる。
『コメット……? 今、コメットと言ったのか、ディアン殿?』
だが、その念話の言葉に黒鎧たちの長――サテリッタは、食いつくようにしてディアンへと尋ねた。
『ん? ああ、私の連れて来た者たちのうち一人は、旧文明時代の神子本人であるコメット殿という。どうも聞く限りでは、私のいた世界の遺跡より封印から目覚めたのだそうだが――』
『コメット様!!』
途端、サテリッタは勢いよく椅子から立ち上がっては、ズカズカと進み出るようにして、コメットの元へと向かっていた。その様子にディアンやルヴィス達だけでなく、周りに整列した他の黒鎧らですら、驚いてしまっている。
その場にいた殆どの者が困惑している中、サテリッタは一切気にせずコメットのすぐ目の前までやってくると、彼の両肩を包むように手で触れた。それから数秒ほど触れ続けたところで、
『ああ、この清浄なる魂の波動、本物のコメット様だ……! お久しゅうございます! まさか、貴方様もまた生きておいでとは……!』
サテリッタは、これまでの年長者的な口調から一変して、まるで年若い女性のような話し方になった。むしろこっちの方が素なのだろうと、聴いていた綾美にはそう思えてしまった。
『その物言い、貴方もまたサテリッタ本人なのですわね……。貴方に触れられたことで、私もすぐに感じ取れました。まさか、何万年も時が過ぎた後の世界で再会が叶うとは……』
そのような彼女からの言葉に、コメットは真っ直ぐ見つめ返しながら返事をした。その時のコメットの微笑みは、古い知己に出会えたことを心から喜ぶ、柔らかいものであった。
『ええ、私も同感でございます……っと、これは御無礼な真似を! どうか、お許しくださいませ……!』
急にコメットの足元で跪いてしまったサテリッタの様子に、ルヴィス達よりも周囲の黒鎧たちの方が動揺する状況となってしまう。そんな混沌としだした空気感の中、戸惑いながらも綾美はコメットへ声を掛けた。
「えっと……知り合いなんですか、コメットさん?」
『はい。この方はリムンドゥス教団のエルジア帝国支部に勤めていた司祭にして聖女、サテリッタ殿その人でした。《天啓の聖眼》という、千里眼に類似した先天的能力をその身に宿されている、とても優れた方だったのですわ』
『いいえ、私など神からの御言葉を直接お授かりになれるコメット様に比べれば、大した者では……』
『謙遜する必要はありません。それに跪く必要もありません。もう教団は時の彼方に消え去って久しいのですから、私と貴方の間に上下の関係なんてものはありませんわ』
『コメット様……! 私などに勿体なき、お言葉を……!』
サテリッタは未だに恭しい態度を取り続けようとしていたものの、優しい視線で見下ろすコメットからの意を汲み、その場より静かに立ち上がった。
『それよりも、今のエルジアのことなどについて、色々と教えていただいても宜しいですか? 貴方も私達に用があるみたいですが、我々としてもこの世界に詳しい者から話を伺いたいのです』
『承知致しました。それでは、落ち着いて話の出来る別室へご案内します。――どうか、こちらに』
そう言ったサテリッタは今いる部屋を出ていき、一同もそれに続く。そして少し歩くと綾美たちは、長いテーブルに幾つもの椅子が並んだダイニングルームのような別室まで連れて来られた。
因みにだが、さっきまでの部屋にいた他の黒鎧たちから、サテリッタに同行してきたのは四人だけだった。彼らは綾美たちが全員入室してしまった後、部屋の扉前に警護として並び立つ。そうして、一同が席についたところで、これまた部屋の中央奥の椅子に座ったサテリッタがいよいよ話をし始めた。
『まず、私からの要件を話す前に一つ確認を……コメット様、含めご客人の方々は今のエルジア大陸について、ほぼ何も知らないということで宜しいのですね?』
『ええ。ですので、詳細を説明してもらえると助かります。それを先に聞かせてもらった上で、こちらからも質問をしていきたいと思いますわ』
『了解しました。では、コメット様も知らない筈でしょう、厄災時の話からしていくとしましょう……』
それから数秒の沈黙、吸い込まれるような無音の後、サテリッタの語りが各々の頭の中へ静かに届けられた。
『時は厄災の第三波が来て暫く経った頃……国内の半分以上を壊滅させられた帝国では、生き残った民の大半が当時の絶対安全圏――電磁楼華によって守られた、この大帝都に集まってきていました。電磁楼華によって展開されたフレアヴェールはメタビーストの襲撃を一切許すことなく防衛機能を発揮しており、大帝都は世界で最も安全な場所だった……筈でした』
『筈でした、ということは、その守りが破られてしまったのですわね?』
『はい。コメット様なら判られることでしょうが、メタビースト共は人類側の講じた対処に応じて自分たちの性能を強化、進化させていきます。故に奴らはフレアヴェールで機能停止させられた同胞の骸を解析し、なんとフレアヴェールへの耐性を得た状態で大帝都へ襲来してきたのです。更にメタビーストらは大帝都を一気に陥落させようと、極めて大規模な群れによる強襲作戦のような真似まで敢行してきました』
『そ、それはなんと……』
『当然、大帝都では全戦力を投入した激戦が繰り広げられましたが、結果としては敵の物量に磨り潰されてしまいました。もう大帝都の陥落と国民の全滅は必定目前……そうなった時、皇帝陛下はある決断を成されたのです』
そう言うと、サテリッタは無意識のうちに片手を握り締めては、その拳を震わせた。
『陛下は、このまま無惨に滅ぼされるくらいならと、ある賭けに出ました。それはもう役に立っていない、むしろメタビーストが狙ってきている電磁楼華の核たる星杯を“願望機”として使用し、大帝都内にいる全てのメタビーストを諸共消し去ってやろうというものでした』
『――ッ! まさか、帝都ごと自爆を……!?』
『しかし、一度、魔導機の核として組み込まれた星杯の強制的な操作変更は誰にでも出来る事じゃありません。故に陛下は、それが可能な私へ直接命じられました。星杯を願望機として扱い、メタビーストを全て消し去るよう願望を入力せよ、と』
『…………。そして、貴方はそれを実行したと』
『はい。その時点でメタビーストは既にこのセントラルベースへ突入を開始しており、破壊工作に加えて電磁楼華へのハッキングまで行っている、極めて急を要した状況でした。その為、かなり強引なやり方になりましたが――結果的に、星杯は半ば暴走しつつも、私の願望を実行に移したのです』
そこまで語ったサテリッタは、今まで握り締めていた拳からふと力を抜いた。
『それにより……確かに大帝都内、いえ、帝国の領土全てから、あらゆるメタビーストが一匹残らず消え去りました。でも、後に我々は気づくことになりました。世界から消えたのはメタビーストではなく、私達の方であったのだと……』
『……それが、エルジア帝国が大陸ごと消えてしまった真相ですか』
そこまで聞いて、コメットとしては沈痛な面持ちと共に溜息をつきたくなるような気持ちになった。彼女の話で、コメットは過去にメレシュタリカの言っていた言葉の意味を理解する。
コメットはエルジア大陸の消失をメレシュタリカの仕業だと思っていたが、そうではなかった。とはいえ、その原因を作ったのは結局、彼の忌み嫌う邪神に他ならないので、同じようなものではあるのだが。
(ですが、それなら星杯は消去対象をメタビーストではなくメタビースト以外の全てとして願望を成就させたことになる。結果が指示内容からズレてしまっているのは、星杯が暴走していたからか、またはメタビーストによるハッキングを受けていたからか、それとも命令の受諾に何かしらの齟齬が発生してしまったのか……)
『無論、その後の星杯は無理やりな使用が祟って、本来の機能を殆ど失ってしまいました。それでも私を含めて生き残った者たちは、メタビーストという人類最大の脅威がいなくなった世界で生きていこうと、生活を再開しだしたのです。――が』
歯切れの悪い話の繋ぎに、聞いている者たちの不安はより一層強くなる。
『メタビーストの消滅から半年ほど経った頃、大陸中にある異変が起こり始めました。それは大気中や土地のマナの急激な減少。それと同時に、謎の汚染物質の大量発生。我々はその物質を《ダークダスト》と名付けましたが、このダークダストは忽ち国中で悪影響を及ぼし、あらゆる生き物に毒として作用、もしくは奇怪な性質に変化させはじめたのです』
『ダークダスト……!?』
『ダークダストの発生量は留まるところを知らず、次第に黒雲の如く空全体を覆い尽くす程となりました。続いて、せっかく生き残ることの出来た国民の大半が、ダークダストを原因とする病に苦しむこととなったところで――学者たちが、ある解決策を見つけだしました』
急にそんな話をしだすと、サテリッタはまるで腕に注射器を打つかのような仕草をしてみせた。




