成れ果てし異世界の黒き民の話②
「む? 確かにその通りだが……どうかしたか?」
「あそこって、なんかやけにでっかい塔みたいのが立ってるね? 今はボッキリいっちゃってるけど……コメットは、あそこが何なのか知ってたりするの?」
見上げるようにしながら指したジェドに、コメットは頷く。
「ええ、あそこは帝国軍の中央司令部基地――通称、セントラルベースですわ。そして今、ジェドさんの言った塔みたいなの、というのが、星杯を核とした都市防衛用の超級魔導機が一つ、《不落なる電磁楼華》となります」
コメットの説明に、その場にいた全員が驚きの目を向けた。
「星杯!? それって確か、ナローノベル山地下に埋まっていた、巨大な船の中にあったという物と同じ……!?」
「神の遺骸を元に作られた、夢幻永久機関……!」
「はい。星杯は世界で計七機製造されましたが、旧文明時代に存在した二大国のうち、今のネアロペ大陸にあったアンドバム王国が三基、そしてエルジア帝国が四基保有していました。そのうち一つを用いて作られたのが、あの塔のような形状をした大型魔導機になります」
「それって、どういう機能を有していたんですか?」
フランジェリカからの問いに、コメットは思い出すようにして答える。
「私もデータ上の知識しか持っていませんが……確か、このゲリュオン全域を包めるだけの大規模な特殊結界を発生させる魔導装置だった筈です。結界はバリアスクリーンを超強力にした効果だけでなく、なんと結界に触れたメタビーストを強制機能停止させてしまうものだったとか……」
「すごっ! てことは、対メタビースト用の設備ってことか! それじゃあこの街って、当時の世界でもかなり安全な場所だったんじゃないの!?」
「でも、今はこんな酷い有様になっちまってるよな? 明らかに攻め込まれたせいで街がボロボロになったようにしか見えねえが、一体何があったんだ?」
「残念ながら、それについては帝国が大陸ごと消失してしまったことで、当時の誰も真相を知り得てはいないのです。……しかし、おそらく何が起きたのかといった推測は立てられます」
全員から注目されたコメットは、説明を述べる。
「この大帝都は星杯を用いた魔導装置により守られていたが、結局はメタビーストの侵攻を許してしまった。その原因が何であるのかは判りません。ですが、その襲撃を受けた際、何かがきっかけで星杯が暴走するような事態が起こり、大陸が丸ごと別次元へ転移するという、超規模のワイルドサージが生じてしまったのではないかと思いますわ」
「まあ、それだけの事象を発生させられる代物なんて、逆に星杯くらいしかないでしょうからね……」
「てことは、あそこにある筈の星杯は今、どうなっちゃってるのかな? もう、壊れて使い物にならなくなってる?」
「それも断言は出来ませんけど……でも、未だに利用できる状態であったのなら、既にディアンさんが確保されているのではないですか? ディアンさんでも手を出せない何かが、邪魔していなければになりますが」
「星杯……現在の魔王軍が切札として所持しているという、超級の魔導装置か。そんな物がもしあるのなら、是が非でも入手したいところだな。――だが生憎、そんな大層な物はあの場所には無い。それだけは先に言っておく」
綾美からの問いに答えたコメットへディアンはそう告げると、遂に辿り着いたセントラルベースの入口前――巨大な門のすぐ傍にて立ち止まっては、パーティの面々を振り返った。
「さて、一応は目的地に到着した訳だが――今から私が許可を出すまで、私の傍から絶対に離れるなよ。武器もけして、構えるな」
「……? それはどういう――」
「いいから、私の言う事に黙って従え」
詳細を訪ねようとしたルヴィスをディアンは厳しい表情と共に、無理やり黙らせる。そして、正面の建物に向けて宝剣を掲げると、刃の切っ先から瞬くような閃光と共に、何やら魔力の波動を生じさせた。
それが合図になったのか、十数秒後に建物のブラストドアがゆっくりと開く。するとその中から、ルヴィスたちがこの古代大陸へ来た初日の夜に遭遇した、あの黒鎧の者たち――全身を漆黒の厳つい装甲で覆い尽くし、目元のスリットから黄色い光が灯っている――が姿を現した。それも、何人もゾロゾロと。更に、全員が武器を携えて。
「なッ……!?」
「あれは……! ここへ初めてやってきた日に出会った、黒鎧の者たち!」
「何? お前達、まさか彼らと同じ姿の者と既に会っていたのか! 間違っても、殺害したりはしていないだろうな!」
驚きの声を上げたルヴィスとサフィアに、ディアンが只ならぬ様相で問い質す。
「それは勿論! 急に出くわして攻撃されたので多少の戦闘にはなりましたが、拘束後に即撤退しただけで、命を奪ったりはしていません」
「……そうか、ならば命拾いしたな。もしお前達が奴らの仲間を殺していようものなら、話が拗れて最悪な事態となっていたかもしれん」
ルヴィスの回答を聞き、ディアンは小さく息をつく。だが、以前の遭遇時にかなりの戦闘力を見せた黒鎧の者たちが目の前にずらりと並ぶ様子に、ジェドが不安そうにディアンへ声を掛けた。
「で、でも大丈夫? この人達、メッチャ完全武装してるけど、攻撃されたりなんてしないよね?」
「安心しろ。私と共にいるうちは襲われたりなどしない。――お前達が大人しくしている事が前提だが」
ディアンはそう告げると、ゆっくり数歩前に進み出た。そして、黒鎧の者たちからも一人が歩いてきては、面と向かい合った状態となる。
「――――」
「――――」
それから二人は無言のまま、じっと数秒ほど見つめ合ったかと思うと、その黒鎧は踵を返し、開いたブラストドアの中へと戻っていってしまった。だが、他の黒鎧たちは未だその場に留まっており、パルチザン型の槍を片手に整列したまま、ルヴィス達の方を監視し続けている。
「……えっと」
「ディアン殿?」
「しばらく待て。そして絶対に、この場から動くな」
ディアンから有無を言わせぬ雰囲気でそう注意され、一同は指示に従って待った。
――とにかく待った。何ともいえない張り詰めた空気の中、立った状態で待ち続けた。そうして、もう少しで一時間は経過するくらいにまでなった。
「……ねえ、まだ? もうだいぶ待たされてるんだけど……」
半ばうんざりしたように、小声で訊いてきたジェドに、ディアンが正面を向いたまま答える。
「まだだ。ここで痺れを切らして余計な事をすれば、お前達はこの世界で唯一の情報源と最大の機会を失うぞ?」
「それは流石に困るけど……はあ、ただ待ってるだけってのもしんどいなあ。これなら、ディアンのあの便利ハウス出して、その中で休んでた方が良かったんじゃない?」
「そういう訳にもいかねえだろうがよ。もし万が一、何かあった時にハウスの中にいたらすぐ動けねーじゃねえか」
ジェドとハンターがそんな事を話していると、建物のブラストドアが再び開き、中からまた黒鎧の者が一人出てきた。そしてその黒鎧はディアンの目の前まで近づいてくると、無言のまま、槍の先を建物側へ指すように向けた。
「どうやら、立ち入り許可が降りたようだ。ついてこい」
案内してくれるつもりなのか、槍で差した後に建物の方へ歩いて行った黒鎧に、ディアンは後ろへ続きながら他の者たちへ告げる。それを受け、一同はようやくかといった気持ちで、ディアンの後を追って建物の正面玄関口たるブラストドアへと向かっていった。
(やっとか……でも、この黒い鎧の人達って結局、何なんだろう? 全然喋らないけど、そもそも話せるのかな? なんか、すごくドキドキしてきた……)
一同がブラストドアを潜って建物の中――帝国軍中央司令部基地へ入ると、その内部はとにかく暗かった。というか、ほぼ真っ暗だった。
故に一同は自身の眼へ魔力を巡らすことで視力強化を行い、周囲を視認できるようにした。当然ながら、綾美にだけはそんな事は出来ないので、フランジェリカが魔法をかけることで対応した。
そうして、かなり大きな建物の中をこれまた無言のまま、案内されるままにずっと歩いて進み続けていく。それからしばらく移動した後、一同はある広い部屋の中へ通されたのだが――そこには、黒鎧の者たちが左右にずらりと並んでおり、その中央奥には、如何にもこの中で一番偉そうな見た目をした黒鎧が椅子に座って待っていた。
そんな、黒鎧たちのボスらしき者の眼前まで全員が連れてこられたところで、ディアンが自ら正面に進み出る。
『――久しぶりだな。貴方の要望通り、私以外にこの世界へ渡来した者達を連れて来たぞ』
その言葉は口から発せられたものではなく、どういう訳か念話により述べたものであった。脳内に直接語られたかのような声が届いたことに、慣れていない綾美は特に驚きを覚える。
『ご苦労、ディアン殿。私の頼みを聞いてくれた事、感謝する』
すると一同の頭の中に、これまた念話による別の声が聴こえてきた。
それはやや電子音声がかった感じになってはいるが、どうも低い声質の女性のもののように聴こえた。更にその声の主はどうやら、一同の目の前に佇んでいる、物々しい黒鎧に身を包んだ人物であるようだった。




