再起に向け異世界で見据える話⑥
ロードランボスに酷似したメタビーストの撃破後も、カリストロスや女騎兵たち四人は、シュトルーデル内に残っていたベヒモス及びランボスを見つけ次第、倒していった。
結果的に、暴れていた魔物の掃討自体は正午へ差し掛かる前に済んだのだが、その後の様々な後処理に追われて結局、事態から解放されたのは昼もだいぶ過ぎた頃となった。加えて、魔物の群れをシュトルーデルへ嗾けたと思われるような何者かについては、発見されることはなかった。
四人はかなり遅めの昼食――予定していた料理店での食事ではなく、適当に売店で買った軽めのもの――を取った後、今日はもう街からの出発は取り止めにして、宿に戻っては休息を取っていた。そして夕刻、日もだいぶ暮れてきた頃に宿の従業員が一人、一行の部屋を訪ねてきた。
「お休み中のところ、すみません。実は今、軍の調査騎士団の方々が当宿屋に来られていまして、暁の風の皆様にお話を伺いたいと仰られているのですが……」
従業員からの言葉に、一同は眉を顰めながらも、案内を受けて宿の外に出る。すると玄関先には、三人ほどの騎士が立って待っていた。
そのうちの一人、装備の見た目からして最も立場が上だと判る、二十代後半から三十代前半頃の男が、宿の従業員に連れて来られた四人に気づき、声を掛けてくる。
「どうも、呼び出して申し訳ない。私は国軍の調査騎士団副長、ヴェイという者だ。皆さんが冒険者チーム、暁の風の面々で間違いないかな?」
「ええ、そうですけど……一体、どんなご用でしょうか?」
けして高圧的ではない口調で話しかけてきた副長の男であったが、自ら一番前に出た女騎兵がやや怪訝そうに問い返す。
「おっと、そう固く構える必要はない。別に我々は詰問に来た訳ではないのでね。参考までに少し話を聞かせてもらいたいだけだ」
調査騎士団の副長は、警戒を解く意図で軽い笑みと共に両手を広げながら、受け答えを担当する女騎兵を向いた。
「ところで、本題に入る前に幾つか訊ねたいのだが……貴女がこのチームのリーダーという事でいいのかな?」
「まあ、一応……」
「ふむ、ではもう一つ。つかぬ事を訊くが、貴女は以前、王都の天空騎士団に所属していたことはなかったかな? 確か、数年ほど前に副長をされていたと思うのだが……」
「ッ! ……私の事、知っているのですか?」
「ああ、やはりそうだったか。――いや、けして変な意味ではない。天空騎士団は王国軍でも女性兵士の多い、謂わば花形の部署の一つだからね。どうしても、騎士団の男たちからは関心が向けられるというか、注目の的となってしまう。故に、どうも顔を見た事があるように思ったのだよ」
「はあ……」
「しかし、入団が特に難しく、待遇も非常に良い天空騎士団を辞めてまで、わざわざ冒険者をされていたとは正直驚いた。何か、余程の事情でもあったやもしれないが……まあ、その辺りについては詮索するつもりはない。確認が取れた以上、本題に入ることにしよう」
そう言うと、調査騎士団の副長は腕を組んだ。
「我々は、ある任務の途中で補給と休息の為にこのシュトルーデルへ立ち寄ったのだが、街の各所が破壊されているという状況を目にし、立場的に調査を行うこととなった。どうも今日の午前中、大規模な魔物の集団による襲撃があったそうだが……その時に事態を収めた冒険者が君たちだと聞いてね。だから、話を伺いに来たのだ」
「なるほど、そうでしたか。……ですが、国軍は現在、王都を中心に主力部隊を集めていて、そこから兵を極力、外部へは出そうとしていないと聞きます。それがどうしてこんな、王都から離れた地方まで騎士団の一つを出向かせているのでしょうか?」
「ほう、割とこちらの事情に詳しいな。まあ、本来なら一冒険者に教えることでもないのだが……とはいえ、聞かれて困ることでも無し、特別に答えてあげようか」
騎士団の副長は軽く肩を竦めると、再び口を開いた。
「確かに現状、王国政府は世界的に激化している魔王軍の侵攻に備えて、首都ザハトーヴェン方面に兵力を集中させている。しかし、ここのところ、国内各地で暴走した魔物による被害報告が頻繁に寄せられていてな。中には未知のモンスターにより、廃村になってしまった集落も幾つかあるという」
「…………」
「だからこそ、地方の調査も必要ということになり、我々の部隊が各地を巡って動いているのだ」
(今頃になって……被害報告なんて、ずっと前から上がってたでしょうに、どれだけ腰が重いのやら……)
女騎兵は内心、ようやく調査隊を差し向けた政府に呆れて溜息をつきたくなったが、それを表情や態度に出すことは流石にしなかった。
「そういえば、この街に来る前はここより北のツァートルテ市に行っていたのだがね。なんとあの街は壊滅してしまっていた上に、随分と酷い惨状だった。まるで一夜のうちに滅び去ったとでもいうような有様だったのだが、住民は悉く惨殺され、街中は高濃度の呪蝕により汚染されていたのだよ。――諸君らも、既に噂くらいは聞いているのではないかな?」
「……ええ、あくまで噂ぐらいではありますが。まさか本当のこととは……」
副長の男の言葉に、女騎兵は半ばしらばっくれるように話を合わせる形で答えた。
もしここで馬鹿正直に、自分たちが遭遇した出来事について口にしてしまった場合、話はもはや尋問へ切り替わり、遥かに長く拘束されてしまうことは目に見えていたからだ。
「我々の調べによれば、どうもリンツ伯の領地を中心に謎の魔物による被害、取り分け小規模な農村が滅ぼされるというケースが相次いでいたという。何やら、全身が金属で出来ているような、極めて強力なモンスターが出没したとの報告もあるが――」
そこまで言うと、副長の男はわざとらしく、腕を組んだ状態で鳴らすように人差し指で二の腕を叩いた。
「こちらの集めた情報が正しければ、それらの退治に唯一成功していたのは君たちではなかったかな? 暁の風の諸君」
「……よくご存じですね」
「そりゃあ、我々は調査騎士団だからね。先に冒険者組合からも、ある程度のデータは見させてもらっている。諸君らはここしばらく、ツァートルテを拠点に周辺地域にて活動し、白金級冒険者でさえ手に負えなかった謎のモンスターを討伐し続けていたそうだな。そんな君らが何故、急にツァートルテを離れて別の貴族の領地たるこの街に? ツァートルテの惨状について、何か詳細を知っていたりはしないのかな?」
ここに来て、少し疑うように尋ねてきた副長の男であったが、
「いいえ、ツァートルテの件に関しては残念ながら何も存じません。私達は冒険者ですから、目的次第で幾らでも各地へ移動しますし」
女騎兵は、いたって平静を保ちながらしれっと答えた。
「……まあ、それもそうか。冒険者というものは、基本的に根無し草な性分だからな。――しかし、そうなるとツァートルテも誠に不運だったな。何が起きたのかは知れんが、もし事態の最中に君たちがいたのであれば、街の運命も変わっていたかもしれんだろうに……」
「…………」
「っと、別に君たちを非難している訳ではない。こればかりはタイミングの問題だ。むしろ、君たちは運が良かったから最悪の危険から逃れられたとも言える」
副長の男には当然そのつもりはないだろうが、彼の言葉は女騎兵にとって、どうにも皮肉に聴こえた。
確かに彼の言う通り、事態の最中――最悪の危険たる、あの黒いバケモノの襲来時にもしツァートルテへいたとしたら、自分たちはまず生きていなかっただろう。しかし、街の住民たちを救えるものなら救いたかったと、どうしても後悔の念が彼女の中で刺さった棘のように残っている。
「それはそうと、君たちに折り入って話がある」
しかし、そんな女騎兵の心中とは関係なく、副長の男はじっと彼女を見つめてそう言ってきた。
「君たちも知っているかもしれんが、今の王国軍では国土及び首都防衛に向けて、有力な冒険者らも集めている。諸君らの実力と実績であれば、かなりの好待遇で迎えられることはまず間違いないだろう」
(……ッ! そうか、そういう事か……)
ここに来て、女騎兵は目の前の男が何故、自分達を訪ねにきたのか、その本意を内心で理解した。そして男側も彼女の理解を認識したのか、笑みを口元に浮かべながら続ける。
「つまり、私は訊問と同時に諸君らの勧誘も兼ねてやってきたのだ。もし君たちが良ければ、その力を国の為に役立ててもらいたい。勿論、私から話を通すし、なんなら王都まで連れて行ってあげようと思うが、如何だろうか? けして、悪い話ではないと思うがね」
どこかわざとらしい、表面的なにこやかさと共にそう告げた副長の男であったが、
「あー……、すみません。勧誘自体はありがたいのですが、私たちはまだしばらくこの街の周辺で活動を行うつもりですので、ちょっとご一緒することは出来ないですね」
女騎兵はすぐに断りを入れた。彼女としては、正直良く思っていない国軍の人間と長く関りを持ちたくはないのが本音である。
「ほう、まだしばらくというと、具体的にはどのくらい?」
だが、副長の男もまたやけに食い下がって来た為、女騎兵は心の中でつい舌を打ちたくなってしまう。
「さあ……新しい装備やマジックアイテム作成用の素材集めも検討中ですし、こればかりは何とも」
「ハイドン晶窟のダンジョンに久しぶりに潜ってみたいとも思っているしな。あそこに出現するクリスタルクラブからは、希少金属のアイスメタルなんかが入手できる」
「あと南方のザリエリの森で霊草の採取もしておきたいですね。薬屋さんに調合の依頼も出しておかないと」
すると、男魔剣士と女呪術師もまた、後ろから自然な形で女騎兵の話に合わせてきた。
「ふうむ、それは残念……因みにそれらの用事が全て済んだ後、ザハトーヴェンに向かう予定があったりはしないかね?」
「それは――」
「ある。この街を出たら、ザハトーヴェンへ向かう」
途端、今度はカリストロスが割って入るように、そんな台詞を口にした。
「ち、ちょっとカリスト……!」
「ほほう、そうか! それは良かった。ならば、ザハトーヴェンに来た際は是非、軍司令部へ顔を出してもらいたい。私は明日、一旦王都方面へ戻るつもりだが、諸君らが訪れた折にはすぐに話が通るようにしておこう」
「…………」
女騎兵は困った目でカリストロスを見ていたが、当の本人は一切それを気にしてはいなかった。
◇
そして、調査騎士団の者たちが立ち去った後、
「――おい、カリスト。さっきのはどういうつもりだ?」
すぐさま、男魔剣士が詰め寄るようにカリストロスへ問いかけた。
「どういうって何が?」
「すっとぼけるな。あの調査騎士団の男に、俺たちがザハトーヴェンへ行くことをわざわざ教えた件だ」
「ああ、別に問題ないだろ。嘘じゃないんだから」
「そりゃあ、嘘じゃないけれど……」
しかし、何の悪気もなく淡々と述べるカリストロス。一方、女騎兵の方はなんとも困った表情で言い淀んだ反応を見せる。
「何だ? 何か問題でもあんのか?」
「あるから言ってるんだろうが、この考え無しが」
「えっと……さっきの人はまるで任意で決めて良いみたいに言ってたけど、実際はまず違うの。おそらく、あの人が報告を済ませた後にザハトーヴェンへ行って、もし私たちの素性が知れてしまった場合、殆ど連行されるような形で軍の部隊に強制編入されることになるわ。本来は冒険者組合的にルール違反なんだけど、うちの国の政府は平気でそういう事やるし……」
「要するに、あの男が俺たちを訪ねてきたのは、報告時の手柄目的といったところだろう。何にせよ、軍の一部に組み込まれては情報収集どころか、今後の自由な活動そのものが困難になってしまうという話だ」
「あっそう。でもそれならそれで、見つからないように気をつければいいだけだろ」
「アンタな……それが言う程、簡単に出来れば何の苦労もしないだろうが」
あからさまに呆れ顔を見せた男魔剣士へ、カリストロスもまた小馬鹿にした表情で返す。
「知るか。つーかお前、ああでも言わなきゃ、きっとザハトーヴェンには行かないとか言いそうだったからな。いちいち、怖気づくのもいい加減にしろよ」
「……ッ、そんな事……」
カリストロスから向けられた厳しい視線に、女騎兵は思わず言葉を詰まらせる。
「おい、少しは頭を使って喋りやが――」
「ううん、確かにそうだったかもしれない。それに過ぎた事をとやかく言っても仕方ないわ。むしろ、私達は私達が思ってる以上に、周りの冒険者から認知されていた事を判っておくべきだったわね」
食ってかかろうとした男魔剣士を抑え、女騎兵は反省を表しつつ、自らへ言い聞かせるように考えを述べる。
「ザハトーヴェンへは必ず行くわ。そこは変えないから心配しないで。……ただ、出発はせめて調査騎士団がこの街からいなくなってからにしてくれないかしら。もし付き纏われでもしたら、それこそ思うように動けなくなるし。いいかな、カリスト?」
「――ふん。あまり不必要にダラダラしたくはないんだが……しょうがないな。連中も明日出ていくって言ってたし、特別に少しくらいは待ってやる」
「何を偉そうに……やっぱアンタ、ザハトーヴェンで何か別の目的を企んでるだろ?」
「さあてな。仮に俺が何かを企んでたところでお前には関係ないし、教えてやるつもりもねえよ」
その言葉に男魔剣士は苛立たし気に舌を打ったが、当然ながらカリストロスが態度を改めることはなかった。




