再起に向け異世界で見据える話①
壊滅したツァートルテの近傍にて、邪神マガツカミが倒されてから数日後の現在。カリストロスや女騎兵たち四人は、ツァートルテから最寄りの都市、《シュトルーデル》という街にいた。
マガツカミとの戦闘後、カリストロスらは意識を無くした男魔剣士と女呪術師を連れて移動し、それから辿り着いたその街で休養の為にしばらくの間、滞在していた。
因みに馬車はツァートルテへ訪れる前、予めかなり遠くに隠しておいた為、一行は移動手段を失わずに済んだのが幸いした。でなければ最寄りとはいえ、ツァートルテとはまた別の領主が治める地域の都市部まで移動するのは簡単にいかなかっただろう。
「――一応、確認するけど二人共、本当に大丈夫? まだ休んでいたいなら、全然そう言ってくれていいからね?」
シュトルーデルに来てから数日後の午前中。泊っている宿屋一階の食堂で朝食を終えてから部屋に戻ってきたところで、女騎兵が男魔剣士と女呪術師に向けてそう言った。
「いや、昨日も伝えたが身体の方はもう問題ない。休養はもう充分に取ることが出来た」
しかし、その言葉に男魔剣士は首を横に振って答えた。マガツカミとの壮絶な戦いで跡形も無くなる程に四散し、そこから復元呪詛によって異常な再生を果たした彼であったが、現在の男魔剣士は完全に五体満足な姿へと復活してしまっていた。
とはいえ、それも見かけの上だけであるかもしれず――過去に男魔剣士が復元呪詛での再生は代償が伴うと述べていた事があった為――女騎兵としては、どうしても彼の状態が気掛かりで仕方なかったのだ。
「はい、私も彼と同様です。むしろ戦いの最中、勝手に倒れたりなんかしてすみませんでした。とても迷惑をかけてしまって……」
そして、男魔剣士と揃って体調は万全と告げる女呪術師のことも、女騎兵にとってはやはり心配であった。彼女の持つ強力な呪殺能力、運命の呪眼の効果を真っ向から跳ね返されたのだから、一体どんな後遺症を患ったとしても不思議ではない。無理して我慢などしていなければ良いのであるが。
「もう……何度も言ってるけど、少しも迷惑になんて思ってないわよ。――分かった。二人がそこまで言うなら、改めて活動再開ってことで、今後どうするかについての話し合いをしましょう」
二人の強い眼差しに観念した女騎兵は小さく息をつくと、部屋に備え付けのテーブルについては、その上に地図を広げだした。それに伴い、男魔剣士と女呪術師、続いて彼女らのやり取りを無言で眺めていたカリストロスが揃って席につく。
「とりあえず、これまでの出来事と情報をざっと纏めるけど――私達は数日前、ツァートルテを滅ぼした黒いバケモノと交戦し、結果的にバケモノは倒れて消滅した」
地図上でツァートルテの描かれている位置を人差し指でコンコン突きながら、女騎兵が述べる。
「で、そもそもそのバケモノはアマデスの森の湖に封印されていたと推測される。そして、その封印から解き放つ為の儀式的な生贄として、近隣の村々が襲われていた可能性がある……」
それから、女騎兵は地図内で既にバツが書かれている六つの村を指した。その全てが、メタビーストの襲撃によって村民を皆殺しにされた場所だ。
「次に、それらの村を滅ぼした、私達が駆除し続けている銀色の怪物についてだけど……このモンスターらの死骸の特徴から、ゴーレムのような傀儡の類であると判明している。故に、あの怪物達を作り出して操っている存在――例の黒いバケモノを復活させ、オストマーク国内で大量殺戮を目論んだ何者かがいる筈だわ」
「では、その何者かとは誰なのか、という話ですが――」
「まず間違いなく、魔王軍の仕業だろう。動機は勿論のこと、あのような尖兵を用意して運用するなど、連中にしか出来ないだろうからな」
「まあ、そうとしか考えられないわよね。現時点だと、まだオストマーク国内における魔王軍の直接的な侵攻は確認されていないけど……」
そこまで言って、女騎兵は睨むように国内の地図を見下ろした。
「でも実際はもう内部に侵入されていて、大規模な攻撃に向けた準備を進めているのでしょうね。それも結構な勢力の部隊が入り込んでしまってるんじゃないかしら?」
「…………」
そう語る女騎兵に、隣で座るカリストロスは黙って聴いていながら、内心では彼なりに思考を巡らせていた。
彼の持つ知識による考察でいえば、銀色の怪物はおそらく魔王軍の手先ではない。あの怪物らは超古代の兵器か何かといった産物、つまりは時代が違って知られていないだけで、この世界に大昔からあった代物だ。そしてそれを利用する形で差し向けているのは、泥状の呪塊の存在からいってまずスレイアだろう。
しかし、先日倒した黒いバケモノ――マガツカミを解き放ったという行動がどうにも解せない。スレイアの標的はあくまで異世界転移者であり、異世界現地人の殺戮などに労力を割くとは到底考えられないのである。
あの奇怪なクリーチャーが自分個人への刺客とも思えないし、それ以前に自分が生きていると知られているなら、真っ先にスレイア本人が潰しに来ている筈だ。故に、その線は限りなく薄い。とはいえ、わざわざ面倒で回りくどい手順を踏んでまであの怪物を出現させたことに何の意図があるのか、それをカリストロスは考え続けていた。
「これまで私達は、対処的に銀色の怪物を倒し続けてきたけど……元凶を断たなければ、今後も被害が増えてくばかりなのは当然な話。だからこそ、国内の何処かに隠れ潜んでいるであろう、魔王軍の部隊を見つけ出して、叩かなきゃいけないわ」
だが、そんなカリストロスの考えなど知る由もなく、女騎兵はこれからの方針を決める為の意見を述べていく。
「それで、その魔王軍の部隊を探し出すには、どうすればいいかなんだけど……現状、これといった手掛かりになる情報は手元に無い。だから、まずはそこからどうにかしなきゃいけないんだけれど――」
「だったら、首都にでも行ってみたらどうだ?」
すると、唐突にカリストロスが口を挟んだ為、三人は一斉に彼へと注目した。
「……首都? 首都って、ザハトーヴェン?」
「ああ、今のお前が一番欲してるのは、兎にも角にも情報だろ? だったら、それが最も多く集まるであろう場所に向かってみるのが効率的だとは思うけどな。一般住民はともかく、あちこちを移動して回ってる行商隊や冒険者、それから近隣を警備をしている騎士団なんかは、何か有益な情報を持ってるかもしれないぞ」
「…………」
「…………」
「…………」
カリストロスにしては珍しく饒舌に、それもかなり協力的な物言いをしたせいか、他三人はまるで信じられないものでも見たかのような目で彼を凝視した。
「……何だよ。俺、何かおかしな事言ったか?」
「い、いいえ……全く以てその通りだわ。むしろ、真っ当過ぎてビックリしたくらい……」
驚きすぎて、もはや言葉を詰まらせている女騎兵に、カリストロスはやれやれと肩を竦める。
とはいえ、カリストロスが首都ザハトーヴェンへ向かうように自ら提案したのは、実は裏の意図があった。第一、カリストロスからすれば銀色の怪物の駆除など本来、どうでもいい事である。
というのも彼は、男魔剣士と女呪術師の休養に時間を使っている間、体内に取り込んだ超純度の魔力結晶をその身に馴染ませていた。そしてそれも済んだので、カリストロスとしては現在の固有能力が使用可能な状態のうちに、スレイアへの復讐に向けた、更なる自己強化を遂げる為の行動にシフトしたかったのである。
故に今、目の前にいる三人とは適当にオサラバしても良かったのであるが――ここに来て彼は、兼ねてより計画だけは立てていた“ある事”が現時点で実行可能になった為、それをやってみようかと企んでいた。
その内容とは、ザハトーヴェンにて携行可能な魔力リソースを作成する事。要は、過去にエスターニャでロズェリエにやらせたのと似たものだ。ただし、魔導士でないカリストロスは彼女のように、住民から生体魔力を奪う手法をとるつもりはなかった。
ならば、どうするのか――まず、カリストロスは魔王軍在籍時代に何度もやったように王宮へ直接、単独で乗り込んでは電撃的に制圧を行う。その後、王宮宝物館に保管されている、各地から蒐集された最上位のマジックアイテムの数々――聖杖ユニコーンホーン、アゲートの疑似聖杯等――から魔力を抽出する作業を強制的且つ早急に行わせ、大容量の魔力電池を宮廷魔導士辺りに錬成させるつもりなのである。
無論、そんなことを実行に移せば、自ずと悪事は知れ渡り、今一緒にいる三人とは完全に関係が決裂するであろう。だが、カリストロスとしては構わなかった。あくまで彼女らは一時的に利用しているに過ぎないのだから。いつか、訣別の時は必ずやってくる。
であれば、今のカリストロスならブラックホークヘリコプターなんかでも呼び出して、他三人のことなど気にせず、一人さっさと首都まで向かえばいいだけのこと――ところが、彼はその能力使用における魔力消費をどうにも出し渋っていた。来たるべき決戦に備えて、ほんの少しでも魔力を温存しておきたいから――という理由付けで、たとえ多少時間が掛かることになろうと、女騎兵に馬車を出させたかったのである。
「でもねぇ……ザハトーヴェンかぁ……」
「どうした? 首都へ行くのに、何か問題でもあるのか?」
普段、カリストロスの意見には概ね肯定的な彼女にしては納得しかねていることに、カリストロスは眉を顰める。
「アンタなあ……彼女の気持ちくらい察してやれ。アンタより付き合いの短い俺ですら、それなりに知っていることだぞ」
すると、男魔剣士が呆れ顔で溜息混じりにカリストロスへ苦言を呈した。
「気持ちってなんだ? 地元が好きじゃないから、近づきたくないって話か? くだらないな。お前の銀ピカカマキリとかに対する意識って、その程度のものだったのかよ」
「……えっと、その……」
「止せ、口が過ぎるぞ。――確かにアンタの理屈は最もだ。だが、俺にはどうもアンタがザハトーヴェン行きを提案したのに別の意図を感じる」
そう言った男魔剣士の言葉に、カリストロスはギロリと鋭い視線を向けた。




