白き閃光の異世界の冒険者の話⑤
ディアンの提供した休息設備で一晩明かした後、綾美は彼とまた、坑道内の移動と探索を再開した。
相変わらず坑道内は不可思議な転移地点だらけで、ついでに何度も例の妖精種が襲撃を繰り返してくる。しかし、それらを打ち倒しながら歩けども探せども、一向に他の誰かと出会うことは無く、頼もしい護衛が傍にいるとはいえ、綾美の不安はより一層強まっていくばかりであった。
そんな彼女に気を遣ってか、ディアンもまた綾美が心身共に疲弊しきらないよう、なるべく休憩を小まめに挟んだりと配慮を心掛ける。そして、時刻的には正午を過ぎた後、栄養補給の為に軽食を準備しての昼休憩を取った訳だが、
「あのー、ディアンさん」
「ん? 何だね?」
「その……もしかしたら、気分を害されるかもな話なんですけど、訊きたいことがあるんですが……」
食後のお茶を口にした後、綾美は改まった様子でディアンに話しかけた。
「私が何故、あの兄妹を毛嫌いしているのか、という事かね?」
「あ――えっと、はい……」
訊きたい内容をピタリと当てられてしまい、綾美は思わず言い淀んでしまう。
「……まあ、君に言っても納得は得られないだろうし、それもしょうがない事ではあるのだがね」
そう言うと、ディアンはカップの茶を一口呷った。
「まず、あの兄妹の叔父が誰かについては知っているな?」
「あっ、はい。勇者エメルドって方ですよね。10年前に魔王を倒して世界を救ったっていう」
「そうだ。そして私は当時からヤツと知り合いではあったが、同時にとにかく仲が悪かった。正確には、私が一方的にヤツを嫌っていたのだが」
「……それはどうして?」
「初対面から気に入らなかったのだ。如何にも物語に出て来る、世界を救う勇者を絵に描いたようなヤツの性格が。そんなヤツは、何度も旅先で会う毎に私を仲間に加えようとしてきたものだから、その度に突っぱね続けた」
そう語ったディアンの目は実に忌々しそうに、それでいて今は届かぬ遠いものを見ているかのように、綾美には思えた。
「むしろ、私から勝負を挑んだ事もあった。ヤツもまた、私の父の魔法剣流派をマスターしていたからな。どちらが上なのか、白黒つけたかった。……しかし結局のところ、はっきりした決着がついた事はなかったな」
「だから、勇者のライバルという異名で有名になったりしたんですね……」
「その呼ばれ方は正直、好きじゃない。まるで私がヤツの引き立て役みたいに聞こえる。――しかしアイツも、私と決着をつける前に冒険者を引退したかと思えば、勝手に死まで迎えおって……何から何まで腹立たしい男だ。ヤツに絶対的な実力差で完膚なきまで叩きのめせるよう、力をつけ続けた私がまるで馬鹿のようだ」
「…………」
「そして、あの兄妹はヤツの……エメルドの意志の生き写しそのものだ。昔からそうだ。まあ、本人達もそう成りたい、かく在りたいと励んできたのだから当然だろうがな。――だからこそ、私もヤツらを好ましく思うことはない。別に二人から何かをされた訳ではないが、これに関してはもはや理屈ではないのだ」
「……そう、ですか」
今まで彼と話してきて、最も熱と感情を込めて語ったディアンの言葉に、綾美は聞いておきながら何も返す事が出来なかった。
彼はけして悪い人物ではないが、ことクリストル兄妹とは相いれることが出来ない。自分の大好きな二人とは仲良く出来ないと彼が語ったことが、とにかく残念でならなかった。
「子供みたいだと思っただろう? それは当に理解している。昔、妻からも呆れながら苦言を呈されたこともある。……だが、こればかりは改めるつもりはない」
そこまで言うと、ディアンは綾美に背を向けては、今いる場所より進む為の通路に目を向けた。
「さて、休憩はこのくらいにして先に進むとしよう。あまりダラダラしていても、しょうがないからな」
「…………」
◇
それから、移動を再開してまた数時間ほど経過した後、
「む……? この先から、何か聴こえるな。これは――もしや、戦闘によるものか?」
「えっ、戦闘!?」
転移地点を抜けたところで、急に遠くから聞こえてきた、不自然な物音にディアンは立ち止まると注意を促した。
そんな彼の言葉に、綾美も耳を欹てる。確かに通路のずっと奥から、何やら慌ただしい感じの音と衝撃が微かにだが響いてきていた。
「じゃあもしかして、他の誰かがこの先に……!?」
「かもしれんな。どの道、この先へ進みはするが、用心は怠るなよ」
「は、はい!」
先頭をディアンが行き、綾美もまたその後ろを離れないようについていく。
そして、聴こえてくる物音を辿るように通路を進んでいき、広くなったフロアに出ると――そこでは沢山いる妖精種の群れに囲まれ、それらに立ち向かっている二人の人物の姿が目に入った。
「そそり立つ岩槍、ロックグレイブ!」
そのうちの一人は緑髪の魔導師、ジェドであった。彼女は呪文を詠唱後、地面から岩の突起を無数に勢いよく突き立たせては、数体の妖精種らを空中に押し上げる。
「――黒揚刃ッ!」
そんな妖精種たちをもう一人の人物、ハンターが燦めきの短刀の荷電粒子化させた刃による特技で斬りかかり、あっという間に解体していった。
しかしそれでも、群がってきている妖精種らの数はまだまだ多く、それらの戦意もまた一切失われていない。下手をすれば懐まで潜り込まれ兼ねない、油断を全く許さない状況だ。
「チッ、次から次に……! 数が多くて、鬱陶しい事この上ねえ!」
「ハンター君! 次、左!」
「解ってる! 壁張って進路塞げ!」
そう指示を出した直後、ハンターは賺さず駆け出し、
「自然の防壁、クラフトウォール!」
それに合わせ、ジェドが石壁を地面より幾つも生成し、襲い来る妖精種の群れのうち、一方の進行を妨害する。それによって足の止まった妖精種らに、
「どらあッ! 殺劇舞踊ッ!」
ハンターは石壁を利用した三角飛びでアクロバティックに回り込んでは、向かってきていた敵の背後に躍り出、反撃される前に纏めて斬り払った。だが、そこまでした上でも、群れはまだ残っていて、変わらぬ勢いで猛攻を仕掛けて来る。
「ああクソ、まだ湧きやがるか!」
「ハンター君! ちょっとこっちに来てるの対処して!」
すると、後衛のジェドの方へ迂回してくるようにして、数体の妖精種らが接近してきていた。ところが、それと同時にハンターの方にもまた、何匹もの妖精たちが突っ込んでくる。
「ちょい待て! 少しだけ、保たせろ!」
とはいえ、これは正直拙いとハンターは内心思った。今、戦っている魔物には、ジェドが得意とする攻撃魔法は有効打にならない。もし彼女が接近を許して致命傷を貰うようなことになれば、目も当てられない事態となる。
故に急いで目の前の敵群を始末し、すぐにでも彼女の方へ駆けつけねばと焦った訳だが、
「ジェド! ハンターさん! 加勢するよ!」
唐突に意識外の方向から聴こえてきた綾美の声に、戦いの最中でありながら二人は大いに驚かされた。
「えっ、レフィリア!?」
「なっ、マジか!? レフィリアの姉さんと――あとなんか、知らねえヤツがいる!?」
「――ッ!」
そんな中、ディアンは一気に疾走すると、ジェドの方に襲いかかろうとしていた妖精種の群れに対し、
「ギロチンブレイク――ッ!」
彼の得意技である、風と雷の魔力を混合させた魔法剣奥義を繰り出し、たった一度の振り抜きだけで、狙った標的全てを蹴散らしてしまった。
「ハンター君! ――再発動、クラフトウォール!」
「ああ、これなら――輝光燦刀ッ!」
迫ってきていた敵がいなくなったことで余裕の出来たジェドが、残った妖精種の逃げ道を壁で塞いで一箇所に集め、そこにハンターが間髪入れず特技を放って一掃する。
それにより、この場にいた妖精種の群れは全滅し、一同は戦闘状況より解放されることとなった。
「ジェド!」
ようやく安全になったと誰にも確認できたところで、綾美はジェドの元へ駆け出すと、そのまま思わず抱き着いてしまう。
「レフィリアー! 無事で良かったよー!」
そんな彼女にジェドもまた受け止めつつ抱擁を返しては、再会出来たことに心から喜びを示した。
「いやあ、姉さんに大事が無くて本当に良かった! ――そこの鎧の人も助かったぜ。あの変な妖精共がずっと立て続けに来やがるもんだから、大変でしょうがなかったんだ」
更にハンターも綾美と出会えたことに安堵しつつ、彼女と一緒に来た上で賺さず加勢してくれた、素顔の見えない全身鎧の人物に礼を述べた。
通常なら警戒して然るべき風貌だろうが、彼と同行していた綾美の様子から、ひとまずは敵でない者だという判断をハンターは下した。加えて、今の僅かな戦闘だけで彼が只者じゃない実力者である事も認識した。そして、そのような相手に思い当たる人物を考えるとなれば……
「つーかよ。そちらさん、もしかして――」
「もしかしなくても、白き閃晄のディアンさんですよね!? だって、ギロチンブレイク使ってたし!」
すると、急にジェドが食い気味に前へ出ては、目をキラキラさせながら声を上げた。
「あん? ギロチンブレイクって、さっきのすげえ魔法剣技か?」
「そうそう! ギロチンブレイクといえば、最強冒険者ディアンの代名詞的な奥義として超有名だからね! あの勇者エメルドのストームラッシュみたいに! ――そういや、アンバムのヤツもいつか超えてやるーって昔言ってたっけなあ」
「アンバム……? それはアーガイアの金剛級冒険者、黄昏の爪のアンバムのことか?」
そう答えると、ディアンはヘルメット型の兜を以前同様にカシャカシャと変形させて格納し、二人の前に素顔を晒した。
「おわっ!? 急に顔面が! ――てか、何だその兜!? 超かっけえぞ!」
「わっ、生のディアン・プレシャストだ! ……って、アンバムのこと知ってるんです? えっと自分、アイツの相方だったジェド・ネフリティスって言うんですけど!」
ジェドにしては珍しく、著名な芸能人にでもあった女性ファンのように、よりテンションを高くしながら自己紹介をするが、それに対してディアンもまた、満更でもなさそうに頷いてみせた。
「ほう、君が……。勿論、金剛級になった者のことは最低限、把握しているさ。確か、黄昏の爪といえば――各地で現地妻の如く女を大勢仲間にしてまわる、節操のないハーレムパーティだと聞いているが」
そのように言われてしまったジェドは、ずっこけるようなリアクションの後に頭を掻いた。
「あー、いや……それするのアイツだけで、僕はむしろお目付け役なんですけど……。あと、アイツってもう戦死してて故人なんで……」
「何? そうだったのか……それはまた、気の毒にな」
「お気遣い、感謝します。それと、お会い出来て光栄です。――ところで、レフィリアはここに来てから、ディアンさんとずっと一緒にいたの?」
「うん、まあそうだよ。実はね――」
その後、綾美は鉱山内にてパーティが分断されてから起こった出来事をジェドとハンターに掻い摘んで説明した。話を全て聞き終えた後、ハンターが何かを考え込むようにしながら口を開く。
「なるほどねえ……てことは、そっち側も俺ちゃん達と“同じ事”があったって訳だな」
「同じ事?」
「実はね、僕たちって初めここに来た時は四人だったんだ。でも探索の途中、あの妖精の群れ以外に巨人みたいなでっかい土妖精が襲ってきてさ。それやっつけてすぐ、今レフィリアが話したみたいな崩落が僕たちのところでも起こったんだよね」
「んで、その後に気が付いたら二人だけになってたのよ。分断後の状況からして、物理的な崩落に巻き込まれたんじゃなく、それに見せかけた転移現象ってのは推測出来たんだが……それから、誰かにまた出会えたのは今回が初めてって話さ」
「ふむ……大型の精霊ともなれば、凝縮されたマナの大塊そのもの。それを倒したとなれば、相応に大きな魔力の炸裂と衝撃が生じたことだろう。それがきっかけとなり、異物を排除するような強制転移が引き起こされたのかもしれんな」
推理するように述べたディアンに、ジェドもまた同意を示して頷く。
「多分、僕もそうだと思う。ただでさえ、エレメンタル系の魔物って即時再生能力あるのに、あのノームは外骨格みたいにオリハルコンの鉱石纏ってたからさあ。鎧の巨人って感じで、もう倒すの大変だったんだよ。ハンター君に何とか装甲の一部を剝いでもらって、その僅かな隙間に魔法ぶち込みまくってさあ」
(エレメンタル……そういえば、前にブレスベルクでゲドウィンが嗾けてきた、如何にも四大精霊って感じの怪物の中に岩の巨人みたいのがいたっけなあ。アレ、普通に傷つけてもすぐ元に戻ってたし、倒すの大変だったろうな……)
などと、綾美は自身が聖騎士だった頃に戦った敵の姿をふと思い出す。
「何にせよ、ここじゃあ魔力反応をバチバチ起こすような、派手な戦闘はしない方がいいって訳だな。せっかく、仲間と合流出来てもまたバラバラにされたら堪ったもんじゃねえし」
「うん、でも僕なんかは魔法使うなってなったら、かなり出来ること限られちゃうけどねえ。せいぜい強化魔法と治癒魔法掛けるか、あとは魔法攻撃効かない妖精種に地属性魔法あたりで妨害するくらいしかないや」
「いや、前衛と後衛が揃ってるだけこっちはまだマシだろ。コメットとかフランの嬢ちゃんなんかどうなる? もし単身で別れたとなれば、最悪どころじゃねえぞ」
「あー……そうだよね、ここって魔法使いにとって嫌すぎるダンジョンだからなあ。コメットはまだ戦士職の心得があるけど、フランは特に心配だ……」
「そうだよね、早く合流したいよね……」
ジェドの言ったように、綾美が最も不安で堪らなかったのはフランジェリカの安否であった。自衛手段を一番持たない自分が言うのも何だが、今いるこのダンジョンで最も相性が悪いのは明らかに彼女である。焦る気持ちばかり逸っても仕方ないのだが、それでも心配であるのは我慢のしようがない。
「――話はある程度、済んだか? ならば、私はここで別れるとしよう」
するとその時、実に淡々とした声色でディアンは綾美にそのような話を告げてきた。




