白き閃光の異世界の冒険者の話④
魔界の王 十年の時を経て蘇りし時 翠の勇者死す
それこそが 人の世の終焉を示す兆しとなる
邪悪な魔の軍が手にし 新たな力は神の如く強大なりて 人類に抗う術は無し
抗うには 亜人住まう島々に隠されし道の向こう
異界に消えた古の大陸に眠りし 大いなる奇蹟が必要となるだろう
「……っ! 翠の勇者死す時って……」
「そう、あの兄妹の叔父である勇者エメルドのことだ。つまり、妻の見つけた碑文は現在の魔王軍侵攻により、人類が危機に陥る事態が書かれていたのだ」
手帳の文章を差して言った後、ディアンは苦みの混じった顔で続きを述べる。
「しかし生憎、その解読が出来たのは既にエメルドが討たれた後の事だった。勇者が死したという事実と世界に及んだ脅威について重く受け止めた私は、その予言の情報を頼りに全てを差し置き、真っ先にレヴォン諸島へ向かった。そして、この大陸に眠るとされる奇蹟というものを探しに来たのだ」
「そうだったんですか……だから、ルヴィスさんやサフィアも、ディアンさんはずっと行方不明だったと言ってたんですね」
「以後、私はこの大陸に来てから数カ月に渡って調査を行い、結果として大陸全域を一度は巡り終えてしまった。だが、それでも本命の探し物を見つけるには至らなかった。故に、今は二周目として再びこの大陸中を調べ回っているのだ」
そこまで言うと、ディアンはまた別の小さな装置らしきものを取り出した。それを机の上に置いてはちょっとした操作をすると、装置から立体映像として一つの大陸を丸々映した地図が空中に浮かび上がった。
「あっ、これ……まさか、この大陸全土の地図ですか?」
「ああ、こちらも調査中に見つけた代物だ。流石に文字は読めないが、地形や主要構造物の位置などから、ある程度の位置関係は把握できている。――因みに現在地の鉱山はだいたいこの辺りだ」
「へえ……この大陸って、こんな形してたんだ……」
北を上にするとUの字のような形状をしているエルジア大陸の全体像を綾美はじっくりと見回していく。その地図内の東側については綾美もなんとなくだが、ここに来てからの道中で見た事のあるような物が幾つか散見された。そしてその上で、自分たちのやってきたこの古代大陸という場所が、思っていた以上に広大であることを端的にだが認識した。
「あの、ディアンさん」
「ん?」
「ディアンさんって、数カ月でこの大陸全域を見て回ったって言いましたけど……でもこの地図で見た感じ、結構な広さですよね? 何か乗り物でも使ってたんですか?」
「ほう、そこに気づくとは中々目敏いな。――勿論、使っていたとも」
綾美から質問を受けたディアンは、ほんの一瞬だがニヤッとした表情を見せた。そして、一個の小さなカプセルを取り出す。
「私には妻が授けてくれた発掘品たる、超古代の移動用魔導機がある。名を《疾駆る機馬》といってな。馬よりも遥かに早く、そして長く走れ、更に大地だけでなく水上も進める優れものだ」
そう説明したディアンは、カプセルを室内の何も家具が置かれていないスペースに向かって放り投げた。直後、その場所に一台の乗り物が出現したのであるが、
「わっ!? これ――バイクだ!」
綾美の言った通り、随分と近未来的なデザインではあるが、現代日本人なら誰がどう見ても自動二輪車と一目で答える代物であった。ただし、そのサイズはハーレーを優に超える程に大型である。
その乗り物は、綾美たちのパーティが使っている機竜と同じくオリハルコン製の銀ピカボディで、ゴテゴテしながらも鋭く尖った流線形の装甲が全体に備わっていた。
「バイク……? これもまた、アヤミ嬢のいた世界には同様の物があったりするのか?」
「えっ? まあ、かなり似たような乗り物なら……ああでも、水の上を走ったりなんかは流石に無理ですけど……」
(うっわあ、この人ってホント幾らでも便利そうな物持ってるなあ。冗談抜きで某未来のロボットみたいなんだけど……。ていうか、こんなの絶対ルヴィスさんとかハンターさん、羨ましがるよ。如何にも男の子が喜びそうなデザインしてるし……!)
特別、自動車やバイクといったものに大した興味を持っている訳ではない綾美でさえ、目の前に現れた、やたら物々しくてカッコいい遺物のビークルに対し、ついジッと見入ってしまった訳であるが、
「……何なら、近くに寄って見ても構わんぞ」
そんな彼女に、ディアンは仄かに嬉しそうというか、どこか自慢げな表情を垣間見せながらそう言ってきた。
「いいんですか?」
「ああ、何より君は他所の世界の知識を持っている。何か、気づきがあるようなら所感を述べてくれ」
「でしたら……」
せっかく許可してくれたし、と綾美は席を立つと、すぐ傍まで近寄っては彼の乗騎――疾駆る機馬をじっくり観賞した。
(うーん、なんかすっごく変形とかしそうなマシン……。もはや、ディアンさんって日曜朝の某ヒーローそのものだよね。この乗り物といい、パワードスーツっぽい鎧といい、持ち技の必殺キックといい……)
とはいえ、別に専門知識がある訳じゃない綾美にこれといって面白味のある感想を話せる気はしなかった。せいぜい、連想してしまったものをそのまま口にするくらいしか出来ない。
「これ、水の上も走れるって言ってましたけど、もしかして空まで飛べちゃったりとかします? または武器がついててビーム出したりとか、人型や動物型に変形したりするとか……」
「生憎、飛行機能はついていないが、局地走行形態に転じてのホバー走行が可能だ。しかし、武装の類は一切搭載されていない。完全に移動用の機体だからな。あと、全く別の形態へ可変する機構なども残念ながら無い。そんなものがあれば、更に素敵でカッコいいんだがな」
「は、はあ……」
「もしや、君の元いた世界にはそのような乗り物があるのかね? だとすれば、実に興味深いが」
「え……いやいや、幾ら何でもそれは創作の中だけというか……。ああでも、機械の乗り物って点だけでいえば、けして珍しくはないです。安い物ではないですけど、きちんとある程度の収入がある人は普通に買えて乗れますし」
「ほう、ならば世間一般に流通しているくらいには普及しているのか。だとすれば、君たちの方が我々の世界より、テクノロジーは上なのかね?」
「まあ、科学方面に関してなら……。そもそも、私のいた世界には魔力とか魔法といったものは実在していなくて……」
「何っ!? 魔法技術が無い!? だというのに、機馬と似た乗り物が普及している……!? ますます、興味が湧いてきたな……!」
その後、ディアンは綾美に彼女のいた世界についての話を色々と尋ねてきた。それは詮索や尋問などではなく、素直に知的好奇心からのもので、訊かれた綾美の方もいつの間にか話し込んでしまっていた。
語った内容としては、学校生活やバイト、趣味といった綾美の身の回りのことから、食事、娯楽、流行などと、どれも他愛ない世間話のようなものばかり。しかしそのどれも、ディアンは気難しそうな表情から判りにくくはあるが、実に楽しそうに、そして面白そうに聞いていた。
そんな彼の様子に、綾美は内心思ってしまった。彼は表面的には不愛想に見えてしまいがちだが、実際は心から他所の国や世界の話が好きな旅人にして冒険家なのではないかと。
「む……いかん、気が付いたらもうこんなに時間が過ぎていたか。君のいた世界の話があまりに興味深くて、つい夢中になってしまった」
ふと懐中時計に目を向けたディアンは、本気で時間の経過を失念していたと言わんばかりに目を眇める。
「あはは……まあ、面白く思っていただけたのなら結構ですけど……」
「ああ、色々と聞かせてくれて感謝する。こう言ってはなんだが、君の護衛を受け持つのに充分な報酬となり得る内容であった」
余程、綾美のした話が気に入ったのか、ディアンは少しだけ口元に笑みを見せると、二人分のコーヒーカップを回収して魔法による洗浄をし始めた。
「しかし、今日はもう休みたまえ。ある程度の休息を取ったら、また移動を再開するからな。――ああ、因みにだが」
そう言うと、ディアンは室内にある扉の一つを指差した。
「言い忘れていて申し訳ないが、トイレはそこの扉の先にある。あと、体を清めたければ、一旦外に出て宝剣に頼むといい。アレも自分で魔法を使えるので、洗浄魔法をかけてくれる。疑似人格のモデルも女性だし、気を遣わなくて済むだろう」
「ありがとうございます。……その、剣にも性別ってあるんですか?」
「いや、剣はあくまで剣に過ぎない。アレには、武具に疑似人格を与える別の魔導器が取り付けられているのだが、そのペルソナに実在する人間の人格を模倣させているだけだ」
「そうなんですか……。その、もしかしてですけど、疑似人格とかいうののモデルになったのって……ディアンさんの奥さんだったりします?」
ふと、そう尋ねた綾美の質問にディアンはピクリと眉を顰める。
「む……? 何故、分かった?」
「いや、何となくですけど……仲、良いんですね?」
「まあな。アイツも各地の遺跡を巡って調査をするのが好きだったから、共に冒険していた時期もあった。戦力的にも、私に合わせられるくらいには優秀だ」
そのように語りながら、ディアンは短く息をつく。
「だが、今は子を身籠っているアイツを旅に同行させる訳にはいかない。故にか、私が見つけてきた遺物に妻は自分のペルソナをいつの間にかコピーさせていた。離れていても、私の心はアイツと共にある。世界を救わねばならない理由が、私にはある」
「……なるほど」
そこまで言ったところで、片づけをし終えたディアンは徐に席から立った。
「お喋りはここまでだ。とにかく、早く休め。疲れが残っていると、碌なことにならんぞ」
「あ、はい。分かりました……」




