妖の鉱山に異世界で迷い込む話⑥
「――ここに私以外の誰かが来ている事は認識していたが」
ルヴィス達に面と向かい合った、全身を肌の一片すら見せぬ白銀の装甲で覆った人物――オリハルコン特有の光沢を放つそれは明らかに遺物装備だと判るが、クリストル兄妹の星銀鎧装以上に近未来的なデザインで、綾美からすればSF作品の人型ロボットや特撮のメタルヒーローそのものに見える――は、くぐもった電子音声のような声でそう返事をした。
表情の一切判らない、メカメカしいヘルメット型の頭部からそのような声が聴こえてきた為に、綾美は本当に目の前の相手が人間であるのか、内心疑問に思ってしまったのであるが、
「まさか、よりによって勇者兄妹とはな」
途端、当人の頭周りの装甲がカシャンと音を立てて口元が開くと、明確に大人の男性のものである肉声が発せられた。
その後、一、二秒程でヘルメットの装甲全てがカシャカシャと折り畳まれるようにスライド変形していき、どういう構造なのかまるで理解できない、物理的にまず不可能な収納が一瞬で為されては、相対する人物の面貌――気難しそうな目つきをした、銀髪紫眼の中年男性。歳の頃は四十前後くらいだが、ナイスミドルと充分言える端麗さの容姿――だけが外に晒された状態となった。
「――ッ! やはり、ディアン殿でしたか!」
そんな彼に対し、ルヴィスはその素顔から見知った相手だと認識したことで、また言葉を返す。
「ねえ、サフィア。ディアンって人、確か……」
「ええ、現役の金剛級では最も多くの偉業を成し遂げた名実最強の単独冒険者……更に勇者エメルドや私達兄妹と同じ魔法剣流派の使い手、《ディアン・プレシャスト》その人になります」
ルヴィスの後ろにて、こそっと訊いた綾美からの問いにサフィアが答える。
冒険者ディアン――その名前や噂自体は綾美もこれまでの旅の中で聞くことが幾度とあった為に覚えてはいた。確か、ネアロペ大陸の国家中で、現代における世界最強の冒険者と認知されていて、過去にはルヴィスとサフィアの叔父である勇者エメルド・クリストルの最大の好敵手としても有名だったとか。
そして、目の前にいる彼こそが自分たちより数カ月前にハーメルーナ島へ赴き、レヴォン諸島を救った後に半獣の巫女の手を借りて、妖精道から今いる古代大陸に渡った当人なのだと。
「お久しぶりです、ディアン殿。貴方がこの世界に向かわれたということは、ハーメルーナ島の巫女より聞き及んでおりました」
「なに、あの巫女が? ……まあ、ハーメルーナにある祠の道しか未だ使えぬままであれば、彼女に案内してもらうしか、ここには来れないだろうが……」
ルヴィスからの挨拶に対し、ディアンはお世辞にも愛想が良いとはいえない表情で鋭い目を更に細める。その視線には、どこか静かな殺気さえ帯びているように感じられた。
「ルヴィス、お前達はどうやってこの大陸への道を通って来た? あの神の試練は受けたのだろう?」
「御気になされていることでしたら、ご心配なく。我々は貴方と同じ方法で試練をクリアし、アルテラス神に認められて妖精道を通って来ました。巫女も含め、誰の命も捧げたりはしていません」
そのような彼にルヴィスはけして、彼とも親交があったハーメルーナの巫女を手に掛けることはしていないと真っ先に告げる。
「……ふん、そうか」
そう言ったルヴィスの返答に、ディアンは表情こそそのままながら、その裏に漂わせていた殺気だけは解いた――ように感じられた。
あくまで結果論ではあるが、もし自分達が巫女の彼女を生贄とする形でこの世界に来てしまった場合、そしてそれをディアンが知った場合、もしかしたら想像したくもない事態に転じていたかもしれないと、ルヴィスは実のところ内心で肝を冷やしていた。当然、その素振りを見せることはしなかったが。
「ところでディアン殿。私達は巫女から、貴方が魔王軍より世界を救う為の力をこの大陸へ探しに行ったのだと聞いております。そういった類の物はもう、手に入れられたのでしょうか?」
すると、今度はサフィアが口を開いては、ディアンへと問いを投げかけた。
「そんなものを手に入れたヤツが、こんなところをウロウロしているとでも思うか?」
しかし、その質問へのディアンの返答はとても素っ気ないものであった。
「ええと、まあ……あまり思いませんが……」
「ですが、ディアン殿。今、ディアン殿が身に付けられているその全身鎧、以前はお持ちじゃなかったですよね? どうも見たところ、私たちの具足と似た超古代の遺物に思えますが……」
言葉を詰まらせた妹に代わって話しかけたルヴィスに、ディアンはより表情を厳しくして彼を睨んだ。
「これは魔王軍が復活する前に、私が攻略したダンジョンの最奥にて入手した装備だ。この大陸に来てからは、大した武装や兵器、魔道具の類は見つけられていない」
「そ、そうですか……。では、まだ本命のものについては発見されていないという事ですね」
「ふん、しかしそんな事、お前達には関係の無い話であろう」
ルヴィスから話しかけられる度に、ディアンは苛ついてでもいるかのように不機嫌な態度を強めていく。
「むしろ、お前たちこそ、何故この世界に来た? まさか、私と目的が同じだなどとは言わないだろうな?」
「いえ、それが殆どその通りなんです。俺たちもまた、この別次元の大陸にあるとされる奇蹟を求めて、仲間達と共に数日前からこちらへやってきました。ですが現状、他の仲間と逸れてしまった為に合流を試みているところです」
「――はっ、ここの鉱山の転移ギミックによってパーティが分断されたか。それはまた、ご愁傷様なことだ」
やれやれと肩を竦めたディアンに、サフィアが再び話しかける。
「因みにディアン殿はいつから、この鉱山に? 脱出の為のルート等は確保されていたりしますでしょうか?」
「……それをお前達に教える必要性は感じないな」
(なんか感じ悪いなあ、この人……)
あまりにルヴィスとサフィアに対して不愛想な目の前の人物に、綾美は口こそ出す筋合いはないものの、どうしても良い印象を覚えることは出来なかった。
むしろ、彼がサフィアの質問に答えなかったことについて、自分も迷って外に出られなくなってるから誤魔化しているのでは、とすら内心で思ってしまった。
「まあ、そうかもしれませんが……それはそれとして、ディアン殿。俺から一つ、ご提案があるのですが?」
「ん?」
「せっかくお会い出来たことですし、同じ目的を持つ者同士、ここは協力しあいませんか? この鉱山からの脱出もですが、世界を魔王軍より救う力の捜索につきましても、共に手を取り合った方がより早く――」
「断る。私にお前達など必要ない」
ルヴィスからの提案に対し、ディアンはその全てを聞くことも無く、あまりにきっぱりと断りを入れた。
「えっ、ですが……」
「では一つ訊くが、仮に私がお前達と手を組み、結果として世界を救える力を見つけられたとしよう。しかし、それが誰か一人の手にしか得られない物であった場合、お前達は無条件でそれを私に差し出せるのか?」
「…………それは」
「出来ないだろう? ならば、私にお前達は不要だ。協力関係? むしろ、逆に私はお前たちにとって競争相手だ。そこを勘違いするんじゃない」
ルヴィスを突っぱねて黙らせたディアンに、今度はサフィアが口を開く。
「ですが、ディアン殿。私達の世界では、既に新生魔王軍が世界全土を制圧できるだけの強大な力を手に入れていて、いつ本格的に攻撃を仕掛けて来るとも知れない状況です! 貴方が私達をよく思っていないのは承知していますが、一刻も早く世界を救う為には、競い合っている場合じゃないと思います!」
「何?」
サフィアの発言に眉を顰めたディアンへ、ルヴィスもまた食ってかかる。
「俺たちも最新の情報を把握できてはいませんが、新生魔王軍は星杯という、超古代においても究極の魔導器を手中に収めています。そんな奴らに対抗する為、各国も連合軍を結成して決戦に備えてはいますが……いや、もしかしたらもう戦いが始まっているやもしれません」
「…………」
「なので、どうか今回だけは俺たちと力を合わせませんか? 探し物を見つけてからの所有権については、現時点で何とも言うことは出来ませんが……何にしても、救う筈の世界が先に滅ぼされては、元も子も無くなってしまいます」
「……であれば尚の事、お前達は要らん。考え方の合わない連中と一緒にいても、かえって邪魔だからな。私が何故、これまでずっと単身で冒険者をしていると思っている?」
「ディアン殿!」
「しつこいな……であれば」
どれだけあしらっても頑なに諦めないルヴィスに、ディアンは手にしていた得物――グレートソード程もある、切っ先が鉞のような形状の大剣――を掲げては、彼へと向けた。
「そんなに私に来てほしくば、まずは実力を証明してみせろ。私を下せるだけの技量があるのであれば、考えを改めてやらんでもない」
「……ッ!? しかし――」
「どうした、まさか自信が無いのか? 少なくともこの大陸へ来ている以上、あの神から生き延びられただけの力はあるのだろう? ――それとも所詮、勇者兄妹とは……勇者エメルドの甥と姪とは、その程度のヤツらだったのか?」
自分より長身の男から向けられた煽るような視線に、ルヴィスもまた眼を逸らす事なく真っ直ぐに見つめ返す。
「……いいでしょう。ならば、この場にて、貴方に力を示させていただきます」
そして決心したように告げると、ルヴィスは応答としてラスターソードを掲げた。
「兄さん、私は――」
「サフィアはそのまま、アヤミさんの警護だ。ここは俺だけでやる」
サフィアの言葉をあえて遮り、有無を言わさぬ雰囲気でルヴィスは答える。
「……何? お前、私を舐めているのか?」
だがその言葉を聞き、これまでで最も露骨に腹立たしそうな剣幕で、ディアンはルヴィスを睨んだ。
「私の強みは私単独で自由に戦うからこそのものだが、逆にお前達兄妹はそのコンビネーションこそが一番の武器だろう。覚悟を示すと謳っておきながら、縛りを入れるように全力を示さぬとは、もしやルヴィス、私を馬鹿にしていないか?」
「それは誤解だ、ディアン殿。詳しく話せば長くなるが、今の俺たちにとってサフィアの傍にいる女性こそが一番の生命線――世界を救う為の最も重要な鍵となる。しかし今の彼女には自衛する術がなく、万が一に備えてどうしても護衛が必要となる。彼女を失えば全て終わりなんだ。――故に、これこそが今の俺たちの全力だ」
一切気圧されずに返したルヴィスの返答にディアンは目を細めこそすれ、怒りだけは静かに引っ込めた。
「そうか、侮りでないことだけは伝わった。――しかし、それでこの私を打ち倒せればいいがな」
そう言うと、ディアンは戦いを始める為に一旦、ルヴィスからある程度の距離を取る。
「ああ、打ち倒して……みせる!」
それに続いてルヴィスもまた距離を開け、サフィアも綾美を連れて安全な位置取りへと移動を行った。
「――――」
「――――」
各々が配置についた後、まるで侍同士の果し合いでも始まるかのような緊張感がその場を支配する。
互いに十数メートル程、感覚を開けた状態でルヴィスとディアンの両剣士が互いに見合い、しばらく無言の静寂が流れたのであるが、
「――ラスターソード・アサルトドライブ!」
唐突に、ルヴィスが剣の魔力を一気に解放させては、ディアン目掛けて突っ込んできた。




