前兆在りて異世界の凶津神の話⑤
「やった……?」
無意識にそう呟いた後、女騎兵は注意深く観察を続ける。しかし、視界の中には大地が抉れて出来た大きなクレーターしかなく、どうやら怪物は総体から消し飛んだようで、肉片の一つすら見つかりはしなかった。――だが、それは怪物と一緒にいた男魔剣士もまた同じであった。
「へえ、なかなか強力だったな。確かにあんなもん、街のど真ん中で使おうものなら、何もかも跡形無く吹っ飛ばしてただろうな。まさしく、パワーをメテオにって感じか?」
「ええ……」
女騎兵が未だに走査を行っている最中、すぐ傍でカリストロスが彼女に判る筈もないネタを交えては、あえて呑気な口調で話しかける。
ところが、どれだけ探っても男魔剣士の生存はおろか痕跡させ発見できなかったことに、女騎兵は安堵の後から迫って来た焦燥に生返事しか返すことが出来なかった。
(いくら復元呪詛があるとはいえ、あの威力の魔法からの再生は出来なかったか……いえ、彼もそれは始めから判ってたのかもしれない。でも、どうしたものかしら、女呪術師が目を覚ました時に何て言ったら……)
彼本人から頼まれたとはいえ、結局は怪物ごと男魔剣士を消し去ったのが自分であるという事実に、女騎兵は心中に沸き上がった罪悪感で胸が潰されそうになった。
冒険者なんてものをしている以上、突然の理不尽な別れなんて誰でも覚悟はしているものだ。故に女呪術師も女騎兵を責めることはけしてないだろう。しかしそれでも、いや、だからこそ、男魔剣士を失った事で悲しむ彼女の姿が目に浮かんでくるのが、女騎兵にはどうしようもなく辛かった。
そんな事を考えながら、女騎兵が注視を続けていた箇所より視線を下げようとしたところで――突然、クレーターの中心地にて、何やら黒い塊が溢れ出るようにして湧き出し始めた。
「えっ、まさか……!?」
その光景が目に入ったことで、女騎兵は慌てて視線を向け直す。すると、その先では真っ黒な泥が膨らんでは練り固まるようにして、みるみると像を形作っていき、それからあっという間に、ついさっき吹き飛ばした筈の怪物が一切の損傷も無い状態で完全復活を遂げてしまった。
「――おいおい、やったかなんて定番のフラグを立てるからだぞ。これじゃあそれこそ、いいですともってヤツだ」
「……ごめん、カリスト。貴方が何言ってるのかよく分かんないし、今は詳しく聞く余裕もないわ……」
怪物が蘇ってしまった事実に言葉を失ってしまった女騎兵は、面倒そうにカリストロスから言われた台詞へ普段のように付き合うことは出来なかった。
しかし彼からしても、あえてふざけた台詞を口にしたのは、あれだけの威力の攻撃を食らって尚再生した敵の存在に正直、どうしたものかと頭を抱えてしまったからである。
――実はこの怪物、正体を《マガツカミ》という。その名が示す通り、邪神に分類される存在であり、単なる魔物や魔獣なんかとは次元の異なる大怪異に他ならない。
遥か大昔にも地上にて暴れ回り、当時の勇者や賢者らにてアマデスの森の湖、その地底深くに封印されていたのであるが、此度はちょうどその周囲にある集落地を襲ったメタビースト群の活動により、現世へ復活する事と相成った。
メタビーストを嗾けた者の思惑こそ不明であるが、長き封印から目覚めたマガツカミは存在自体が人類全体にとって害悪極まりなく、あらゆる生命を食らっては際限なく体と力を大きくしていき、ゆくゆくは惑星全てを穢れた呪いで蝕み尽くすことを目論んでいる。
そんな数千年級の邪神には、超級魔法を超える特級魔法の一撃さえも仕留めるには至らず、無常極まりない復元能力によってまたも活動を再開するに至った。
「y222222!! ejkfxrt@i6s@\eqc@! jxt、0;kc4dy6js/w2gsf@p.d@(z6fuzsf……! dtd、c;m]q@! ]q@、]q@、]q@! 0;6b\puhwx@y<yd@'Zqu3、4d'd'd'd'd'd'!!!!!!」
そして、やったと思ったのにやれていなかった、更にそれを再三繰り返したことをこれでもかと馬鹿にしたように耳障りな鳴き声を上げた後――黒い怪物ことマガツカミは、カリストロス達の存在を正確に感じ取ったようで、今彼らのいる位置へと真っ直ぐに突っ走って来た。
「いけない! あの怪物、こっちに来る……!」
「チッ、仕方ないな……」
そう言うと、カリストロスは既に装弾済みの機弓を取り出しては、向かってくるマガツカミへと向けた。
「俺が機弓を撃ったら、すぐに俺を連れてまた馬を走らせろ。いくら再生するとはいえ、何度か繰り返せば距離は離せる筈だ。まずはとにかく撤退するぞ」
「……ッ、分かった……!」
本当は逃走などしたくないが、不滅の敵を倒す手段が皆目見当もつかない以上、そうせざるを得ないと女騎兵は悔し気に頷く。そうして、すぐにカリストロスは再度、マガツカミの頭部を狙って機弓を撃った。
電流を迸らせて大気を貫きながら放たれた豪速の矢弾は、あっという間にマガツカミへと着弾しては再び頭を吹き飛ばす――かと思いきや、マガツカミはまるで最初からその攻撃が来ると判っていたかのように嗤っては、なんと自ら全身を引き裂くような形で体内から大量の触手を伸ばし、まるでイソギンチャクが口を開いて獲物を捕らえるように、矢弾そのものを包んで呑み込んでしまった。
「何ッ!?」
その予想外過ぎる事態に、さしものカリストロスも驚きから目を瞠る。それは敵が狙撃に反応して取った行動自体もだが、それを行った上で防ぎきってしまった結果についての困惑が大きい。
というのも本来、発射された機弓の矢弾が秘める衝撃と貫通性能は凄まじい威力である為、受け止められたからといってそう抑え込めるものでもない。しかし実際に敵側は呑み込む形で完全に攻撃を無効化してしまった。加えて、少し前にたった一発食らった程度でその迅速すぎる対応能力である。
「f@t/、is@m6ud@b4:@gt@z4d@.mkt。-;、ckjjt5dw7.c@」
しかも、マガツカミの行動はそれだけで終わらなかった。マガツカミは矢弾を呑み込んですぐに息を大きく吸い込んでは、一気に体を大きく膨らませる。そして、口を裂いて割るように開いた瞬間、その中から先程カリストロスの飛ばした矢弾を発射時と変わらぬ速度で撃ち放ってきた。
「……ッ!!?」
――咄嗟の行動だった。
マガツカミの反撃は射手であるカリストロスだけでなく、三人全員を纏めて吹き飛ばす狙いの攻撃であった。それだけの威力が、その一撃には込められていた。
また、カリストロスは脇目も降らず全力回避さえすれば、ギリギリではあるが自分だけは助かることが可能だった。当然、他二人は乗っている馬ごとバラバラに吹き飛ばされて、まず間違いなく殺されるだろうが。
それは判っていた。判りきっていた。だから本気で躱した。何が何であれ、自分の命こそ最優先だ。自分が助かるのであれば、他の連中なんてどうなろうと知ったことではない。
彼ならば、まずそのような判断と行動をする筈だった。
「きゃあああッ!!」
馬諸共吹っ飛ばされた女騎兵が、背中側に固定させていた女呪術師と共に、勢いよく地面へと倒れては体を打ち付ける。
だが、それはマガツカミから放たれた攻撃を食らってのものではなかった。それより先にカリストロスが彼女らの乗っていた馬を思いきり蹴飛ばし、その衝撃で転倒してのものだった。故に落馬から体を強打したとはいえ、女騎兵らは致命的な負傷を受けたりしなかった。
そして一方、彼女らを助けるなどという行動を取ってしまったカリストロスはというと――右腕を肩口から失った状態で、多量の血を撒き散らしながら地面を転げまわることとなっていた。
「あがあ゛ああああッ……!!」
撥ねるように地へ体を打ち付けた後、カリストロスは見るからに甚大なダメージによる痛みから絶叫じみた呻き声を零す。
そんな彼の右腕は見るも無残に千切れ飛んでしまっただけでなく、その手に持っていた機弓もまた同時に、真っ二つとなる形で破壊されてしまった。
つまりは、超古代の遺物武器が有していた肉体の補強効果が失われてしまい、カリストロスは元の最も弱り切った状態へ戻ってしまう事となった。その為、今に受けた多大な負傷も相まって、もはや彼は自分の体を起こすことも叶わないでいる。
「か、カリスト!? そんな……!」
そのような彼の危機的状況に女騎兵は慌てふためきながらも、とにかく急いで立ち上がっては、反射的に彼の元へ駆け寄ろうとした。
(クソッ、何やってるんだ俺はあ……ッ!)
自分でもよく分からない行動を取った結果、絶望的にどうしようもない事態へ陥ってしまったことに、カリストロスは怒りと焦りで頭がいっぱいになる。
だが、もう今ではいつもの悪態すらつくことも出来なかった。半分潰れた芋虫のように地へ転がった彼は、自分へトドメを刺そうと急接近してくる化け物の足音と気配を感じて、秒読みで迫る死に打ちひしがれるしかなかった。
(俺は馬鹿なことをした! 本当に馬鹿な事をした! でも何で、こんな馬鹿な真似をした……!?)
碌に身じろぎさえ出来ない中、そんな思考がカリストロスの脳内を支配する。今一緒に行動している連中は、あくまで自分が後の復讐を果たす為の目的で利用しているに過ぎない。別に死なれたところで、何とも思いはしない。
だというのに、何故自分は彼女らを助けるような行為をした? そういった余計なことをすれば、今のような事態を招くと判らなかった筈は無いのに? 何で、どうして自分は、こんな馬鹿な判断をしてしまったというのだ?
「カリストッ!」
そうカリストロスが混乱気味に考えていたところで、駆けつけてきた女騎兵が彼を庇うように、迫ってくる怪物の前へと立ちはだかった。
無駄なことをしやがる、余計なお世話だと、カリストロスは思った。そんな事をしても二人纏めて殺されるだけだ。せっかく助けてやったというのに、俺の厚意を無駄にしやがって、とカリストロスは内心で苛立ちを募らせる。まあ、どの道逃れられなどはしないだろうが。
――何でこの女は、こんなにも俺を助けようとしてくれているんだ。
(ああもう、こうなったら……“コレ”を使うしか、ないじゃないか……)
意識してか、無意識的だったかは知れない。だが、カリストロスは最後の力を込めて、残った左手をポケットに突っ込んでは、小さな巾着袋を取り出した。
それをすぐに口元へ持って行っては、歯で銜えて無理やりに引き千切る。そして、中に入っていた虹色に輝く水晶を思い切って、口内へと放り込み――
「4v'v'v'! -4;、d<! ]d:of]d:oodh、2@x@jinZsmuhdiq59! h@v'v'v'v'!!!!」
罵詈雑言でも喚き散らすような声を上げながら、すぐ目の前までやってきたマガツカミの黒い巨体に、槍を構えて立ちはだかった女騎兵は思わず息を呑むも、けしてその場から引きはしなかった。
正直、彼女にカリストロスを守りきれる自信は無かった。おそらく彼諸共、即座に轢き殺されるだろうとは思っていた。それでも、彼を見捨てて逃げるような真似は出来なかった。そんなものは、己の信念が許さない。
「この……ッ!」
せめて、那由他の彼方ほどの奇跡でも起きてくれればと、女騎兵はマガツカミの顔面目掛けて投槍を放とうとした。それが奇跡的に敵を怯ませ、少しでも動きを止められこそすれば、自分の後ろにて倒れている仲間を連れて、この場より逃げ果せられるかもしれないと、そんな淡く儚い希望を切実に抱いたりしていた。
そうして、女騎兵が槍を振り被ろうとしたところで――突然、彼女の後ろから凄まじい爆音と衝撃が轟いた。




