前兆在りて異世界の凶津神の話④
「がああ……ッ!」
「えっ、ちょっ!? 貴方、一体何してるの!?」
唐突に自分の腹を剣で刺しただけでなく、そのまま奥に押し込んでは切っ先を背中から突き出した男魔剣士の異常な行動に、女騎兵が困惑の声を上げる。
そんな彼女ほどではないが、カリストロスの方も流石に目を疑い、まさかおかしくなって自刃でも選んだのかと思いはしたが、
「ごふッ……。このままでは埒が明かん、どころか全滅しかねんからな……一つ、俺も命を張った賭けをしてみることにする。――デモントランス!!」
男魔剣士の表情と言葉からけして自棄になった訳ではなく、何か明確な考えがあっての行動のようであった。
直後、男魔剣士が自分で腹に刺した魔剣が赤い光を放ち、それに伴って彼の肌が辰砂のような結晶状の見た目へと一気に変質していった。
「……ッ!?」
女騎兵がより驚いたのも束の間、見る見るうちに男魔剣士の全身が赤黒い鱗じみた装甲に覆われ尽くし、体格も一回り程大きくなったような、人型であれど明らかに異形の姿へと転じた。
「貴方、それ……もしかして、魔人にでもなったの!?」
「あくまで疑似的なものだがな。このクソッタレな魔剣に秘められた能力の一つだが……コイツを使うのは、今回で二度目だ。なんせ、支払う代償が特にデカいんでな」
男魔剣士はそう言うと、腹に突き刺した剣を勢いよく引き抜いた。途端、魔剣は握った手より自ら彼の腕の中へ潜り込んでいったかと思うと、刀身を肉体の一部が如く突き立たせた状態で一体化してしまう。
そうなった後、彼は今まで両手で扱っていた鎖剣を片方だけの手に持ち変えては、眼前にいる怪物の注目を引き付ける目的で軽々と一閃してみせた。
「しかし、俺にとって奥の手であるこの能力でも、せいぜいこの化け物を少し足止めできる程度だろう。――そこで、頼みがある。俺が怪物を引き留めている間に皆でここから離れて、安全な場所から“アレ”を使ってくれ。無論、俺ごとな」
「えっ!? でも、それは幾ら何でも――」
「でなけりゃ、他にこの化け物を始末する手段が思いつかんし、俺だって命の張り損だ。代償はデカいと言っただろう。……それに、この状態の俺は最も復元呪詛が強く働く。運が良ければ再会も叶うやもしれん。まあ、もしもの時は女呪術師を宜しく頼む」
そのように告げると、魔剣の力により変貌した男魔剣士は、敵からの注意を維持する為に怒声を交えて、真正面より挑みかかっていった。
彼はあくまで疑似的な魔人化と口にしていたが、そんな男魔剣士の膂力や身体機能は遥かに強化されており、怪物からの振り払いを往なした上でその腕を切断するに至る。だが、怪物の断たれた腕はまたもや即再生し、それどころか怪物は増強した男魔剣士の動きに合わせて、自身もより素早く力強い動作を見せるようになった。
「もう、勝手に決めて……。分かったわ、貴方の覚悟に私も答えるから。――形態変化!」
そう言うと、女騎兵は左腕に装備した小盾より液体金属を噴き出し、それを直ちに馬の姿へと変形させた。
彼女がその馬へ飛び乗ると、続けて馬の尻尾が触手のように二本分の束で伸びる。そのうち一本は意識の無い女呪術師に巻き付いては馬の背中まで持ち上げ、女騎兵の後ろへ座らせては体をベルトのように固定した。もう一本はカリストロスへと巻きつき、持ち上げてはそのまま馬の臀部へ雑に括りつけた。
「ちょっ、お前ッ!? 何しやがる!」
「いいから早く、ここから離れるわよ。別にカリストはこんな風に運んでも大丈夫でしょ?」
「いや、だとしてももちっとマシな格好で――うおおおッ!?」
カリストロスからの抗議に耳を貸すことなく、女騎兵はすぐに液体金属から転じさせた銀の馬を全速力で走らせた。
三人の離脱に怪物が反応しないなんてことはなかったが、追撃しようと伸ばした触手の全てを魔人となった男魔剣士が切り払い、自分のみに意識を向けさせるよう立ちはだかって応戦する。
そんな彼の奮戦のお陰で、三人は怪物のいる位置から安全に離れる事が出来た。それから、一気に駆け抜けては怪物から数百メートルくらい離れたところで女騎兵は一旦、馬の足を止めては先程までいた地点を振り返る。
「ああくそ、止まったなら早く降ろせ! この状態で運ばれるのは、かなり最悪な心地だ!」
女騎兵が魔力にて視力強化しつつ、未だ怪物と戦っている男魔剣士の状況を確認していると、馬の尻に触手で掴まれたままであるカリストロスからの文句が聴こえてきた。それに対し、女騎兵はカリストロスを地面へ降ろそうとして――魔力操作をつい誤り、空中に掴んだ状態であるのをそのまま地面に落としてしまった。
「どわっ!? ……何しやがる!」
「ああっ、ごめん! ちゃんと降ろしてあげるつもりが、ついすぐ放しちゃった! わざとじゃないのよ、ホントにごめん!」
「ったく、いい加減な上に乱暴だな……」
言いながら、カリストロスは服についた土を手で払ってその場より立ち上がった。
「それはそうと、カリスト。貴方がオルツ村の子供たちから貰った、“あの”クリスタル、悪いけどここで使ってもらってもいいかしら? アレに封じられた魔法ならば、あの怪物でも丸ごと消し飛ばせると思うのだけど」
「あー、アレか……。アイツ、何を言い出したかと思えば、俺の持ち物をアテにしてた訳だな」
男魔剣士が未だ戦闘中の場所へカリストロスも視線を向けつつ、服のポケットへ手を入れては、頼まれたクリスタルを取り出してみせる。
「でもいいのか? 俺は全然構わねえが、あそこにいる野郎も一緒に巻き込むぞ? これ、相当凄い威力なんだろ?」
「それについては私も正直、気は進まないけれど……本人が望んだことだから。他に代案もないし、何よりあの怪物を生かしたままにするのだけは絶対に拙いわ。女呪術師が言ったように、取り返しのつかない事態を後できっと招くと思う」
「そうかよ。じゃあ、コイツはお前が使え。射撃武器ならともかく、魔法は狙いを外すかもしれん」
深刻な顔つきで言った女騎兵にカリストロスはさらっと返すと、握っていたクリスタルを彼女の方へ放り投げてきた。
「ち、ちょっと!? このクリスタルって、巻物と一緒で魔力流せるなら誰にでも使えるものなんだけど……まあいいわ。貴方がそう言うなら、私が使うわよ」
慌ててクリスタルをキャッチした女騎兵は、あまり問答を続けても仕方無いと息をつき、カリストロスから渡されたクリスタルを馬上より掲げてみせた。
「古なる星の魔法よ、その力を解き放て――メテオスォーム!!」
まるで天へ語り掛けるかのように、大仰な所作で女騎兵が唱えた途端、彼女の持っていたクリスタルが一瞬の発光を生じて、その手より消え去る。
その数秒後、急に周囲の大気そのものが震えるような振動を感じたかと思うと、カリストロスや女騎兵の視線の先――男魔剣士が怪物と戦っている場所の上空にて、幾つもの光の筋が夜空より轟音を伴いながら降り注いできた。
それらはなんと、真っ赤に燃えて輝く隕石群であった。天上に描かれた巨大な光の魔法陣から転送させられた無数の流星は、それこそ雨となって怪物の頭上より落下してきては、絨毯爆撃の如く派手に大地そのものを吹き飛ばしていく。
その威力は超級魔法すらも凌ぐ絶大な規模で、標的たる怪物は避けるも防ぐも出来ずに巻き込まれては、全身を粉々に砕き散らされた。当然ながらそれと対峙していた男魔剣士もまた逃れる術はなかった。それどころか、魔法の余波だけですぐ傍の滅ぼされたツァートルテにまで多大な被害を及ぼす程であり、その想像以上の破壊力に魔法を発動させた本人である女騎兵は、思わず絶句させられてしまう。
……そしてまた数秒後、星の雨が止んでは、辺りに再び夜の静けさが呼び戻される。濛々と立ち昇った爆炎と土煙が薄れたところで女騎兵が再度、魔法爆撃地点を注視すると、そこには怪物の姿は全く残ってはいなかった。




