吉報凶報は異世界で急に届く話②
「――帰ったぞ。俺の箱はちゃんと守ってただろうな?」
それからしばらくして、昼飯時を少し過ぎたくらいの時間にカリストロスが宿屋の部屋へと戻って来たのであるが、
「あっ、カリスト! ちょっとこっち来て!」
彼の帰宅を知った途端、慌てて駆け寄って来た女騎兵が手を掴んでは引っ張って来た。
「な、何だよ、急に……」
少し気圧されながらも、特に抵抗はせず女騎兵に連れて行かれたカリストロスは、部屋の奥にて神妙な面持ちで座っていた女呪術師とも顔を合わせる。因みに、男魔剣士の方はまだ帰ってきていないようだった。
「これ見て!」
そして、無理やりに手を引いてきたカリストロスに、女騎兵は少し前に開けてしまった細工箱を差し出して見せた。
「は――?」
それを目にし、カリストロスは一瞬ちゃんと現実を認識できなかったのか、ポカンとした顔で数秒ほど固まってしまったのだが、
「はああああああああッ――!!!!!!!?」
すぐに我へ返ったかと思うと、部屋どころか宿全体に響き渡らんばかりの大声で驚きの叫びをあげた。
「ちょっ、おまッ!? それ、どうやって開けた!? 俺が何十日もずっと苦労して開けられなかったってのに!?」
「ごめん、それはよく判らない! でも普段、貴方がやってるみたいにカチカチしてたら、なんか開いちゃったのよ!」
「……ッ! まあいい、肝心なのは中身の方だ! そいつを寄越せ!」
カリストロスは引っ手繰るように女騎兵の手から細工箱を奪うと、急いで中に入っている物を手に取った。
箱の中には手のひらに収まるくらいの大きさの巾着袋が一つ入っていたのだが、それを開いては、更に中に入っていたものを取り出す。
「コイツは……ッ!?」
その中身とは、美しい虹色に輝くクリスタル――即ち、魔力結晶であった。しかし、それがただの魔力結晶などでないことは、カリストロスでもほんの少し触っただけで一瞬にして理解できた。そのくらいに物凄い代物であった。
「危険の有無を調べる為に解析だけはさせてもらいましたけど、それ、貴方が前にオルツ村の子供たちから貰ったものと構造的には変わらないマジックアイテムですよ」
すると、女呪術師がカリストロスの握っているクリスタルを指差しながら、そのように説明を告げる。
「ただし、中には質と量、共に尋常ではない超抜級の魔力が封入されています。それこそ、仮に暴発でもしようものなら、このツァートルテの街が跡形も無く消し飛んでしまうくらいの」
「つまりは、膨大で最上の魔力リソース……!」
思わず口に出して呟いたカリストロスの表情には、無意識に喜びの笑みが浮かび上がっていた。
というのも、このクリスタルを使用すれば、カリストロスは元の魔人としての性能と保有能力――そして何より、イマジナリ・ガンスミスを十全に取り戻すことが可能であることを感覚的に認識したからである。
……ただし、手放しに喜んだり、調子に乗れる訳でもない。その理由として、このクリスタルを用いての能力の復活は、あくまで“有限”であることも彼は同時に把握してしまっていた。
確かに今、手中にあるクリスタルを使えば、ひとまずは最初期の能力値のカリストロスに戻れる。だが、使った瞬間から魔力が消費されていき、それが尽きればまた弱り切った元の体たらくとなってしまうのだ。
勿論、能力を行使すれば、その制限時間は更に短くなる。故にこのアイテムを手に入れたことは非常に大きな前進であると共に、おいそれと考え無しに使う訳にはいかず、結局は他に別の力を得ることを模索していかなければならなかった。
要するに、まだこれでは怨敵たるスレイアに立ち向かうには全然足らないのである。だとしても、目に見えた大きな成果を得られたことには、彼も喜びを感じざるを得ない。
(よっしゃあッ! コイツはマジで良いものを手に入れたぞ! これだけでは不足であっても、今後の大きな足掛かりにはなる! いざって時の切札になるしな……!)
そう内心で小躍りしたくなるくらい沸き立った感情を何とか抑えながら、カリストロスは虹色のクリスタルを一旦、巾着袋の中へ入れ直した。
「おい、念の為に言っておくが、これは俺個人の物だからな。パーティの共有資産とか言うんじゃないぞ」
「分かってるわよ、そんな心配しなくたって盗ったりはしないから。ただ一応、物が物だから取り扱いにだけは気を付けてね」
「……ていうか、カリストさん。そのアイテムの所有権について言及する前に、しなきゃいけない事があるんじゃないですか?」
直後、女呪術師はやや不満気に睨んだような目つきをしながらカリストロスへ詰め寄ると、静かに圧を掛けた声でそんなことを言ってきた。
「は? 何を?」
「せめて、箱を開けてくれた相手にお礼くらい言ってはどうです? まさか、彼女が勝手にやっただけ、なんてことは言いませんよね?」
「いいのよ。本当に私が勝手に開けただけだし……」
女呪術師にしては珍しく、苛立ちを顕著にした態度で文句を言ったことに、女騎兵は宥めるようにしながら断りを入れる。
「…………うん、まあ、確かにそうだな。礼を言う。お前もたまには役に立ってくれるよな」
「え――」
しかし、視線を逸らしながらもそう言ったカリストロスの言葉が予想外だったのか、女騎兵は思わずきょとんとしてしまった。
「言い方! 誠意! ありがとうと、ちゃんと言う!」
一方、女呪術師はカリストロスの素直じゃない発言が気に入らなかったらしく、普段の彼女からは考えられない剣幕で強く指を差した。
「あー、分かった分かった! ――マジでありがとうな。これに関しちゃ、本当に助かったよ」
その様子にさしものカリストロスも呆気に取られたのか、観念したように手をあげたかと思うと、やや気恥ずかしそうにしながらも、彼の思いつく限りの言葉で女騎兵に感謝を告げた。
「……うん、カリストが喜んでくれたのなら、全然いいんだけど」
その言葉に、女騎兵もまた嬉しそうに微笑みながら返事を口にした。
それから数秒の沈黙が流れた後、気まずさに耐えられなくなったのか、カリストロスはふと脇に置いていた、外から持ち帰って来た荷物の中から何かを取り出す。
「あー……、まあ、礼と言っちゃなんだが、出先でこんなもの見つけた。くれてやるから、好きにしろよ」
その何かとは、一本の酒瓶であった。あまり大きくはない、細長い緑のガラス瓶に貼られたラベルには、何やらお洒落な模様と共に果実の柄が描かれている。
「あら、これって私が好きな銘柄の林檎種じゃない。……へえ、カリストってば、私の好みを知っててくれたんだ。でも、どういう風の吹き回し?」
「別に。寄った市場でたまたま目に入っただけだ。要は単なる気紛れに過ぎない」
「そう、じゃあありがたく受け取っておくわ。カリストも“たまには”嬉しいことしてくれるわよね」
カリストロスから林檎種の瓶を受け取った女騎兵は、少しからかうような笑顔で礼を返し、その言葉にカリストロスは、そうかよ、と目を逸らしたまま小さく呟いた。
「とりあえず、そのクリスタルを入れている袋は私からのサービスです。それに入れておけば、魔力反応が漏れて何かを引き寄せたり、逆に外部からの余計な魔力波を受けて反応することもありませんので」
すると、二人の会話が粗方済んだと見て間に入った女呪術師は、カリストロスの握っている小袋を差してそう説明した。
「そうか、気が利くな。で、お前も俺からの礼が欲しいのか?」
「素直な言葉が出ないのなら結構です。それは貴方の為というより、同じパーティであるこちらが要らぬトラブルに巻き込まれないようにする為のものですから」
カリストロスからの言葉に、女呪術師は少し棘のある返答と共に肩を竦めて述べた。
「ところで……今更だけど、この箱の鍵って元はどうやって開ける仕組みだったのかしらね。なんか、ものすごい偶然で開けられちゃったけど、本来なら箱に書かれてたヒントを元に解くものだろうし……」
と、今はもう中に何も無くなって開きっぱなしの細工箱を手に取っては、女騎兵がそのように尋ねる。
「あー、何となくではありますけど、その箱が開いた理由、私は判ったような気がします。ヒントの内容から察するに――」
「おい! 皆、いるか!?」
しかし、女呪術師が全てを言う前に部屋の扉が勢いよく開かれたかと思うと、同時に男魔剣士が只ならぬ様子で帰宅してきた。




