別の次元の異世界古代大陸の話⑧
王宮から離脱して数十分後、ルヴィス達は安全に眠れる休息場所を求めて、未だ機竜にて飛行し続けていた。
「……寝床に良さそうな場所、なかなか見つかりませんね。地上には相変わらず、あのモンスターが闊歩してますし……」
「だねぇ。てか、仮に良さそうな場所があったとしても、またあの黒騎士みたいのがいたら逃げなきゃいけないよ。――アレを人類扱いするならだけど」
機竜を操縦しつつ、困った顔で地上を見下ろすフランジェリカに、同じ機体の後ろに乗っているジェドが溜息混じりに返す。
「まあ、そこは軽挙に判断すべきじゃないですね。あの者たちがこの世界における人類で、且つ後でコミュニケーションの取り方が分かった際、先に危害を加えていると要らぬ問題を生みかねませんから」
そんな二人にサフィアが魔導通信機越しに意見を述べ、
「ああ、そうだ。そりゃあ、あの黒鎧たちがああいった見た目をした人型の魔物、という可能性も無くはないが……にしては、身に着けている物が人工的過ぎるように思えたしな」
ルヴィスもまた同意を口にする。
「確かに。つーかアレ、オリハルコン製じゃねえってだけで、殆どこっちの装備と同じようなもんだろ。コメットはあの鎧とか武具について、何か心当たりはないのか?」
「うーん……生憎ですが、全く見当もつきませんわ。前にも言いましたけど、私のいた時代にあんな漆黒の具足なんて見たこともありませんので……」
(……なんだか、あの黒い人たち。私的には鎧騎士っていうより、特撮に出てくる宇宙人とか怪人みたいな印象だったなあ。デザインだけでなく、雰囲気とかも含めて……)
皆がそれぞれ、王宮内にいた黒鎧の戦士について話をする中、綾美もまた自分の中に浮かんだ感想をついて内心考えていたのであるが、
「もしかしてアヤミ……あの黒鎧たちも、元いた世界に似たようなのがいたりとかしました?」
「えっ!?」
声に出した筈はないのに、彼女が背に掴まっているサフィアから考えを読んだようなことを言われた為、綾美は思わず驚きの声を上げた。
「な、何で分かったの!? 私がそういう事考えてたの……」
「ふふっ、魔法による読心術です。こうやって密着するくらい触れ合ってると、相手の考えてることが判っちゃうんですよ」
「ええっ、嘘っ!?」
「はい、勿論嘘です。――本当は何となくで言っただけなんですけど、どうも当たってたみたいですね。私とアヤミの心の距離が縮まった証拠でしょうか」
「もう、サフィアってば……。まあ、確かにそれっぽいのはいなくもなかったけど、それもあくまで創作物の中だけの話だよ?」
珍しく冗談めかしたことを喋ったサフィアに、綾美もまた親愛を込めて触れている身体を軽く小突く。
「アヤミさんが度々言われる創作物の話って私、すごく興味あります。私たちの全然想像できないどころか、概念すら及ばないような内容と世界観なんだろうなーって。そのうち、詳しく聞いてみたいですね」
すると、魔導通信機越しに会話が聴こえてきたのか、フランジェリカが綾美へそう話しかけてきた。その声を聞いた事で、綾美は笑みを零して返事を述べる。
「うん、そのうちにね。私の口から上手く語れるかは判らないけど」
「――つーかよ、黒鎧共がこの世界の人類かどうかは一旦置いといて……今更だが、そもそもこの世界に生き物が存在してんのってなんかおかしくねえか? えー、ワイルドサージだっけ? アレで別次元に強制転移しちまった場所にいた生き物はみんな、死んじまうんじゃなかったのか?」
「ああいや、ワイルドサージというのはあくまで魔力の暴走事故のことで、それによる結果起こった転移現象そのものを差す用語ではないんだ」
話の本筋を元に戻した上でハンターが訊いてきた質問に、ルヴィスがすぐ答える。
「そうですね。しかも別次元に転移したからといって、必ず全ての生物が即死するとも限らないかと。サングイネア島における魂の消失は転移そのものより、次元間の急な強制転移が連続発生したことに加えて、一度分解から再構築のプロセスを挟んでるせいで起こったものなんじゃないかと私は思います」
「うーん、よく分からない……」
続けてフランジェリカの話した内容に、綾美は理解しようとしてもしきれず、額を押さえた。そんな彼女にサフィアが声を掛ける。
「そうですねぇ。雑に例えるなら、深海に猛スピードで引き込まれた後、すぐまた同じ速度で海上まで引き上げられた感じですかね。急速な圧力の差異に耐えきれないといいますか」
「ああ……分かったような、分からないような……とはいえ、最初に深海まで連れ込まれた時点で、まず一溜りもない気もするけど」
「それを言われると上手く返せませんが、あくまで例え話ですので、まあ何となくそんなもの程度で考えてもらえれば」
「とはいえ、どの道、別次元へ飛ばされたエルジアの民が生存していたとして、これほどマナの枯渇した環境では無事で済まなかったと思いますわ」
そうコメットが会話に入って来て述べると、全員がそれはそうだと言わんばかりの暗い面持ちになった。
「あの黒鎧の者たちが、元いた人間たちが環境に適応したものの子孫であるのか、それとも新たに生まれた別の種族なのかは判りませんが……」
「いっそ、黒鎧を剥いでみて中身を確認するくらいはしても良かったかもね。もしくは装備を失敬して調べてみるとかさ」
「流石にあの時、そんな余裕はなかっただろ……」
ジェドの思い付きによる発言に対し、ハンターはやれやれと肩を竦める。
「ううむ、なるべくなら控えたいが、場合によってはそうせざるを得ないかもしれないな……」
「出来ることなら、そもそも対峙すること自体避けたいですけどね……おや?」
そのような会話をしていたところで、最初に気づいたサフィアを皮切りに全員が先の景色にて、とあるものを視界に入れた。それは、何処までも真っ黒に染まった海であった。
「この先は海が広がっていますね、兄さん」
「だな。ここからは海岸線伝いに進んでみるとしようか」
ルヴィスの提案に全員が賛同し、機竜の編隊は陸地と海の境目に沿って飛行を続ける。そうして数分後、
「――あん? おい皆、向こうになんか随分でっけえ……塔みたいのが見えないか?」
ハンターが言って差した方向へ他の仲間達も目を向ける。するとその先には、あまりの暗さにはっきりとは視認しづらいものの、それでも非常に巨大な塔らしきものの影が視えた。
「あっ、本当です。すごく大きいですねえ……。アレって、前にドライグ王国の龍都で行ったバロウズの塔より高いんじゃないですか?」
「あんなもの見かけて無視できる筈ないし、早速行ってみようか。願わくば、キモい怪物も物騒な黒鎧も、その他変なのが何もいなければいいなあ」
それから、一行が機竜を飛ばして目的地の傍まで近づいてみると、そこには200メートル近い高さの細長い巨大建造物が実際に聳え立っていた。
地上には塔部分を囲うように四角く建屋が設けられているものの、そこはほぼ倒壊して全域が悉く崩れてしまっている。しかし中央の塔だけは、これといった損壊もなく立派に真っ直ぐ天へと伸びて、その威容を示していた。
「これは……! もしや、ヴェレスの大灯台……!? でしたら、この辺りはイーストエルジアだったということですか……!」
すると、巨大建造物を間近で観たコメットが目を瞠りながら声を上げた為、その反応に仲間達全員が彼の方を向く。
「えっ、灯台!? これが……!?」
驚きながら綾美も改めて目の前の建物をしっかり確認すると、塔の切っ先部分に設けられた、鳥籠のような形の枠の中には、何やら人の背丈よりも大きな球状のクリスタルらしき物体が見えた。
確かに言われてみれば、建物の上の方はまさしく灯台といった見た目の構造をしている。元々はあの巨大なクリスタルが光って、海の方を照らしていたのだろうか。
「というか、コメット。この建造物や地域について、何か知っているのか?」
「はい、この辺り一帯はエルジア大陸でもイーストエルジアと呼ばれるエリア。そしてこの建物こそが、私のいた世界最大級の灯台であるヴェレスの大灯台になりますわ。昔にも一度目にしたことがありますし、何より灯籠部分にあるあのクリスタルレンズ、まず間違いありません」
「へー、これって灯台だったんだ。なんていうか、観光名所にもなりそうなくらいすっごいねえ」
興味深そうにまじまじと眺めるジェドへ、コメットが遥か過去を懐かしむような表情で頷く。
「ええ、実際に観光名所でもありましたわ。何といっても、このエリアにおけるシンボルの一つでしたからね」
「しかし、下の方に関しては殆ど倒壊してしまっているな。とても中へ侵入出来そうにはないが……」
見下ろしながら言ったルヴィスの言葉通り、灯台下部の建屋は何処もかしこも瓦礫の山となっている為、まず立ち入れそうな入口らしいものは残っていなかった。しかし、そう告げたルヴィスへ魔導通信機からサフィアの声が聴こえてくる。
「逆に上からならば問題ないでしょう。幸い、私達には機竜がありますし、灯籠の辺りから内部へ入れる箇所があるんじゃないでしょうか?」
「なるほど、灯籠の下には灯室がありますから、そこを今夜の寝場所にする訳ですね。……あとは、中に敵性体の類がいなければいいのですが」
「だな。そいつを願って、あの灯台の中に入ってみるとしようぜ。もう今日のところは雨風凌げて安全なら何処だっていいわ、いい加減よう」
◇
その後、一行は機竜を寄せて大灯台の天辺にある灯籠――コメットの話だと発光晶球と呼ばれる、明かりを照らす為の巨大クリスタルが設置された箇所――に降りると、その下の階へ行ける出入り口を抜けて、灯室という場所に入った。
そこは部屋の中央に、上の発光晶球を回転させる魔導器の軸が柱の如く立っている以外には、これといって大したものは無かった。あとは更に下へと降りれる出入り口の扉が一つあるだけである。
ルヴィス達はまず灯室内を一通り調べた後、簡易作成した使い魔を下の階へ送り込んでは、ざっとだが安全かどうかを確認した。結果として、今いる位置から観測できる範囲内には自分達以外の存在はいないことが判明したが、それでも念の為に警報用の結界を敷設した上で、扉を簡単に開けられないように細工も行った。それだけの準備を済ませて、一行はようやく休息を取れる段階に至る。
「はあ、これでようやく落ち着けるね。流石にあのサメムシもこんだけ高いところへはよじ登ってこないだろうし」
「仮に登って来たとしても、ここならすぐ灯籠へ出て機竜で空へ逃れられますからね。一応、外敵の接近を感知する警報装置を内外に仕込みましたから、近づかれる前に対処可能ですよ」
当然ながら照明などない真っ暗な室内にて、最低限の照度を確保した後、これよりこの場所で寝る為の準備もし終えたジェドとフランジェリカがそのように話す。
「ああ、とりあえず今夜見つけた場所としては、最も安全そうだ。……一つ、懸念点があるとすれば、アヤミさんがさっき見つけた“アレ”だろうけどな」
ルヴィスがそう言いながら話に入ると、手にした魔光石の懐中照明にて、部屋の奥を照らし出した。するとそこには、何やら木切れらしきものが放置されたように置かれていた。しかもそれは、明らかに燃やされた跡があった。
「松明の残骸……ですか。しかも燃え跡が明らかに新しい。といっても、だいぶ日が経ってはいますけど、それでも数万年の時をそのままにしたようなこの世界においては……」
「そう、少なくとも誰かが廃墟と化した後のこの灯台の中に入った形跡がある。かといって、元からここに何かが住んでいたりしたような感じでもない……」
サフィアとルヴィスが続けて言った話に、怪しい木片を見つけた張本人である綾美もまた頷いて返す。
「まあ、何ていうか、すごく不自然だよね。あくまで探索とか調査をしただけというか、せいぜい一夜を明かした程度の跡というか……でも絶対に、誰かが少し前にここにいたってのだけは判るよね」
「つまり、懸念点ってのは、その誰かってのがここに戻って来る可能性があるってことか」
「あくまで可能性の話ですけどね。残骸そのものはけして近日のものじゃありませんし、ここを根城にしてるっていう風でもないので、まず大丈夫だとは思いますけど」
「しかし、探索や調査を目的に何者かがここを訪れたと仮定した場合、真っ先に思い浮かぶのは……」
そのように述べた後、視線の先にある木切れをじっと見つめながら、ルヴィスは考え込むような表情にて呟く。
「――ディアン殿。もしや、貴方もここに来ていたというのか……?」




