罪を重ねし異世界で被る罰の話④
「――全く、ヤツときたら人の趣味趣向に散々ケチつけておいて、結局自分も似たようなマンハントに興じているじゃないか。よくもまあどの口で、お前は自分の力に振り回されているだけの暴走野郎、などと言えたものだ」
「まあまあ、落ち着いて……。とはいえ、あんな有益な素材だらけの優良物件国を享楽の為だけに滅ぼしてしまったのは、流石に勿体なさ過ぎるなあ……」
これは、先のノーヴェラリア国での件より過去に遡った話。
魔王が六魔将を召喚後、発足した新生魔王軍が最初に制圧した国、グランジルバニア。そこから南東方向に《ヴァルカノン》という国があった。
ヴァルカノン国はネアロペ大陸内の国家でも、かなり特殊な構造と経歴を有する国の一つである。まず、そこには国土を縦断する広大なネグロマンデ山脈があり、その山のあちこちに多種多様な亜人族――ダークエルフ、ダークドワーフ、獣人、リザードマン、ケンタウロス等――が各集落を形成、更に人間種も含めて、表面上は互いの文化圏を尊重した連邦制や都市国家群に近い体制を取っていた。それと同時に、前大戦前までネアロペ大陸最強の軍事国家であったゴルガン帝国の実質属国でもあった。
だが、前大戦で一番最初に魔王軍の手によって、宗主国たるゴルガン帝国が陥落した後、なんとこのヴァルカノン国は自ら魔王軍へ従属の姿勢を取った。国内の亜人族人口が多かったこともあって要望は割と簡単に受け入れられ、事実として人類側から魔族側へ寝返る形となったのだ。
しかし、最終的にヴァルカノン国は魔王軍の状況悪化を理由に人類側国家へとさり気なく戻ってくる事となる。加えて、壊滅的なダメージを被ったゴルガン帝国と異なり、魔王軍から直接襲われていないヴァルカノン国には、前大戦後の被害は比較的少なかった。(因みに現在より150年以上前の人亜大戦時は、ゴルガン帝国による強固な支配体制故に意外と参加出来ていない)
といっても、一度は人類側の敵対勢力に尻尾を振った結果に変わりはない為、戦後はゴルガン帝国の代わりに別の隣国であるグランジルバニアがお目付け役的立場として、ヴァルカノンの実質宗主国となった。全盛期のゴルガン帝国ほどではなくとも、かの国にもそれだけの強い力があったのである。
ところが、前大戦時の最初期と似たような形で、今度はそのグランジルバニアが陥落。それだけでなく、今はまだ復興しきれていない弱小国へと落ちぶれたゴルガン帝国が、早い段階で新生魔王軍へと降伏を申し出た。
故に、グランジルバニアが手も足も出せずに敗れた相手とあっては自分達も勝てる道理は無いと、ヴァルカノン国も続いて新生魔王軍へ降伏を表明――したものの、何故かそちらの申し出は受理してもらえなかった。そして、その理由の主たる要因はカリストロスの存在によるものであった。
実際、グランジルバニアの大半を自らの手で攻め落としては自分の管理地とし、それから各周辺国家へ攻撃を仕掛けながら支配域を広げていたカリストロスは、とにかく戦争がしたくてしたくて仕方がなかった。というより、自分の力を振るいまくりたくてしょうがなかった。
だというのに、完全な負け戦を避けて初めから降参なんかされても、彼としてはあまりに詰まらない。現在のゴルガン帝国は初めから取るに足らない最弱の雑魚扱いされていたので、辛うじて降伏が認められたものの、下手に国力を保っており、しかも様々な亜人族がいるという付加価値付きなヴァルカノン国が戦いから逃れることはけして許してもらえなかった。当然、魔王としては前大戦時より人員不足なので、ヴァルカノン国の亜人族らを傘下に引き入れたかったのが本音であるが、カリストロスの方針に口を出す事は残念ながら出来なかった。
そうして、カリストロス率いる魔王軍勢力とヴァルカノンの亜人族連合の間で全面戦争が勃発。とはいえ、ヴァルカノン側がろくに対抗できる筈も無く、まるで白地図を塗り潰していくかのように各陣地が次々と落とされていき――現在では、国内最後の要塞とその後ろの都市がそれぞれ一つのみ残っているという、極めて追い詰められた状況に陥っていた。
「将軍! 西の山道より、魔王軍の紋章旗を掲げた大部隊の接近を確認いたしました! その数、数千どころか万に上ります!」
「遂に来よったか……!」
ここはヴァルカノン国最後の防衛拠点、深い谷の間を塞ぐかの如く設けられた、ダムのような構造をした巨大砦こと《ブラックス要塞》。
前大戦時、主にダークドワーフらの手により建造されたものをそのまま使い続けているその施設にて、黒い肌に白い髪と髭、それから厳つい顔つきと岩石のように屈強な体つきをしたダークドワーフの将軍が魔導通信機を手に取り、砦内にいる者全員へ向けて話しだした。
「聴け、諸君! 現在、このブラックス要塞こそがヴァルカノンで生きている唯一の軍事基地である! そして本要塞を超えた先のゾド・ヴァルドしか、もうこの国に都市は残されていない! つまりここが陥落して敵の進軍を許せば、それ即ち我が国は完全に滅亡するということだ! 落ち伸びる場所などありはしない! ここで何としてでも、魔王軍の侵攻を食い止めるぞ!」
ダークドワーフの将軍からの言葉を受け、砦にいる全ての者が雄叫びじみた返事の声を上げながら、覚悟を決めた。
通常なら、ヴァルカノン国内でも各亜人種は基本的に他の部族と必要最低限の関りしか持ちたがらない。だが、国自体の存亡を掛けた大戦となっては否応無しに結束を強めざるを得ず、本来であればダークドワーフが大半の要塞及び都市に、他の集落や陣地から逃げ延びてきた一部のダークエルフや獣人らなどが集まっていて、しかも共に戦う仲間として協力し合っていた。
(もう我々に後は無い。だが、対抗策まで無いという訳でもないぞ。配備こそギリギリになったが、ダークエルフの奴らと共同開発した最新鋭の魔導大砲が百門、これで調子に乗った魔族共の鼻っ柱をへし折ってくれるわ!)
そう考えながら、ダークドワーフの将軍は手のひらに拳を強く打ち付ける。実はこの要塞内には、魔法技術に優れたダークエルフと鍛冶技術に秀でたダークドワーフ、それぞれの分野で手先の器用な亜人族双方の技術者が作り上げた新兵器の実戦配備がようやく済んだところであった。
それは魔導式の新たな大型臼砲、もしくはモルチール砲といった代物だった。そもそもこの世界に大砲という存在自体が希少(しかも発射動力は魔力で、物理的な火薬式に至っては存在すらしない)なのだが、これは砲弾を発射する為の魔導器及び大砲の構造そのものを見直し、より射程と威力を増強した砲撃が行えるように改造されている。
因みに通常の臼砲の最大射程はだいたい1400メートル程だが、今回の新型魔導大砲はその倍近く。これまでのヴァルカノン国内での戦闘では、カリストロスの嗾けてきた猟犬兵らの銃火器によって、遠距離から一方的に狙い撃ちされ続けてきた亜人達であったが、この虎の子の兵器があれば充分に応戦が可能だろう――と、彼らは縋る気持ちで信じていた。
「将軍、要塞内の全魔導大砲の砲撃準備、完了致しました! いつでも発射できます!」
「よし、連中が山道の出口を超えたところで一斉砲撃を仕掛ける! あの地点なら充分、有効射程範囲内だ。同時に岩場の崩落にも大勢巻き込める。――奴らもまさか我々が自分達と遜色なき飛び道具を用意しているとは思っておらんだろう。火砲が連中の専売特許でなくなった事を盛大に知らしめてくれるわ!」
その後、ダークドワーフの将軍は側近らを引き連れて、ブラックス要塞の屋上へと移動。魔王軍の部隊が迫っているという山道を視ることの出来る位置につきながら、敵の接近を待った。自軍が遠距離攻撃可能なのを悟られように大砲は隠しながらも斉射の準備を整えながら、要塞内の兵士たちは今か今かと砲撃の時を待ち続ける。
――だが、山道を降りてきていた筈の魔王軍の部隊は、何故か急にその出入り口付近で行軍を止めると、そこから一向に動こうとはしなかった。狙うべき標的が有効射程範囲のギリギリ先から進んでこないことに、要塞の兵士らは不可解さを禁じ得ず、同時に痺れを切らして苛立ちを覚えてくる。
「……ううむ、何故だ? 奴ら、ついさっきまで元気に移動して来寄ったくせに、山道の出口手前で立ち止まったまま、全く動こうとせん。まさか、こちらの目論見が悟られたのか? しかし、そんな筈は……」
「将軍! 本要塞の周辺に何やら奇妙な姿の魔物が複数現れては、空中を飛び回っております!」
「何?」
自分の傍へ急ぎ駆け寄ってきた部下の報告に、ダークドワーフの将軍は今いる屋上から身を乗り出すようにして、要塞の周囲へと目を向ける。
すると、要塞の周りには球状の体に触手を何本も生やし、それから大きな目玉が一つついている不気味な見た目の魔物が十数体ほど、いつの間にか出現しては、まるで人魂のように空中をふよふよと浮遊移動していた。
「むっ!? 何だ、あの気色悪い姿をした魔物は!」
「あれはおそらく、ゲイザーやデビルアイなどと呼ばれる類のモンスターではないかと。加えて、あの魔物らは向こうにいる魔王軍から差し向けられた、監視目的の使い魔かと推察されます。視覚共有魔法を用いて、こちらの様子を伺っているのやもしれませぬ」
「くっ、向こう側も何か虫の知らせが働いたのかもしれんな。今までとにかく片っ端から蹂躙し続けてておった連中が、急に小細工を弄しおって……」
山道の出口前にていまだ動かぬ魔王軍の部隊を遠眼鏡で見据えながら、ダークドワーフの将軍は苦々しい表情で思わず唸る。
「将軍、如何しますか? あの魔物ども、まだこちらへ直接攻撃を仕掛けて来るような動きは見せていませんが……撃ち落としますか?」
「……そうだな。あまりこちらをジロジロ見られ続けるのも気分が悪い。ただし、迎撃は矢か魔法で行え。けして大砲は使うな。我らが新兵器の威力と性能を先に見せてしまえば、いよいよ奴らはあそこから近づいてこなくなるだろう」
将軍からの言葉に部下の一人が了承を告げては、魔導通信機を取り出し、要塞内の各部隊へ連絡を取り始める。
「全く、せめてあともう少しだけ前に出てきてくれれば、景気よく砲弾の雨をくれてやるものを――んん?」
その時、将軍を含め、要塞の屋上にいた者達の全員が突然空の向こうから鳴り響いてきた、とてつもなく奇妙で大きな音を聴きつけたことで、反射的にその方向へと注目した。
彼らからしたら今まで全く聞いたことのない、まるで空間そのものを振るわせて引き裂くかのような、けして良い気持ちになどならない謎の騒音が鳴り続け、しかも接近してくる様子に将軍は何事かと天を仰ぐ。
「何だ!? この変な音は!」
「将軍! 向こうの空に何かがいます!」
部下の一人が慌てて指を差し、その場にいる全員が一斉にそちらを向く。彼らの視線が向けられたずっと先、遥か天空の向こうには、何やら一つの影が飛んでいるのが視えた。その影にはどうも一対の翼らしきものがあって、あきらかにこちらを目指して上空から急接近してきている様子である。
「あれは――巨大な鳥? いや、竜か……? にしても、おかしなシルエットをしておるが、このやかましい音の出所はどう考えてもアレだな……!」
言いながら、将軍は手にした遠眼鏡で近づいてきている謎の飛翔体を覗く。すると、その飛翔体はそれに答えるが如く、むしろ見せつけるかのように露骨に高度を下げてきた。飛んでくる影は周囲に比較物の無い上空故に判り難いものの結構大きいようで、全体は暗い色のグレー、しかもその体表面はつるつるとした金属的な質感と、とても生物の様には思えない不可思議な見た目をしている。
――それも当然。ブラックス要塞にいる者達には知り様の無いことだが、現在接近してきている影は怪鳥でも飛竜でもなく、紛れもない戦闘機――しかも“死の白鳥”の異名で襲れられるB-1B爆撃機であったのだから。つまり、今も尚聞こえ続けている空からの騒音とは、超音速で飛行するB-1Bから生じるジェット音だったのである。
「将軍、あの飛行する何か、こちらへ向かってきているようですが……撃墜しますか!?」
「ぬう、止むを得ん。撃て! すぐ撃ち落とせ! あんな得体の知れんものに来られては何をされるか――」
理由こそ言語化は出来ぬが、とにかく強烈な危機感を覚えた将軍はそのように叫んだ。だが同時に、内心では正直無理だろうとも諦めていた。幾ら、自ら近くまで降りてきてくれたとはいえあの飛行速度、とてもじゃないが射程的には届いても、大砲の狙いなど定められる筈も無い。因みにB-1Bは超低空飛行が可能な機体であり、なんと60~150メートルもの高度にて近接航空支援を可能とする能力を備えている。
そんな空飛ぶ謎の化け物が、ダークドワーフの将軍らが集う要塞の屋上のほんのすぐ傍まで超高速でやってきたのだが――そのまま、何もせずあっという間に要塞上空を通り過ぎて行ってしまった。
「なっ……!?」
巨大な竜に頭上から襲いかかられたが如き衝撃に、何も出来ず固まってしまった彼らであったが、予想に反して何もされなかったことに、全員が等しく混乱から動くことが出来ずにいた。単に要塞屋上へ近づいてはそのまままた空へ飛び上がっていった巨大な飛翔体の行動に、誰もが意味不明とばかりに唖然とした顔を覗かせる。
「あの化け物、何もしてこなかった……? いや、まさか――ッ!」
直後、ダークドワーフの将軍は何かへ気づいたようにして、その場から立ち上がっては背後を振り向き、謎の怪物ことB-1Bが飛んで行った方向へ目を向ける。その方角には――
「し、将軍! 先程の飛翔体、ゾド・ヴァルドの方向へと真っ直ぐ向かっているようです!」
「くそっ、やはりか! よもや空飛ぶ巨獣を仕向けて来るとは! しかしあの距離では、もう我らの大砲でも届きはしない……!」
なんと、要塞を無視して通り過ぎていったB-1Bは、その先にあるダークドワーフの都市、ゾド・ヴァルドを目指して飛行していた。要塞屋上にて将軍らはそれに気づくも何もすることは出来ず、それからあっという間に、ゾド・ヴァルドの街が見える場所の上空間近まで怪物の影が辿り着いた光景を目にする。
途端、空飛ぶ怪物は到着と同時に何かをポトポトと腹の下から大量に落としながら、街を横断してそのまま上空を通り過ぎていった。そして瞬きの後には、街中から何十もの凄まじい爆発が連続発生し、一瞬にして街が多大な火の手に包まれる惨状が要塞側からでもよく見えた。




