罪を重ねし異世界で被る罰の話⑤
「…………ッ?!!」
「ま、街が! ゾド・ヴァルドの街が!」
「将軍! ゾド・ヴァルドがあっという間に火の海に――」
「分かっておる! 少し静かにせよ!」
要塞にいる彼らには一切予想できなかった状況の発生に、兵士達の中で動揺の波が一気に広がっていく。そんな中、ダークドワーフの将軍は遠眼鏡にて、自分らの護るべき最後の居住区であった都市の様子をしっかり確認した。ひとまず、もう何もかも手遅れなのが判るくらいに壊滅的なダメージを受けているのは明らかだった。
因みに、B-1B爆撃機は自由落下式のMk82 通常爆弾ならなんと84発分も機内の兵器倉に搭載可能であり、これこそが目にしたらそれ即ち死を意味する白鳥としての所以でもある。それ以外にも作戦に応じて、各種巡航ミサイル、短距離攻撃ミサイル、クラスター爆弾、GPS誘導爆弾なども運用が可能だ。――まあそんな余談はさておき、
「……アレは、いかんな」
一頻り見終えては遠眼鏡を降ろすと、将軍はそう一言呟いた後に深い深い溜息をついた。
「将軍、これからどうなさいますか?」
「ううむ、どうすると言われてもな……」
部下の一人から問われ、自分らは無傷のまま、先に守る筈の対象を吹き飛ばされてしまった状況に頭を悩ませる将軍。するとそのタイミングで、何やらパチパチと拍手のような物音が何処からか聴こえてきた。しかもその音は沢山重なり合うようになっては、耳をつんざくくらいにうるさい音量となった。
「む? 何だ、この耳障りな音は! 一体何処から聴こえてきておる!」
「これは……ゲイザーです! 要塞の周囲に展開している魔物どもから、この騒音が生じています! どうやら、遠隔で音を伝える魔導装置を付けられているようです!」
魔物や魔法に知識のあると思しき部下の一人が、周辺を確認しながらそのように伝える。それを聞いた全員が目玉の魔物へ目を向けると、その球状の体には確かに小さな金属細工らしきものがとりつけられていた。そして直後、一旦拍手のような音が止むと、すぐに若い女性の声ではっきりと言葉が聴こえてきた。
『喝采せよ! 偉大なるカリストロス様の御力に喝采せよ!』
要塞全域に響き渡る音量でそう告げられた後、
『カリストロス様、万歳! カリストロス様、万歳!』
幾人もの声を揃えて、ある一人の人物を讃える言葉が続けられる。そうして再び、けたたましいくらいに拍手の音が目玉の魔物に備え付けられた装置より発せられた。
「…………」
その声と音が、山道の出口手前にて待機したままの魔王軍部隊から届いているものであることは、流石に要塞内の兵士達にも理解できていた。要塞屋上に集う者たちが西の方角へ目を向けると、そこにいる魔族たちが拍手だけでなく、煽るように紋章旗を振ったり、発光魔法をチカチカ点滅させたりしているのが見て取れる。
「――撃ち落とさんか」
「え?」
「早く撃ち落とさんか! あのクソやかましい目玉共を一匹残らず撃ち落とさんか!」
「ははっ!」
将軍から怒鳴るように告げられ、要塞の兵士たちは一斉に魔導装置から拍手音を響かせ続けるゲイザーへの攻撃に掛かる。そして、そう時間は掛からずに掃討自体は済んだものの、監視の魔物を排除して尚、山道出口の先の魔王軍部隊が近づいて来ることはなかった。
それからしばらく誰もが沈黙する静かな時間が流れた後、ダークドワーフの将軍はまた深い溜息をついては、魔導通信機を手に取る。
「――諸君。誠に残念ながら今先ほど、本要塞を超えていった空飛ぶ怪物の攻撃により、ゾド・ヴァルド市街は壊滅的被害を受けた。こうなってはこの戦い、何も出来ずして我々の敗北は決まったも同然である」
そう告げた将軍の言葉に誰も言い返したりするような事はなく、彼の周りにいる側近や部下の全員が沈痛な面持ちで彼を見つめ続けた。
「よって、儂は諸君らに命令する。これよりは各々、自分の好きなようにしてもらって構わん。ここに残る儂と共に最期まで悪足掻きをするも良し、今からゾド・ヴァルドへ向かって家族や友、愛する者を助けにいくも良し、とにかく何処かへ逃げ延びるのも良し、何をしようと儂は止めも咎めもせん。……しかし、いずれの選択も辛い道を歩むことになるだろう。せめて最後くらいは自分の決めた生き方をするがよい。――以上だ」
「将軍……」
「儂の指示は今伝えた通りだ。決断は早い方が良いぞ。いつ、あそこにいる連中が動き出すかは判らんし、あの空飛ぶ怪物がまた戻って来ないとも限らん」
厳格な表情で静かに答えた将軍の言葉に、周りの者達は困ったように互いの顔を見合わせる。だがその直後、再度また例の空を切り裂く音、つまりはジェット音がついさっき爆撃されたゾド・ヴァルドの街のある方の上空より聴こえてきた。
「なっ、この音はまさか……!?」
「おのれ、もう来寄ったのか……!」
空の向こうから響いてくる音の方角へ将軍らが振り向くと、一旦空の彼方へ消え去った怪物ことB-1Bの影が引き返してきているのが視えた。それどころか、その機影は前回と違って要塞を次の攻撃目標としているかのような、明確な意思を見せるかの如き姿勢で突っ込んできていた。
「将軍! あの化け物、今度はこちらを攻め滅ぼすつもりなのでは!」
「迎撃だ! 撃ち落とせ! 何としてでも撃ち落とせ!」
「む、無理です! あんな早く近づかれては……!」
「く、来る! うわあああああッ!!」
上空からの機影の急接近に慌てふためいては叫びまくる兵士たちと、逆にもう一言も発さず黙ってしまっている将軍。そんな要塞屋上の彼ら目掛けて、迫りくる巨竜が如く、超音速でB-1Bが飛び込んでくる。
――が、その巨大な影は要塞屋上へぶつかるかくらいまで近づいてきたところで、まるで幻のように一瞬でその姿を消してしまった。
「――は?」
「消えた……だと?」
「こっちに突っ込んできていた化け物が……一体、何処に消えたというんだ?」
全長40メートルを超える大きさの物体が一瞬で消失したことに、訳が判らないといった様子で誰もが混乱しつつ周囲を見回す。だが、あれほど騒音を立てながら飛んでいた筈の巨大な何かは、今はもう影すら存在していなかった。
「……もしや、幻? あの空飛ぶ巨影も街の惨状も、実は幻術だった……? 」
要塞屋上の全員が愕然としている中、将軍もまた現状が信じられないとばかりにそのような台詞を口にする。しかし、
「――いやいや、そんな訳ないじゃないですか。全て現実ですよ、現実」
唐突に誰のものとも知れない、若い男性のものと思しき声が背後から聴こえ、将軍は咄嗟にその方を振り向いた。するとそこには、今までこの場にはいなかった人物、紺色の軍服に長い黒髪をした青年がいつの間にか佇んでいた。
「どうも皆さん、期待通りの無様で惨めなリアクションをありがとうございます。実に滑稽でそれなりに面白かったですよ」
「……何だ、貴様は?」
急に現れた謎の闖入者に、将軍含めそこにいた全ての者が彼を一斉に睨みつける。大勢の殺気立ったドワーフらに囲まれるというのは、普通であれば末恐ろしくなって溜まらない状況の筈だが、そんな中にあって尚、当人は微塵たりとも怖がる事なく厭らしい笑みを浮かべていた。
「将軍、おそらくですがこの男こそ、カリストロスとかいう魔王軍の将ではないでしょうか?」
「……ッ!」
「おや、自己紹介の手間が省けて助かりますね」
傍にいた側近に言われて将軍がハッとする中、謎の軍服男もといカリストロスは邪に微笑んでみせた。それを受け、将軍は我も負けじとカリストロスへ真っ直ぐ厳しい視線を返す。
「――それで、あのグランジルバニアを滅ぼし、かの勇者を討ち、そして散々この国をメチャクチャにしてくれた張本人がわざわざ一人で何をしに現れた? さっきの空飛ぶ化け物の力ならゾド・ヴァルドの街同様、この要塞も一瞬で壊滅させられたであろうに」
「説明的な台詞までどうもありがとう。そしてその通り、こんな場所なんて爆撃機の空爆でいとも簡単に吹き飛ばせます。それをあえてせずに、私自ら足を運んだのは……もうここ以外の攻撃すべき箇所は全て潰してしまいましたからね。最後にどんな連中が残ったのか、直接見てみるのもまた一興かと気紛れで思いつきまして」
「何……?」
「あと防衛基地より先に守るべき、そして帰るべき市街地を落とされた場合、貴方がたが果たしてどんな顔をするのかも気になったのですよ。ええまあ、結果はどいつもこいつも予想通りの馬鹿面、間抜け面の集まりでしたがねえ」
ふざけているとしか思えない内容と喋り方で告げるカリストロスの言葉に、その場にいる者達全員の怒りが静かながら最高潮に昇り詰める。
「……そうか。言いたいことはそれで全部か?」
そして、ダークドワーフの将軍は淡々とそう答えては、無表情な目つきでカリストロスを見つめた。
「儂たちの面はさぞ、冥途の土産に丁度良かっただろう。その目に刻み込まれるくらいまで、よく拝んでおくことだな」
そうまで告げると、静かに携えていた戦斧を手に取って構えた。そして、周りにいた全ての者たちも同じように、装備していた武器を握り締めた。
「あらあら、怒っちゃいましたか? ま、そりゃあ当然ですよね。――ですが皆さん、もしや私が何も考えず、敵軍の只中に一人飛び込んできた馬鹿だとか思ってませんか? この数で取り囲んで袋叩きにすれば、ワンチャン勝てるんじゃないかとか考えたりしていませんか?」
「ああ、全くその通りだよ!」
未だ気持ち悪いニヤニヤ顔で喋り続けるカリストロスへ、もう我慢ならんとばかりに将軍だけでなく全員が手中の武器を振り上げては、彼一人へと群がるように飛び掛かろうとする。しかしその前に、カリストロスの周りから一瞬で猟犬兵の集団が現れては、その展開とほぼ同時にアサルトライフルの銃口を襲い来るドワーフらへと向けた。
「……ッ?!」
「馬鹿は貴方がたですよ。――さようなら」
その後、たった数秒の間だけ騒々しい銃声が鳴り響いた後、要塞屋上にてカリストロス以外に生きている者はいなくなった。




