罪を重ねし異世界で被る罰の話②
――翌日。ノーヴェラリア国王都の王城内、謁見の間にて。
玉座に座す女王、そして周りに元老院の貴族らが集う中、一人の人物が使用人に案内され、その場所へとやってきた。その人物は、
「これはこれは、女王陛下。我が入城を受け入れて下さり、誠に感謝致します。私は新生魔王軍を率いる者――カリストロス・カリオストロと申します」
紺色の軍服に長い黒髪の青年、この国を惨憺たる有様に陥らせた張本人である、鐵火のカリストロスその人であった。
「カリストロス……!? カリストロスって、あの――魔王を倒した勇者を殺めたという、六魔将の一人の……!」
現れた人物の素性に、女王を始めとした全員が驚きと恐れから騒めき出す中、当のカリストロスはその反応を気に入ったように、気持ち悪いくらいにわざとらしい笑みを浮かべてみせる。
「ああ、そんな事もありましたっけね……。ですがまあ、それ程大した相手でもありませんでしたよ。貴方がたが大層ありがたがりまくっている勇者様なんて」
(なんて恐ろしい男……! かの勇者を大したことないだなどと嘲るなんて……。外見的には普通の人間にしか見えないけれど、涼やかな笑顔に反して纏ってる空気がすごく怖い……!)
目の前の男に只ならぬものを感じて、震え上がりそうなのを必死に堪えながら、女王は為政者らしい毅然とした態度で彼に答えた。
「カリストロス殿。こちらこそ、我が国の降伏を受け入れて下さることに感謝します。……ですが、その前に一つお聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「ん? 何でしょう?」
「どうして……今更なのでしょうか? 我が国は貴方がたから攻撃を受けた際、早い時期から降伏を申し出ていました。しかし魔王軍はそれを頑なに無視し続け、もう我が国はこの王都を残すのみ。散々傷物になった我が国を今になって接収しても、そちらが得られる物はけして多くないと思います。それを今頃……どうして、なのでしょうか?」
女王のやや感情の入り混じった問いに周りの貴族らは、おい余計な事を言うな、といった目で焦りながら彼女を睨んだ。だが、カリストロスは特に気分を害したような様子は見せず、微笑んだままであった。
「ああ、なるほど。確かに貴方がたの立場からすれば不可解ですよねえ。――まあ、そこまで大した理由は無いのですけど」
「大した理由は、無い……?」
「ええ、私は単にこの国を私の“能力実験場”に利用していただけですので」
「能力実験場……!?」
他愛のないことのようにさらっと答えたカリストロスの態度に、女王は驚きからつい狼狽えた表情を見せてしまった。
「はい、貴方がたの国のお陰で、それなりに色々なデータが取れました。そして、それなりに楽しめもしましたので、最後くらいはそこにお住いの方々へ顔合わせと挨拶をして――もし気が向いたら、多少の慈悲を与えてやるのも悪くないかなとか思ったりしてですね」
「そんな……そんな理由で、我が国は……」
カリストロスからあまりに邪悪な笑顔で真相を告げられ、その悍ましさに女王は遂に目から涙を零してしまう。だが周りの貴族らは、堪えろと言わんばかりの視線を揃って女王へと向けた。
「それに、私からも一つ言わせていただきますけど、貴方がたは勘違いしているのではないですか? 魔王軍に降伏するという事の意味を」
「え……?」
「魔王軍に降伏する……それはつまり、貴方達の人権は完全に剥奪され、魔族らの所有物として好きに扱われるという事。それから、この国は当然、魔王軍の領地となる訳ですが、その場合、六魔将のうちの誰かに管理される事となります」
そう言って、カリストロスは人差し指を立てながら、まるで気取った講師のように解説をしだした。
「もし管理者が糞骸骨なら、貴方達人間は家畜か魔力リソースの材料、糞淫魔なら超ブラック環境で延々強制労働、糞騎士なら化け物人間に改造されて魔族に飼われる玩具に、糞蜘蛛なら女限定で一生虫の苗床、糞妖精なら飛竜の餌として漏れなく豚にされます。その扱いに貴族だとか一般市民の区別なんてありません。下手に降伏なんてしようものなら、殺された方がマシな目に遭わされる可能性の方が大いに高いです」
カリストロスの述べた説明に、貴族たちはこれまで抑えていた状態から一変、忽ち騒ぎ出すようにザワザワとし始めた。
「うそっ……他の国では、魔王軍に支配された地ではそのような事が……」
「嫌ですよねえ、惨いですよねえ。降伏しても救われないのはあんまりですよねえ。――そこで、私は貴方がたに一筋の希望を与えることにします」
すると、カリストロスは芝居がかった所作と共に、服のポケットへ手を突っ込んでは何かを取り出して見せた。それは二つのサイコロであった。片方は白、もう片方は黒と色が分かれている。
「……え?」
「これが何かくらい、知っていますよね?」
「ええと……ダイス、ですよね?」
「そうです。これを今から、女王である貴方に振ってもらい、この国を出た目に応じた六魔将の者の管理地とすることにします」
「……っ!?」
女王や貴族らが唖然とする中、カリストロスは構わず手にしたサイコロのうち、白い方の一つを指しながら話を続ける。
「1ならゲドウィン、2ならエリジェーヌ、3ならオデュロ、4ならシャンマリー、5ならメルティカ、そして6ならこの私。もし私がこの国の管理者となった場合、今後は一切の攻撃を行いません。他の魔族連中も立ち入らせませんし、この国から出ない限り、貴方達には人間としての生活がこれまで通り継続できることを保証致しましょう」
「そ、それは……」
一見、僅かながら希望のありそうな話ではあるが、そのあまりに重すぎる責任が自分一人に掛かっていることを認識し、女王は思わず言葉を詰まらせてしまう。
「女王陛下……!」
「陛下、どうかお願いします! 貴方にこの国の全てが掛かっております!」
「6です! 絶対に6を出すのですぞ!」
しかし、周りの貴族ら全員から集中して向けられる声と視線が、彼女に尻込みする事を許さなかった。
「さあ、どうしますか? やっぱり降伏は取り下げたい、というのであれば、ダイスは振るわなくても結構です。その場合は、王都も他の都市と同じように瓦礫の山へと変えて差し上げるだけですので、集団自決がお望みならそのように」
厭らしい笑みを浮かべながら、女王の反応を愉しむかのようにそう告げたカリストロスであったが、
「……や、やります! ほんの僅かでも希望が残されているのなら……!」
女王は意を決したように答えを返すと、カリストロスの方を真っ直ぐに見据えた。
「いいでしょう。それではどうぞ」
その返答を受け、カリストロスは手にしたサイコロの白い方を彼女へと放り投げた。それを女王はアワアワとなりながらもキャッチした後、指先に摘まんではそれをジッと見つめ、思わず息を呑みこむ。
(6、6を出すんですよ、私……! 確率は6分の1! 約17%! それでも、この国が無事でいられる可能性があるんだったら……!)
周りから貴族たちの野次同然な視線と声援が刺さりまくる中、女王はダイスを手の中に握り締め、祈るように目を瞑りながら天を仰ぐ。
「お父様……! どうか、この私に力をお貸しください……!」
そう絞り出すような声で呟きながら、ついに女王はサイコロを振るった。謁見の間にいる全員の目が、小さなサイコロ一つへと向けられる。
そして、転がっては動きの止まったサイコロの肝心の目は――




