親友を思う異世界の女勇者の話
これはレフィリア一行もとい、綾美やルヴィス達がエーデルランドからレヴォン諸島へと旅立つ前日、更に言えばその日の夜の話。
(…………。うーん、眠れない……)
王都エデルクスにあるクリストル兄妹の実家ことクリストル邸にて寝泊まりしていた綾美は、宛がわれた客室のベッドにて、なかなか寝付くことが出来ない現状に頭を悩ませていた。
厳密には一旦就寝したのであるが、旅の出発が早朝な為にいつもより早い時間に床へ就いたこと、そして日中に少し昼寝をしてしまったことにより、一度トイレに起きてから部屋のベッドに戻っても全く眠れず、その状態が既に一時間以上も続いてしまっている。
羊を数えてみたり、本を読んでみたりと色々思いつくことを試してみたのであるが、眠くなるどころか逆に余計眠れなくなる始末。このままでは朝になってから睡魔に襲われて、パーティの仲間達に迷惑を掛けてしまうのは容易に想像できた。
(困ったなあ……。あっ、そうだ。ちょっと体を動かしてみるのはどうだろう?)
そう思い至った綾美は、出来る限り物音を立てないように気を配りながら、その場にてストレッチや軽い筋トレ的な体操をし始めた。もしかしたら、少し疲れることによって眠気が訪れてくれると期待しながら。
そして少し経ったところで、急に部屋の扉がコンコンと静かにノックされた。そのことに綾美はビクッと驚いた後、しまったといった顔をしながら部屋の出入り口まで歩いていく。それからおそるおそる扉を開けると、
「あっ……サフィアさん……?」
その先には、寝間着姿のサフィアが立っていた。
「――レフィリアさん、もしかして眠れないのですか?」
「ええと……ごめん、起こしちゃったかな? なるべく物音立てないようにしてたつもりではあったんだけど……」
絞った小声で尋ねてきたサフィアは、けして叱りに来たような様子ではなかったものの、綾美からすればやってしまったと言わんばかりに申し訳なさそうに返す。因みにサフィアはもしもの時の護衛の為、屋敷内にある自室ではなく、あえてレフィリアの泊っている隣の部屋で寝ていたのであった。
「いえ、物音自体はそんなじゃなかったです。ただ、起きているような気配がずっとしていたので、ちょっと気になって見に来ました。一応、万が一って場合もありますし」
「……うん、いつも気に掛けてくれてありがとう。明日早いって判ってるのに眠れないものだから、少し体動かしたら寝付けるかなって思ったんだけど……本当にごめんね」
「そんな、謝らないでください。別に責めてる訳じゃありませんよ。レフィリアさんが明日からのことを考えてどうにかしようとしていた事は伝わりましたから」
「うん……。ところでサフィアさん、わざわざ見に来てくれたところに悪いんだけど……ちょっとまた魔法で催眠掛けてくれないかな? そうしたら流石に眠れると思うし……」
「あー……レフィリアさん、それは正直承諾しかねます。というのも、不眠の解決に魔法を常用するのは、実はあまり良い事じゃないんですよね。旅先では仕方ないのでやってましたけど……」
綾美からの頼みに対し、サフィアはやや言い辛そうにしながら述べた。
「悪い意味で癖になるというか、逆に魔法を使わないと寝付きにくくなりますし、眠りの質も落ちて疲れが取れ辛くなります。あと、今から魔法掛けたら眠れはしても、今度は朝起きる時が大変ですよ?」
「えっ、そうなんだ……。じゃあ、どうしよう。眠れないのも起きれないのも、どっちも困るなあ……」
「そうですねぇ……。でしたら、魔法以外の方法でレフィリアさんを眠りに誘ってみるとしますか」
何かアイデアを思い付いたように言うと、サフィアはレフィリアのいる部屋の中へと入って来た。
◇
それから、しばらくして、
「はう……。サフィアさん、そこ……すごく、気持ち良い……」
「ここですか? ここがいいんですか?」
ベッドにうつ伏せになって寝ている綾美にサフィアが背中から彼女を押さえつけては、その身体をまさぐるように手で触れていた。ごそごそと布擦れの音だけが静寂に包まれた夜の室内で聴こえると共に、それに併せて綾美が艶めかしく喘ぐような声を度々上げる。
「あっ……んんっ。なんか、恥ずかしい声、出ちゃう……」
「遠慮なく、気持ち良くなっていいですよ」
――といっても、別に如何わしいことをしている訳ではなく、単にサフィアが綾美を指圧マッサージしてあげているだけであった。
「レフィリアさん、すごく凝ってますね……。ストレスも溜まってるでしょうし、仕方のないことだと思います。でもこうして体を解していけば、そのうち寝付けるんじゃないかと」
「うん、これはなんか効果ありそうかも……。サフィアさん、マッサージすごく上手……もう天国までいっちゃいそう……ふぁああ……」
「喜んでくれるのは嬉しいですけど、召されたりまではしないでくださいね」
幸せ心地で脱力しながら答える綾美に、サフィアもまた表情を綻ばせる。
「うん……ごめんね、サフィアさん。私がこんなになってからでも、ずっと優しくして、助けてくれて……。私、役立たずどころかいっぱい迷惑掛けちゃってるよね……。正直、お荷物っていうか――」
「……レフィリアさん」
「あいたたたたっ! サフィアさん、そこ痛い……!」
すると、サフィアは急にジトっとした顔になっては、綾美の痛がる箇所をわざと強く指圧し、彼女を悶えさせた。
「レフィリアさん、自分を卑下するような事は言わないって約束しましたよね?」
「ご、ごめん! つい気が緩んじゃって……ていうかそこ、すごく効く感じだけど、でもやっぱり痛い……!」
「……すみません。思わず意地悪してしまいました。別に私も貴方を謝らせたい訳じゃないですし、気が緩んでしまったのなら仕方ありません。それなら、聞かなかった事にします」
しばらく、痛みのあるツボをわざとグリグリ押し続けていたサフィアは、それを宥めるように今度は一転して優しい手つきへと切り替える。
「あっ……ふうう、それは、気持ちい……」
「レフィリアさん、私はもう貴方が異世界からの使徒だから助けてあげてるんじゃないんです。私にとって一人の大切な友人だからこうしているんですよ。貴方が私達を友として大事にしてくれているその気持ちに、私もまた応えたいんです」
「……ありがとう、サフィアさん。私も……私なりに頑張るからね……。今はこんなだけど、たとえ借り物だとしても、聖騎士の力を取り戻せたら……絶対に助けるから……」
「………………」
綾美がそう言った後、サフィアは唐突に今まで指圧し続けていたその手を止めた。それが数秒続いたことが気になったので、綾美がチラッとサフィアの方を振り向くと、
「……サフィアさん?」
サフィアは右手を上げて、その拳を握り締めていた。
「えっ!? サフィアさん!?」
その様子に綾美は一瞬、自分が気に障ることをまた言ったことで今度は殴られるのかと思ったが、実際にその握り拳が殴ったのはサフィア自身であった。つまり、自分の額を自分で殴りつけたのだ。
「……ごめんなさい。私は、馬鹿なことを言っていました。私の貴方に対する物言いは……友人として大切に思ってるなんて言いながら結局、貴方を貴方個人ではなく、異世界の使徒たる聖騎士としてしか見ていないようで……これでは、貴方に失礼でしかないです。これでは、貴方に自らを卑下する言葉を吐かせてしまっても仕方がありません」
「サフィアさん、どうしたの? 私、サフィアさんのこと、何も悪く思ってないよ? サフィアさんが私のこと、大切に思ってくれてるのはすごく解ってるよ!」
サフィアの自責めいた吐露に対し、綾美はベッドから半身を起こしては、彼女へと向き直ってそう言葉を掛ける。
「はい、心配させてすみません。これは単に、私の中での考え方の問題です。でも……私にとって重要なことでもあるんです」
そう言って、サフィアはベッドに腰かけては、正面から綾美の顔を見据えた。
「ところで、その……レフィリアさん、今更な話ではあるんですけど……」
それから、すこし恥ずかしそうにしながら、彼女にしては珍しくもじもじと言い淀みながらも話を続けた。
「ええと……貴方のこと、私も本名の方で呼んでもいいですか? 兄さん達は早いうちから呼んでいたのに、私はどうも機会を逃してしまって……」
「――うん、いいよ。ていうか、そんなの断る必要もないんだけど」
そのサフィアからの言葉に、綾美は心から嬉しそうに微笑んでは承諾を返した。
「それにこの際、もう呼び捨てで呼んで。その方がもっと嬉しいし、そうしてくれたら私も呼び捨てで呼ぶから」
「……っ! じゃあ、ア、アヤミと……これからはそう、呼ばせてもらいます」
「うん、なら私はサフィアって呼ぶね。ありがとう、サフィア。貴方の気持ち、私はとっても嬉しいよ」
「…………ッ!!」
途端、サフィアは飛びつくように目の前の綾美へと抱き着いてきた。
「ちょっ、サフィア……!?」
「ごめんなさい、つい感極まってしまいました……。これはもう、今夜は寝かす訳にはいきませんね」
「いや、出来ればそこは寝かしてもらいたいかなって……」
苦笑いして返答する綾美に、サフィアは抱き締めていた彼女を離しては優しく微笑んだ。
「ふふっ、冗談ですよ。ではもう少しだけ、アヤミのいやら――ごほん、可愛らしい声を堪能させてもらいましょうか」
「サフィア、なんかさらっと恐ろしいこと言ってない……? 目つきもちょっと怖いっていうか……」
「気のせいですよ。さあ、お喋りはこのくらいにしてマッサージの続きをしましょうか。あまり遅くなってもいけませんし」
「うん。じゃあ、お願いします……」
再びベッドへ体を預けた綾美の背にサフィアが手を伸ばしては、心を込めた指圧をまた始めていく。
「アヤミ、力加減はどうですか? 痛すぎるようでしたら、構わずに言ってくださいね」
「ふぁああ……ちょうど良い、今のがすごく良い……ヤバい、サフィアのこともっと好きになっちゃううう……」
それから二人は高ぶる感情の赴くままに、寝室にてくんずほぐれつ――したりすることなく、綾美は無事に心地よい眠りにつかされることとなった。




