大魔導師に異世界で問い質す話②
「話は変わりますけど、ゲドウィンさん。先日聖騎士レフィリアが城にやってきた後、スレイアさんと口論されていた時に貴方はこう言っていましたよね? もしも万が一、魔王様が聖騎士に倒されることがあっても大丈夫なよう、あの方に“特別な措置”を施している、と」
「ん? ああ、そうだね。その時にも説明した通り、デモンニグル内にいるのならば、魔王さんはたとえレフィリアさんの必殺技をもろに食らったとしても滅びることは絶対ないよ」
「でもそれって私、何か引っかかるというか、おかしいと思って仕方なかったんです」
まるでドラマにでも出てくるような、謎を追求して訝しむ刑事か探偵を想わせる口調と雰囲気で、メルティカは喋り続ける。
「だって過去に私が――いえ、元のメルティカが殺されたエンドラちゃんの蘇生をゲドウィンさんに頼んだ時、貴方はどうやっても復活させることは不可能だってすぐに諦めたじゃないですか。なのに、此度の魔王様の方は特に問題なく再生させられるって、あまりに都合が良すぎて変じゃありません?」
「えっと、それはあの時とはちょっと色々理屈が違うというか――」
「そうです。理屈が違うんです。というか、復活蘇生の仕組みそのものがですね」
そう言って、メルティカは腕を組みながら人差し指を立てた。
「私、自分なりにゲドウィンさんがどんな方法で魔王様の不死身を実現させているのか考えました。ゲドウィンさんが主にやりそうな手段……、それって例えば今、城内にいらっしゃるのは魔王様の分身とか、はたまた影武者的な役割のクローンや傀儡とかで、本当の魔王様の身体は別の場所にいるんじゃないかって」
「…………」
「要はゲドウィンさんが日頃から講じている安全策と同じです。もし現地で戦っている分身が倒されてしまっても、即座に別の分身を投入して入れ替える事で分身の在庫が続く限り、疑似的な不死性を再現できる」
今は他に誰もいない静かな工房内に、メルティカの淡々と語る声だけがずっと響いていく。
「それこそ、だいぶ前にみんなで海に遊びに行った時、ゲドウィンさんとオデュロさんがホムンクルスの肉体に意識だけ繋げて遠隔的に活動していたような……、それに近い真似を魔王様にも施しているんじゃないですか?」
「――いやあ、流石だねメルティカさん。そこまで言われたらもう誤魔化しようがないから白状するけど、だいたいそれで正解だよ」
特に悪びれた様子もない口調であっさりそう明かしたゲドウィンが、その続きを述べていった。
「君の言った通り、現在魔王城内で過ごしている魔王さん本人は当人の意識を接続した、彼とほぼ同一の肉体の人形だ。まあ、身体の性能に関しては途中で手を加えたからその分強化されているけど、魔王さんの本体はデモンニグルの別室にて眠りについているよ」
「……なんか平然と話していますけどそれ、結構大事な話ですよね? その重要な情報を他の六魔将達は知っているんですか? それとも、知らなかったのって私だけだったりします?」
「いいや、気づかれてなければ誰も知らない筈だよ。だって誰にも話していないからね。――ああ、もしかしてメルティカさんは、裏で僕が勝手にこんな事をしていたのが怪しいとでも感じたのかな? だとしたら、仲間達への配慮に欠けた行動だったよ、本当にすまない」
「いえ、情報共有の是非はともかく、施した措置については戦術的に有効な作戦だと私も思いますから、それ自体に文句を言うつもりはありません。勿論、魔王様自身が納得されているのであれば、ですが」
最後の一言をやけに強調して言っては短く息をついた後、メルティカはゲドウィンのモノアイが灯る眼窩をジッと見つめる。
「とりあえず、現在は眠っているという本当の魔王様に今すぐ会わせてもらってもいいですか? 正直面倒でしょうけど、それで私が納得できればもうこの話は終わりですので」
「…………」
しかしゲドウィンはメルティカからの要望には答えず、何故か黙ったままであった。
かといって何かを言い淀んでいる訳でもなく、ただ単に沈黙しているといった様子にメルティカは怪訝そうに彼を覗き込む。
「……どうしました? 何か不都合でもあるのですか?」
「なるほど、メルティカさんは魔王さんがはたしてちゃんと無事なのか、そこが心配でしょうがないんだね。何か虫の知らせ的な胸騒ぎでもしたのかな? いやあ、エリーも言ってたけど、女の勘ってのは本当に馬鹿に出来ないよね」
急に白々しくそんな事を言いだしたゲドウィンは、右横の虚空に向かってすっと腕を伸ばした。
「それじゃあ、気は進まないけど特別に見せてあげるよ。今の魔王さんが一体どんな様子なのかをさ」
すると彼が腕を差し出した方向の空中に、立体映像の如く大きなモニターが現れては、どこか別の場所の光景が映し出される。
その画面内には植物の蔦か、もしくは生き物の腸のように畝っている大量の動力パイプと思しきものがビッシリ、所狭しと何処かの壁一面に添わせるように蔓延っていたのだが、その中央に何やら石か鉄のような材質で出来た胸像のような物体が埋め込まれていた。
――なんとそれは、魔王の顔とそっくりであった。
というか、それが魔王本人なのであるとメルティカは即座に理解した。
生体にも逆に無機物にも見える、とにかくひたすら気色の悪いパイプかケーブルらしき束の中から頭と胸の部分だけを露出した状態で、見覚えのある壮年の男性が石化したような状態になりながら内在しているのだ。
そんな明らかに異常としか判別できない映像の様子に、メルティカは思わず冷静さを失った表情となって目を瞠る。
「……ッ?!! 何ですか、これ!?」
「何って、メルティカさんの会いたがっていた魔王さんの本体だよ。まあちょっと何処かの究極生命体みたいに鉱物と生物の中間みたいな感じにはなっているけど……つまりは、デモンニグルそのものと融合している状態になっているってこと。身も蓋も無い言い方をすれば、生体ユニットってヤツかな?」
狼狽するように酷く驚きを見せたメルティカとは対照的に、全くなんてことはなさそうに平気な様子で、ゲドウィンはモニターを眺めながら説明する。
「これを“眠っている”と表現するのは、流石に質が悪いというか、もはや詐欺だと思うのですが……!」
「いやあ、だってアレは眠っているとしか言い様がないじゃないか。実際、今の魔王さんはあの状態から起きているのと区別がつかない程、リアルな夢を活動中の分身を通して見ていることになるんだし」
「……質問ですけど、ここまでの大それた措置をわざわざ取る必要が果たしてあるんですか? 私としてはてっきりゲドウィンさんが使っていた、棺桶みたいな装置の中で横になっている光景を想像していたんですけど……」
「あるよ、大いにある。そもそもただの分身だとレフィリアさんの必殺技みたいなのを食らって身体を破壊された場合、いちいち代わりの肉体を用意しなければならない。しかしああして要塞そのものと一体化させておけば、デモンニグル内限定だけど要塞が健在である限り、何事も無かったかのように手間なく一瞬で復活させる事が可能なんだ」
ゲドウィンは自らの施した行いをむしろ誇らしいとばかりに語りながら、その続きを説明していく。
「このシステム自体は僕が以前召喚した、とある異界の邪神モドキをシャンマリーさんが自分の領地で扱った際の運用方法を参考に応用したんだけどね」
「……ゲドウィンさん、これって本当に魔王様はご納得の上でこの措置を了承されたのですか?」
「いいや、してないよ? だって本人に説明すらしていないから」
「……ッ!?」
そのような台詞を臆面も無く答えるゲドウィンの素振りに、メルティカは信じられないといった顔をしながら、もはや言葉を失ってしまった。
「そもそもメルティカさんが言った方の手段ならともかく、こっちのやり方はまず許してもらえる筈がない。魔王さんも何だかんだ、魔族の支配者としての矜持とプライドがあるからね。だから本人に気づかれないよう、僕の方で勝手に施術を行わせてもらったんだ」
やれやれといった風に肩を竦めながら、ゲドウィンは画面の中に映る魔王本人の姿をまるで単なる置物でも見るかのような目で見つめる。
そこに形だけとはいえ上司に対する敬いなんてものは微塵も無い。それどころか、生き物としてすら見ていない。
「まあ、それでも初めは前者の方法だったんだけど、魔王城をデモンニグルに移してからはすぐに、今そこに見えている手法に切り替えちゃったんだよね。だってこっちの方が遥かに便利且つ安全で、何より扱いやすいからさ」
「それって、殆ど謀反みたいなものじゃないですか……? 第一、ゲドウィンさんはいつから魔王様に手を出していたというのです?」
「いつから? んー、そうだねえ。時期的にはカジクルベリーを制圧して、王城を魔王軍の拠点に一頻り改造し終えたそのすぐ後くらいかなあ」
「そんな前から……?! じゃあ、私たちが異世界に来て、ほぼ最初の方からじゃないですか……ッ!」
驚きを通り越して無意識に声を荒げるメルティカの反応に、むしろゲドウィンは何をそんなに狼狽えているのか不思議そうな様子で彼女を見る。
「そりゃあ、そうでしょ。魔王さんは六魔将全員にとって、取られたら一発で何もかも終わる、文字通りの王の駒なんだから。だとすれば、すぐにでも然るべき防護策を講じてくのが当然だよね?」
「だからって、本人に黙ってまでやる事じゃないと思います! 今の魔王様の状況は事実として、ゲドウィンさんにその全てを握られているようなもの……。それを魔王様だけでなく私たちにも隠し通してきたという事は、ゲドウィンさんには魔王軍の勝利以外に何か企みがあるのではないですか?」
「……企みというか、少し別の目的がある事自体は否定しないよ」
そのようにぼそっと呟きながら、ゲドウィンはメルティカからの問い掛けを真っ直ぐに受け止める。
「だけど僕は魔王軍を勝たせようとも本気で思っている。だってそれが異世界に僕たちが呼ばれた理由にして役割だからね。しかしその達成すべき条件に魔王さん本人の勝利や生存は必ずしも含まれてはいない。勝たせればいいのはあくまで、魔王軍という魔族の集合組織なのだから」
「……はい?」
「つまり、僕にとって魔王さんは“大事なもの”であっても“大切な存在”ではないという事だ」
どこか意味深にそう宣ったゲドウィンの言葉に、メルティカは勘ぐるかのように不穏そうな顔で彼を見た。
「もしかしてゲドウィンさん……、まさかとは思いますけど、貴方は自分が新たな魔王にでもなり替わろうなんて考えているんじゃ……」
「いいや、流石にそんなつもりはないよ。魔王さんにはこれまで通りに引き続き、魔王軍の“象徴”として魔王のままでいてもらうさ。僕はあくまで裏から手を引いている、影の支配者的なポジションでいい。そっちの方が気楽で安心だからね」
徐に首を横に振っては、ゲドウィンはあっさり否定を口にする。
「だけどね、メルティカさん。勘違いしないでほしいのが、間違っても僕は六魔将のみんなを出し抜こうとか、そんな事を思っている訳じゃけしてないんだ。僕がトップになって主導権を握り、好き放題したいとかじゃなくて、この世界で共に集った仲間達とはこれからも対等な立場で仲良くい続けたい。それは僕にとって、六魔将のみんなは掛け替えのない“大切な存在”だからだ」
「………………」
「今、僕が手に入れようとしている件の遺物を無事に掌握できたら、もしかすれば魔王さん無しでもこの世界にい続けられるように出来るかもしれない。そうなったらいよいよ、僕にとって魔王さん本人は別に用済みでもよくなってくるんだけど……」
そこまで言ったところで、ゲドウィンはここだけの話でもコッソリ耳打ちするかのように、メルティカの傍へと少し寄って囁いた。
「もしメルティカさんが望むなら、彼をメルティカさんの所有物として、好きに扱ってくれて構わないよ? 愛人でも伴侶にでも、君の思うままにしちゃっていい」




