大魔導師に異世界で問い質す話③
「――なるほど、ゲドウィンさんの考えはだいたい分かりました」
数秒の沈黙の後、メルティカは冷静な表情に戻ってはそう答えたところで、空中に映し出されている画面内の魔王へと指を差す。
「ところで、あの状態の魔王様本体を元の姿に戻すことは出来るのですか?」
その発言に、ゲドウィンは直接的に仕草で示すようなリアクションこそしなかったものの、やや呆れ気味な声色で返事をした。
「戻す必要があるのかい?」
「質問に答えて下さい」
「出来るように見えるのかな?」
「……正直、あまり見えませんがゲドウィンさんなら、その気になればやりようもあるのでは? あと質問に質問で返すなって有名な漫画の中でもよく言われていますよね?」
鉄面皮ながら圧の籠った視線をメルティカから向けられ、ゲドウィンは疲れたように肩を竦める。
「……まあ、そう言われれば出来なくもないけど、でも手間も時間もそれなりに掛かるよ? しかも意味がないし。――まさかメルティカさん、今からそれを僕にやれって言うつもりじゃないだろうね?」
「話が早くて助かります。その通りですので、どうかお願い致します」
とにかく冷徹に返したメルティカの言葉に、ゲドウィンはややオーバーなくらいに首も手も横に振って否定を示した。
「いやいやいやいや、今の僕にそんな無意味で無価値な事をしている時間なんてないんだけどさ――」
「やって下さい。でなければ、その時間を無理やりにでも作りますよ? 具体的には、そこの牽引装置を操作する魔導コンソールをぶち壊して」
言いながら、メルティカはいつの間にか竜化させて鋭い爪の伸びた片手をこれ見よがしに閃かせた。
「私がここで貴方と喧嘩したら、余波だけでも十分に工房はメチャクチャになりますし、せっかくの装置が動かせなくなっては大事な作業が余計に長くストップしてしまいますよね?」
「メルティカさん……、本気で言っているのかい?」
「私が冗談を好むタイプとでも?」
「確かにあまり言う方ではなかったけど……、でも解せないな。魔王さん推しだったメルティカさん“本人”ならともかく、君はあくまで彼女の復讐心から生まれた、言うなれば怨霊でしかない。君自身も口にしていたじゃないか、今は魔王さんへの忠義を第一には出来ないって。そんな君がどうして今更、魔王さんの身の安全を気にするんだ?」
「だってあんな姿、流石に“可哀想”じゃないですか」
メルティカははっきりと即答で、真正面から自身の正直な意見を口にした。
「確かに私は怨念と未練から生じた残留思念に過ぎませんけど、それと同時にメルティカの生前思っていた強い気持ちが具現化した存在でもあるのです。けして内面的な優先事項が変わったところで、好きになった相手を捨て置くなど無下にする事はありません」
そこまで言ったところで、メルティカは敵意と仲間への情が入り混じった複雑な表情をしながらゲドウィンを見つめる。
「ですのでゲドウィンさん、これ以上作業を遅延させたくなければ大人しく私の言う事に従ってください。私だって出来れば友人と争いたくなんてないですし、なるべく事を穏便に済ませたいのです」
それは紛れもなくメルティカからの最後通告であった。
彼女が既に攻撃態勢に入っている以上、如何に大規模で高度な魔法を即座に放てるゲドウィンといえど完全な防御や迎撃は叶わない。
そのくらい、メルティカの近接攻撃能力の速度は凄まじいのだ。ゲドウィン本人はともかくとして、少なくとも工房内の危機は初手の一発だけで、すぐには使い物にならないくらい一瞬で破壊されてしまうだろう。
「――――――」
睨み合うかのような殺気の立ち込める数秒間の沈黙。
その後、ゲドウィンは気疲れして折れるかのようにやれやれと肩を竦める。
「……はあ、仕方ないなあ」
大きなため息と共に呟かれる諦めの一言。
それが聞こえた瞬間、突然メルティカの視界がグラリと揺らいだ。
「え――」
あまりに急な出来事であった。
メルティカが自分に何が起きたのかを認識する間もなく、彼女は立ち眩みでもしたかのようにふらっと前へ倒れ込んでは、そのまま意識を失ってしまったのだ。
それまでの間、向かい合っていたゲドウィンは何のアクションもしていなかった。魔法を発動させた素振りすら、全く見受けられなかった。
だというのに、メルティカは糸の切れた人形のように床へと寝転がっては、無防備な有様で動かなくなってしまったのである。
そんな様子のメルティカを見下ろして、ゲドウィンはまたもや呆れたように両肩を上げる。
「やれやれ。メルティカさん本人ならともかく、保有していたスキルが偶然、形を得ただけのゴーストなんて速攻で機能停止させられるんだよ。そもそもここは僕の“工房”だよ? 僕にとって暴れられたら困るどころか、むしろ一番有利な環境だって気づけなかったのが君のミスだ」
ゲドウィンの語った通り、この工房は彼にとって自身の肉体の一部も同然の空間であった為、室内でなら思っただけで即座に魔法の行使が可能であったのだ。
それこそ、いちいち手足を動かすのに頭で考える必要がないかのように。
つまりメルティカはゲドウィンの弱みを握って脅すどころか、逆に彼の胃袋の中へ飛び込んでいたこととなる。
「それにあくまで君は、言うなればメルティカさんの遺留品に過ぎない。勿論“大事”には扱うけど、けして僕の“大切”な物じゃない。魔王さん同様、僕にとって君は所詮、ただの“NPC”だ」
そして当のゲドウィンは、けして絶対に友人である仲間達へは向けないような、極めてドライで冷酷な視線を足元に倒れているメルティカ――、いや、メルティカ・レガリアへと注いでいた。
彼はこの異世界にやって来てから六魔将の面々と、敵でありながらレフィリア以外の者たちを、魔王といえど本心では一切生き物として認識していない。
彼にとってこの世界の住人は、等しくリアルなだけの情報体に過ぎないのだ。
「もしもメルティカさん本人の頼みであれば、僕だって一考したり説得に励んだり、場合によっては何かの妥協案を講じたりもしたんだろうけどね。しかしメルティカさんの殻を被っただけのAIみたいなものの戯言なんて考慮にも値しない。他のみんなはともかく、僕は君にメルティカさんの代わりといった幻想なんか抱かないんだから」
そう吐き捨てるように述べたところで、ゲドウィンは床に倒れているメルティカの身体を急にふわりと宙に浮かせては、それを見つめて何かを思いついたように呟きを口にした。
「まあ、それでもメルティカさんがせっかく遺してくれた物なんだから、せいぜい大事に有効利用させてもらうとするよ」




