女の正体と異世界で惑う者の話③
「神の真意こそ解りかねますが……メレシュタリカからすれば、他所から連れ込んだ玩具に強大な力を与え、それを対立する陣営の双方に配置しては、事の成り行きを観戦して愉しんでいた――せいぜい、その程度の話なんでしょう。実にあの女神が好んでやりそうな、邪神らしい思い付きですわ」
過去に似通った事例でもあったのだろうかと思えるような、どこか疲れてうんざりした表情で答えるコメット。
そんな彼へ皆の視線が集まる中、少し戸惑ったような顔でルヴィスは呟く。
「つまりレフィリアは――いや、レフィリアたちは、神による娯楽の為だけにこの世界へ呼ばれたというのか?」
「私個人としては、そのように解釈していますわ。勿論、他に目的がある可能性も否めませんが」
「うっわ、何それ。どっちの世界の住人にとっても傍迷惑過ぎて、やってる事がホントに邪神じゃん」
「まあ、確かにミシュタリアも前にそれっぽい事を言っていた……ような気もしますけれど……」
何とも言い辛そうに自信な無さげな様子で綾美が答えたところで、またもや数秒間の沈黙。
その後、いい加減静けさに耐えられなくなったのか、賢者妹が無理やりにでも口を開いた。
「そういえば、レフィリアさ――えっと、アヤミさんは、戦乱も魔法も無い世界から来たって言ってましたよね? 戦いはともかく、魔法が存在しないってのはちょっと私には想像出来ないというか……」
モジモジと口ごもりながら喋った賢者妹は、どうにも綾美の恰好――というか、着ている衣服について気にしているようであった。
というのも、この世界で“魔法や魔力を用いていない”というのは即ち、原始的で時代遅れなことを意味する。
だというのに、綾美の服装は見た目こそ変わってはいるものの、技術的な古臭さは一切感じられないので、そこが彼女にとって非常に不思議であったのだ。
「あー……、私の元いた世界は魔法の代わりに科学技術が発展してるんですよ。魔法という言葉や概念自体はありますけど、それはあくまで物語の中や神話に出て来る空想の代物、という扱いなんです」
「えっ、てことは魔力とかマナも無いんですか?! ますますイメージが難しい……」
酷く困惑したような、それどころかむしろ引いているような顔で更に考え込んでしまう賢者妹。
「……なるほど、科学分野に秀でた世界か。きっとアヤミさんの元いた世界では、俺たちが魔法の力で熟している事を科学の力のみで成し遂げているんだろうな」
それを横目に、ルヴィスは無理にでも自分を納得させるような形で綾美の話した内容を吞み込もうとした。
「君が着ている服の縫製を見ても、きっと俺たちの考えも寄らない技術なんかが使われているのだろう」
「私の服……ですか?」
綾美からしてみれば、外へ遊びに出かける用ですらない、単なる普段着の恰好なのであるが――確かに異世界の人間からすれば、それはもう奇異に映るのだろうと綾美は今になって思い至る。
何だか急に恥ずかしくなってきたなあ、などと思っていると、ジェドが綾美の傍へと寄ってきてはジイッと彼女の衣服を覗き込んできた。
「そういえばレフィリアの、その上着? 前のところが金具っぽいギザギザで止めてあるけど、それってどうなってんの?」
「え……? ああ、ファスナーですか。これはこうやって、開け閉めできるんですよ」
そう言いながら、綾美は自分の着ている薄いピンクのジップパーカーについたファスナーをいじってみせる。
「わっ、すごっ! それってすぐに上着着たり脱いだりできるじゃん! 超便利ー」
「そ、そんなに驚くことですか……?」
「そりゃあねえ。だって、こっちにはそんな造りの服なんて無いし」
するとジェドに続いて、サフィアもまた綾美の服装全体をまじまじと眺めながら声を掛けてきた。
「何気に靴の方も、私たちの物とは色々違いますよね。構造だけでなく、使われている素材も……これは皮のようで、皮ではない……?」
「私としては、やはり眼鏡に注目しちゃいますね」
そして自分も負けじと賢者妹もまた前に出てきては、綾美の掛けている眼鏡を差す。
「デザインこそシンプルですけど、フレームは細くてレンズも薄くてすごく軽そうで、何よりとっても精巧です。……まるで、シャンマリーやメルティカが掛けていた物みたいに……」
(ああ……シャンマリーは元より、そういえばメルティカも一度だけ眼鏡つけてるの見たことあったっけ……)
思い出したくないものを不意に連想してしまったのか、少し表情を曇らせた賢者妹へ綾美は取り繕うように苦笑いを浮かべる。
「まあ、私のは魔道具とかじゃなくて、あくまで視力矯正用なんですけどね」
「姉さん、目が悪いのかい? そりゃあ、眼鏡かけてるんだから当然な話だけどな」
ハンターからの問いに、綾美は頷いて返す。
「はい。高校――こほん。4、5年くらい前から近視が進んできて、それにちょっと乱視も入ってるんですよ」
「何だか、聞けば聞くほど不思議な感じです。あのレフィリアさんが元は戦ったことも無かったとか、目が良くなかったとか、まるで別の人の話を聞いているみたいで……」
「……そうですよね。そうなりますよね……」
落胆させても仕方ないよなあ、ともはや自嘲気味になりながら、思わず俯いてしまった綾美を前に、賢者妹は慌てて声を上げる。
「あっ、ごめんなさい! 別に私、アヤミさんのことを悪く言うつもりじゃなくてですね――」
「とりあえず姉さんもだが、その眼鏡も出来る限り死守してやらないといけない訳だな」
その時、わざと会話を打ち切るかのようにハンターが割り込んでは、綾美へと話しかけた。
「眼鏡はもし壊れたり無くしたりすると、同じようなレベルの物はこっちじゃ中々手に入らない。姉さん自身も出来る限り気を付けるようにしてくれ」
「は、はい。確かにそうですね……分かりました」
言われてみればその通りだ、と綾美はハッとした気持ちになった。
彼の指摘したように、この眼鏡がもしも駄目になったり紛失してしまった場合、ただでさえ恐ろしいこの異世界での危険が更に増してしまう事となる。
裸眼だと、ちょっと離れただけでも人の顔の判別すら儘ならなくなる綾美にとって、それだけは絶対に防がなければならない大事な問題であった。
「えっと、もし眼鏡が傷ついたり、折れたりとか曲がったりなんかした時は、いつでも遠慮なく言ってください! 私が修繕魔法で直してみせますから……!」
必死になってアピールするように告げる賢者妹へ、綾美はありがとう、と言いながら小さく微笑んでみせた。




