女の正体と異世界で惑う者の話②
「――さて、こんな時だが少しくらいは腹に何か入れようぜ。その方がちったあ気持ちが楽になる筈だ」
暫くして、一行は街の出入り口に設けられた検問所――そのすぐ近くにある詰所跡に侵入しては、そこで一時の休憩に取っていた。
その建物は手頃な広さでありながら外の警戒がしやすい構造で、潜伏先としては実にちょうど良い場所であった。
ついでにハンターが気を利かせて、虚ろなる空箱から調理道具や食器、食材などを取り出すと、すぐに簡単な食事をパパッと作り始める。
そして出来上がったのは、ドライオニオンや干し肉等を煮詰めたコンソメ風味のシンプルなカップスープであったが、逆にそれが手っ取り早く仲間達の腹も心も温めては回復させた。
特に今の如月綾美は、てんで食欲が湧いてこなかったものの、飲み込みやすい液状の食べ物だったので何とか口にするが出来た。もしこれがしっかりとした固形物の料理なら、申し訳ないが胃に入れることは出来なかっただろう。
それから食事の片付けまで済ませて一息入れたところで、壁に背を預けては蹲るように座っている綾美の傍へ、ルヴィスが寄り添うように近づいてきた。
「レフィリア、ちょっとは落ち着いたか?」
「……すみません。まだ、その……気持ちの整理がついたかというと……」
せっかく気遣って話しかけてくれたのに、ボソボソっと元気なく返すことしか出来ず、綾美は返答した後に、しまったとなっては余計俯いてしまう。
そんな彼女の反応に、ハンターが気づかれないようにしつつも、何やってんだと言いたげに黙ったままルヴィスを肘で軽く突いた。
「すまない、そりゃあそうだよな。いい加減なことを言ってしまって悪かった」
「いえ、私の方こそ心配してもらってるのに……こっちこそ、ごめんなさい」
その後、誰も何も話せないまま、気まずい沈黙の時が流れた。街中には他に誰もおらず、外も音を吸収する積雪のせいか、とにかく無音と思えるくらいに静かでしょうがない。
そのような静寂がどれだけ続いたのかは分からないが、しばらく経ったところで――一度、ため息をついた後、綾美は決心したように声を発した。
「――みんなに、打ち明けなければならない事があります」
それは意を決した、というよりはどちらかというと、観念した、もしくは懺悔でも始めるような表情であった。そんな綾美の言葉に、仲間達全員の視線が彼女へと一斉に集まる。
「あと、謝らなくちゃいけない事も……」
「レフィリアさん、無理しなくていいんですよ。もう少し心を落ち着けてからでも――」
「ありがとう、サフィアさん。でもどうせ話さなくちゃいけない事なので、このまま言わせて下さい」
綾美からの止めないでほしいという意思表示に、サフィアはそれ以上何も言わないように口を閉じた。
そして数秒の間を置き、綾美は改めて深呼吸をすると、仲間達の顔を見渡していく。
「確かにサフィアさんも言ってくれた通り、私はレフィリアです。――いえ、でしたけど……そもそも、聖騎士レフィリアという人間は、最初から存在なんてしていなかったんです」
綾美からの突然の告白に、仲間達全員は驚きと困惑の入り混じった顔を浮べつつも、すぐには反応を返すことが出来ないでいた。
特にレフィリアと付き合いの長い、クリストル兄妹や賢者妹、ジェドの四人は動揺している様子がとても顕著である。
「……えっと、どういう事ですか……?」
意味が分からない、理解が追いつかないという仲間達の沈黙の中、それを最初に破って疑問の声を上げたのは賢者妹であった。
そんな彼女の表情はまるで、信じられない、変な冗談を言わないでといったような、如月綾美にとって、とても辛く感じる顔つきであった。
それでももう打ち明ける気持ちを固めた綾美は、気圧されて立ち止まらないように、そのまま話を続けていく。
「私の本当の名前は如月 綾美といいます。この世界風にいうと、アヤミ・キサラギになりますけど……私はですね、実際に剣を交えるような戦乱も無ければ、魔法なんて技術も存在しない、そんな世界から来た単なる一般人の女子学生なんですよ」
綾美が何かを告げていく度に、ザワっと波が立つような、仲間達がいちいち驚愕する反応を感じては、吐き気の混じる胃痛に苛まれる。
それはとにかく気分の良くないものであったが、今更気にしていてもしょうがない。
「ですので、騎士だとか戦士なんてものじゃないどころか、私はこの世界に来るまで、剣を握ったことすらありませんでした。いえ、そもそも実物の刀剣なんて、ろくに見たことすら無かった」
「何、だって……?」
「そんな……」
遂に動揺する気持ちが抑えきれなくなったのか、仲間達から口々に狼狽えるような声が漏れ出ていく。
「レフィリアさんが、一般人……?! いえ、確かに以前、元の世界では学生だったと聞きはしましたけど……」
「嘘……でも、レフィリアさん。あんなにとっても強いのに……」
「それはですね、この世界の神様――つまりは、女神ミシュタリアですね。彼女がレフィリアという強力な力を持った義体を与えて、私をこの世界へ送り込んだからなんですよ。その真相を知ったのは、私も割と最近なのですけど……」
皆からの辛い視線が集中する中、綾美は必死に説明を続けていく。少しでも言葉を止めると、そのまま何も話せなくなってしまいそうなので。
「聖騎士レフィリアが振るっていた剣技や能力は、あくまで神から渡されただけの借り物に過ぎません。私はですね、元の世界だと誰かを殺すどころか、流血を伴うような……それこそ暴力に訴えた喧嘩なんてしたことはないんです。むしろそんな事をしたら、私の方が一方的にやられてしまいますので」
綾美が一通り自分のことを話し終えて数秒ほどの沈黙が流れたところで、ルヴィスが何とか平静さを保とうとしながら、彼女を見つめて口を開いた。
「……なるほど。つまりレフィリアは――いや、アヤミさんは俺たちの世界とは根本から何もかもが異なる世界から来た、という事なんだな」
「はい、そうなります……」
ルヴィスはあくまで聞いた情報を纏めて返したに過ぎないが、綾美はまるで教師か上司にでも叱られたかのように、申し訳なさそうな反応を示す。
綾美からしてみれば仲間達を騙していたつもりはないのだが、それでも結果的には変わらない。故にその罪悪感が今になってドッと込み上げてきては、彼女の心を締め上げていく。
「もしかしてですが……」
そんな綾美を委縮させてしまわないよう気を遣いながら、サフィアもまた戸惑いの表情を見せないようにして、彼女へと話しかけた。
「レフィリアさん以外の異世界からの使徒……カリストロスや六魔将らもまた、貴方と同じような存在という事なのでしょうか?」
「ええ、おそらくそうだと思います。彼らと今まで話した限りだと、私と同じ世界からやって来た可能性は非常に高いです。エリジェーヌがブレスベルクで歌っていた歌なんて、それこそ私が元いた世界のものでしたし」
そこまで聞いて、ジェドが片手で無造作に髪を掻きながら、これ見よがしなため息をついた。
「てことは六魔将の奴らも、元々は全員ただの人間だったってことだよね? そのくせ、人外になってこっちの世界に来た途端、魔王軍に味方して世界侵攻おっ始めたって事? ちょっとあまりにも人でなし過ぎない?」
「いいえ。彼らは多分、自分たちに与えられた立場と役に準じているだけ。大元の原因は連中を招いたメレシュタリカの方にあると思いますわ」
するとコメットが何かを察したかのような顔をしながら、仲間達を見渡して、はっきりとそのように告げた。




