女の正体と異世界で惑う者の話①
スレイアの放った正体不明の呪術によって、救世者からただの一般人女性に戻ってしまった如月綾美。
そんな彼女は、数メートル先にいる仲間の兄妹から向けられた不穏な視線に、固まったように言葉を詰まらせては何も返せないままでいた。
「……レフィリア、何だよな……?」
数秒ほどの気まずい沈黙が流れた後、視界の先にいる紅髪の青年から再び、困惑を隠しきれていない表情で問いかける声が聞こえてくる。
「えっと、その……」
しかしレフィリアでなくなってしまった綾美は、それへ応じようにも上手く返事すら発することが出来なかった。
何か言おうとしても、ろくにまともな声すら出せない。思考がこれっぽっちも纏まらない。何より、二人が自分に見せた顔がどうしようもないくらい辛すぎる。
「――兄さん」
すると青年の隣に立つ蒼髪の女性ことサフィアが、無理に自分の浮かべていた表情を抑え込むように切り替えては、静かに兄へと声を掛けた。
「彼女は正真正銘のレフィリアさんですよ。誰かが化けていたとか、入れ替わったとかではありません。それだけは、この私が誓って保証します」
妹からの冷静に努めようとする言葉に、ルヴィスもまた我に返ったように一旦自らを落ち着かせると、その言葉へ返答する。
「そうか……いや、その筈だよな。そんな事は俺だって分かっているんだ。だけど、これは一体……?」
「……レフィリアさん」
直後、サフィアは尻もちをついたままの綾美のところへ迷いも無く歩いてきては、彼女のすぐ傍へと屈んで目線を合わせてきた。
その動作に綾美は思わず少しだけビクリとしてしまったものの、サフィアは気にせずそのままの流れで肩へと手を振れてくる。
「体の具合はどうですか? 以前みたいに痛いところとか、どこか動かないような場所とか、何かしらの不調を感じたりしていませんか?」
「あ、ええと……そういうのは……」
サフィアからの心配そうな声掛けに綾美はふと自身の身体へと意識を向けてみる。
今のところは前回、呪いを食らった時のような肉体面でのおかしな感覚は特にない。元の普通な人間に戻ってしまったその身を差し置いてではあるが。
「とりあえず、大丈夫みたい……です」
「そうですか、それは良かった」
サフィアの心から自分を案じてくれているとすぐに分かる声と言葉に、綾美は無意識に泣いてしまいそうになった。
優しく肩に触った彼女の手のひらからも、その気持ちが伝わってくるかのように感じられる。
「でも今はショックで不調が自覚できていないだけかもしれません。もし何か異常を認識しましたら、些細なことでもいいのですぐに言って下さいね?」
「サフィアさん……」
綾美が何とか彼女の名を呟いて応えたところで、兄妹の立ち位置から更に後方より、おーいとこちらへ聞き覚えのある大声を上げながら近づいてくる者たちの姿を察知した。
手を振りながら叫んでいるのはジェドだろうか。彼女に続いてハンター、賢者妹、コメットも一緒に集まってきて、いつの間にかパーティの仲間達全員が一カ所に揃うこととなった。
「ちょっと、ちょっと! レフィリアに一体、何があったってのさ!?」
傍に寄って来てからレフィリア、もとい綾美の姿を見た後、開口一番に慌てた様子でジェドが尋ねる。
「なんか顔も姿も全然違う姉さんに変わっちまったみてえだが……」
「もしや他の誰かに変身させられた……または他所にいた他の人間と居場所を入れ替えられたのではありません?」
「それか、別の人物と精神だけを交換して無力化させられた、という可能性も考えられますけど……でも、それにしては恰好が……」
他の仲間達も驚いた表情を隠せないまま、今のレフィリアの変わり切った容姿から目を離せずに各々の思ったことを口にしていく。
仲間たちの奇異な視線の的になって、逆に綾美が居心地の悪そうに俯くと、サフィアが全員に向かって大きく声を上げた。
「みんな、私の前にいるのは間違いなくレフィリアさん本人ですよ! それに関しては、私が責任を持って宣言します!」
「ああ、そっか……サフィアはレフィリアの召喚者だから、魂の繋がりでそういうのが分かるんだっけ」
「ええ、それと今は無理やりにでも一旦落ち着きましょう。訳が分からないのは誰も同じですけど、一番混乱しているのは誰よりもレフィリアさんなんですから」
サフィアの言葉に他の仲間達が申し訳なさそうに黙ったところで、綾美は思わずすぐ傍にいる彼女へと話しかける。
「あ、あの……サフィアさ――」
「レフィリアさん」
途端、サフィアは鎧姿を解除すると、綾美のことを両腕でぎゅっと抱きしめてきた。
「とにかく無事で……良かった……」
すぐ耳元で直に聞こえた彼女の親愛が籠った声に、綾美は目元からふと涙を流してしまう。
「サフィア……さん……」
直接触れたサフィアの温かい体温と柔らかい感触に、必死に堪えていた気持ちがとにかく溢れ出してしまった。
嬉しい筈なのに、同時に何だか情けない。実はこの世界だととんでもなく脆弱な、自分の本当の姿を晒す羽目になってしまって。
「――そうだな。そちらの眼鏡の姉さんがレフィリアの姉さんだって確証が取れているんなら、今はそれだけで十分だ」
数秒ほど二人の様子を見守って、ハンターが気持ちを切り替えたようにしっかりとした口調でそう発言する。
「知りたい事は各々いくらでもあるだろうが、今はとにかくここを離れた方がいいと思うぜ。あのいけ好かねえ細目野郎がいなくなったからって、ここが安全地帯になった訳じゃあねえからよ」
ハンターの提案に、ルヴィスも表情を引き締めては同意を返す。
「それもそうだ。スレイアは自分以外の追手は無いと言ってはいたが、敵の言葉を鵜呑みにも出来ない。ひとまず何処かに隠れて休憩を取り、態勢を整えよう」
「だね。この街は廃墟だらけだから手頃な潜伏先を見つけるのも、そんなに掛からないと思うし。僕とそこの男二人で適当な場所探してくるから、あとの三人はレフィリアについててあげて」
そう言ったジェドに合図され、ルヴィスとハンターは頷くとすぐに機竜を出現させる。そして三人揃って直ちにその場から飛び去っていった。
そうしたところでサフィアが抱き締めていた腕をそっと離すと、再び綾美へと優しく声を掛けた。
「レフィリアさん、立てますか?」
「……ごめんなさい。情けないですけど、腰が抜けてしまって……」
「じゃあ、私が起こしてあげますからね」
恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいの綾美をサフィアは元気づけるように微笑みを見せては、ゆっくり丁寧に支えて立ち上がらせてくれる。
そうしてもらったことで、綾美は改めて思い知った。今までどんな事態に陥っても、どのような敵が襲ってきても何とかなっていたのは、あくまで英雄の設定を被っていたからなのだと。
それが取り払われてしまった今、残っているのはみっともない無力感と拭えずに残る恐怖だけ。
如月綾美という人物は元々、そんなに目立って気弱な性格という訳ではないものの、それでも今は不安で溜まらず頭の中が真っ白になってしまっている。
(ああ、これからどうなっちゃうんだろう……何にせよ、事態が簡単に収まってくれるとは思えないなあ……)




