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飲みに行く異世界の冒険者の話②

「……ゲームだと?」


「ああ、とはいってもそんな難しいもんじゃない。内容自体は小さい子供でも出来るような、実にシンプルな賭けさ」


 そう言ったハンターはバーのカウンターから奥にある、酒瓶と一緒にグラスやカップが綺麗に並んだ棚を一瞥する。


「そうだな……マスター、そこにある木製のカップを一つ借りてもいいかい?」


「こちらですか? どうぞ」


 マスターの男からガラス製のグラスではなく木で出来たカップを手渡され、ハンターは礼を述べる。


「悪いな。で、何をするかという話だけどよ」


するとハンターは腰に装着した虚ろなる空箱ストレージへ手を回し、何やら五百円玉くらいの大きさをした一枚のコインを取り出してみせた。


「何だそれは? 見慣れない金貨だな……」


「まっ、ちょっとした掘り出し物さ」


 そのように言いながら、ハンターはコインを皆が見えるような位置に持ってきては、それがどんなものなのかを確認させる。


 彼が指先で摘まんだコインは一般で貨幣として流通しているものではなく、片方の面には女の顔、もう片方の面には竜の絵柄が精巧に彫られていた。


「コイツは女の顔の方がおもて面、竜が描かれた方が裏面だ。んで、俺が今からこのコインを机の上で回して、それからこのカップを被せる。音がしなくなった後、お前はコインの状態を答えるだけでいい」


「あ、よくあるコインの裏表を当てるヤツ? でもそれって別にコイントスでもよくない?」


 横から割って入ったジェドの問いにハンターは首を横に振った。


「それじゃ駄目だ、ルヴィスの野郎は目が良いからトスだと普通に視切られちまう。そんなだと賭けにならねえから、このカップを使うんだ」


「なるほどねえ」


「ルールは分かった。それで、俺が当てた時はどうなるんだ?」


「お前が当てた場合――つまり勝った時は今回の休暇の間、俺はレフィリアの姉さんに粉を掛けるような真似はしねえ。お前が何をしようと大人しくしているさ」


「じゃあ、当てられなかった場合は?」


「奢れ。今夜の飲み代全部。言っとくが俺ちゃんは酒強いからな、結構飲むぞ?」


 にいっと邪な笑みを浮かべてみせたハンターにルヴィスはやれやれと一旦息をつくと、すぐにその目を真っ直ぐに見返した。


「……いいだろう。その挑戦、受けて立つ」


「グッド、いい返事だぜ。因みに一回勝負だからな?」


「あ、その賭けって僕も参加していい? もし勝ったら僕の分も奢ってよ!」


「別に構わないぜ。ただ勿論、負けた時はその逆になるから覚悟だけはしとけよ?」


「了解、了解ー。ただ見てるだけってのもつまんないから一枚噛ませてもらうぜー」


 ルヴィスとジェドから賭けを行う了承を得たところで、いよいよもってハンターはコインを縦に指先で押さえた形でテーブルの上に置く。


「それじゃあ早速始めるが、二人とも準備はいいか?」


「勿論だ」


「いつでもどうぞー」


「んじゃあ、行くぞ」


 そう言ってハンターはコインを指先で弾き、当のコインは垂直の状態からまるで独楽コマのようにテーブル上で回転する。


 実に器用なもので、コインはすぐに倒れず真っ直ぐなまま回転を維持して、安定に回り続けている。


「ほいっと」


 そして数秒後、賺さずハンターが真上から回転しているコインへスッとカップを被せ、程なくして回っている音が聞こえなくなる。コインがカップの中で内側にぶつかった様子はなく、上手いこと覆った形になったようだ。


「ようし、ではコインがどうなったのか答えてもらおうか?」


「うーんと、じゃあ表! と見せかけて裏!」


「オーケー、ジェドは裏な。ルヴィスはどうだ?」


「…………」


 回答を聞くハンターに対し、ルヴィスは目を細めて黙ったまま、ただジッと彼が被せた木製のカップを凝視する。


「……おい、こういうのは男らしくスパッと答えるもんだぜ? この手の賭けに長考したってしょうがねえだろ?」


「それもそうだな。だったら答えるとしようか」


「ルヴィスは表? それとも僕と同じで裏?」


「いいや、どちらでもない」


「「――はあ!?」」


 ルヴィスの答えた内容に、ハンターとジェドは声を揃えて唖然とした。


「お前、今何て言った?」


「だから、どちらでもないと言ったんだ。コインは裏でも表でもないって」


「裏でも表でもないって、まさかコインがカップの中から消えたってコト? そんなんイカサマじゃん!」


「それは流石にねえよ、俺はお前や賢者の嬢ちゃんと違って魔導師じゃねえ。……んで、その裏でも表でもないってふざけた回答のままでいいのか? 今ならまだ変更できるぞ?」


「結構だ、俺の答えは変わらない」


「マジで言ってんのか?」


「くどいぞ」


 意思は変わらない、と強い眼差しで告げるルヴィスの様子に、ハンターはやれやれと肩を竦めた。


「……いいだろう。じゃあ、結果を見てみようじゃねえか」


 言ったハンターは、カップを真上に上げては中の状態を皆の目に晒す。


 すると中のコインは――なんと、綺麗に垂直なままテーブルの上に立って制止していた。


「嘘ッ?! マジで!!?」


 あからさまに驚きの声を上げるジェドであったが、それとは対照的にルヴィスは呆れたように息をついた。


「どうせこんな事だろうと思っていたよ」


「チッ……よく分かったな。つーか、どうやって見破った? 俺ちゃんの特技の一つをよお」


「勘だよ、勘。こんなものに長考したってしょうがないと言ってのは貴方の方だろう?」


「くっ、勘のいい野郎は嫌いだぜ……!」


「ていうか、こんなん詐欺じゃん! 裏でも表でもないとか! もしかして、コインに何か仕掛けでも施してた!?」


「詐欺じゃあねえよ。別に俺ちゃんはコインの裏表を答えろ、とは言ってないからな。それにコインが今の状態で止まってんのは、あくまで俺ちゃんの技術だぜ?」


「きったなーい! 何ちゅうコスい特技だよチクショー!」


 納得いかないとばかりにガシガシと髪を掻いて嘆くジェド。その光景に苦笑いしつつ、賭けに勝利したルヴィスは改めてハンターを向いた。


「それで、俺はこのゲームに見事勝ったことになると思うんだが?」


「ああ、その通りだぜ。仕方ねえが、今回はお前に機会を譲ってやるよ。……だが、あくまで今回の休暇の間だけだぞ?」


「んもう、ヤケ酒だー! マスター、この残念な気持ちを慰めてくれる一杯をお願い!」


「承知しました。でしたら、ベルモントなんて如何でしょうか?」




 ◇




 ――それから日にちが経って、レフィリア一行が旅立つことになる前々日くらいのとある午後。


「――そういえばさ、ルヴィスは結局あの後、レフィリア誘って飲みに行ったの?」


「…………」


「……え、何でそこで黙るの? それとも聞こえてなかった?」


「……あー、それがだな……」


「はあ!? まさかお前、行かなかったんじゃねえだろうな!? せっかく俺ちゃんがチャンスを与えてやったってのによ!」


「いや、俺がレフィリアに会いに行くと、いつもそのタイミングで誰かが傍にいるもんで話を切り出しにくくてな……」


「だあーッ! シャイか、お前は! ああもう、なんて情けねえ勇者様だ、オイ!」


「でもレフィリアの傍にいるのってだいたいサフィアでしょ? 妹なら気にする事ないだろうし、もし言い出しにくかったのなら、いっそサフィアにも協力してもらえば良かったのに」


「いいや、サフィアがいたら逆に余計言い辛くなるんだ。アイツ、そういった内容だと変にガードしたり詮索してくる上に、下手すると一緒についてきかねない」


「別にいいじゃねえか、俺ちゃんならむしろ大歓迎だぜ? レフィリアの姉さんとサフィアの姉さん、何なら両方ともゲットしちまおうじゃないのってな。両手に花とか、それこそ最高ってもんよ」


「……おい、喧嘩売ってるのか?」


「おうおう、日和見主義の勇者様が今度はシスコンぶりを発揮していらっしゃる。これは先が思いやられるなあ」


「くっ、言ってくれる……よし、だったらまた貴方お得意のゲームとやらで勝負でもしようじゃないか。それで俺が勝ったらサフィアには手を出そうとするな」


「ほう? てことは、もし俺ちゃんが勝てば逆に公認で声を掛けてもいいってことだな? お義兄にいちゃん?」


「この戦い、絶対に負けられない……!」


「全く、何やってんだか……もう、訳分かんないよ……」

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